間章
「あの男は月の女神の加護を受けたので、殺すわけにはいきませんね」
セシリオの言葉に玻璃は目を見開く。
「月の女神の加護?」
「ええ、お前のペンダントを何故かあの男が持っていたようです。玻璃、お前はあれを渡しましたか?」
「ううん」
そもそも玻璃は任務の時にきちんとペンダントをしていたかさえ定かではなかった。
「月の女神の導きかもしれません」
「そう?」
「まぁ、そうでないことを願いたいのですがね」
「ふぅん」
玻璃は不思議そうに、セシリオが病室から回収してきた血に濡れたペンダントを眺める。
「女神様にお礼言わなきゃ」
「お礼、ですか?」
「アラストルを助けてくれてありがとうって」
「そうですね。祭壇に花でも供えましょうか。買ってきてください」
「うん」
「それと、アラストル・マングスタはしばらく面会謝絶ですので病室には行かないように」
「はぁい」
玻璃は少し眠たそうに返事をして、それから窓から外に飛び出した。
「相変わらず元気ですね。僕の愛しい娘たちは」
瑠璃といい玻璃といいどうしてこうも窓から飛び出したがるのだろうかと彼は溜息を吐いた。
「セシリオ」
「はい」
「彼、一月ほど入院するみたい」
「そうですか」
朔夜の言葉にセシリオはあまり興味なさそうに返事をする。
実のところ、彼がどれだけ長く入院しようとセシリオには全く興味の無いことだった。
「玻璃ちゃんは?」
「祭壇に供える花を買いに行かせました」
「そう。どんな花を買ってくるかしら?」
「さぁ? 玻璃のことですから月下美人かもしれませんし、蓮の花かもしれません。あれは感性が傾いていますからね」
ひっくり返っていない分厄介ですと彼は言う。
「まぁ、個性的なのはいいことじゃない」
「それはそうですが……」
セシリオは頭を抱えた。
「水仙の切花ではないことを祈っておきます」
彼は笑う。
「ナルチーゾ伯を思い出すから?」
「いえ、玻璃まであれに汚染されては困りますから」
セシリオの言葉に朔夜はまぁと笑う。
「さて、僕は帰りますが、あなたはどうしますか?」
「彼の入院に必要なものをそろえてあげないと。玻璃ちゃんじゃ上手く出来ないでしょう? あの子凄く心配しているみたいだけど行動が追いつかないのよ」
「分かりました。早く戻ってくださいね」
「ええ」
朔夜は微笑んでそれから窓から飛び降りた。
「……あなたもですか……」
若いっていいですねと呟いて、それから彼は一人長い廊下を歩み始めた。