第十七章
「よくやりました。その首は宮廷にでも送り付けましょう。ああ、右腕も外してきてください。手首から上でも構いません。用は右手の中指のリングを証明できればいいのですから」
「リング?」
「リヴォルタの証ですよ」
玻璃が不思議そうにセシリオ・アゲロを見上げるのが見えた。
そして、玻璃は何も疑わずに殺した男の下へ駆ける。
「さて、お前はどうしましょうか」
セシリオ・アゲロはアラストルの髪を掴み無理矢理上を向かせる。
「本来なら……殺してしまうのが手っ取り早いのですがね。玻璃が世話になったことですし……依頼人が死んでしまったので依頼は無効ですかね?」
セシリオ・アゲロは首を傾げながら瑠璃を見た。
「ちょ、ちょっと待て! それを速く言え! ったく……そういうことならただ玻璃を呼び戻せばよかったじゃねぇか」
瑠璃が吠える。
「第一、 依頼人を殺したのは玻璃ですよ?」
「はぁ?」
「あの男が依頼人です」
「嘘だろ? なんで殺させたんだよ!」
「僕の愛娘を殺そうとする男は死んでも構いません。むしろ無料奉仕で殺してあげたくなります」
アラストルは朦朧とする意識の中で、なんで自分はこんな男に殺されそうになったのだろうと考え始めたが出来れば二度と関わりたくないのでそれ以上考えないことにした。
「マスター、腕」
玻璃が戻ってきた。彼女の手の中には男の腕があった。
「よくできました。では、これはどうします?」
セシリオが突然手を放したので、アラストルの顔は地面と激しく衝突した。
「アラストル!」
玻璃が悲鳴のような声を上げる。
「そんなにこの男が大事ですか? この男はアルジェントではありませんよ」
子供に言い聞かせるかのように言うセシリオ・アゲロに玻璃は微かに怯えていた。
「殺さないで」
「え?」
「殺さないで……お願い……」
玻璃の声は震えている。
それもそうだ。アラストルはセシリオ・アゲロがいつでも殺せる範囲内に居るのだ。
「殺しませんよ」
「え?」
「この男は玻璃を助けました。命には命を。これが月の女神が定めた我々の掟ですからね」
セシリオ・アゲロは深く息を吐いてから、自分よりも頭ひとつは大きいアラストルを軽々と持ち上げた。
「それにこの男は月の女神の加護を受けたようです。瑠璃。この男をラウレルへ。メディコに見せる必要があるでしょう?」
とっさにアラストルの手を掴んだ玻璃を言い聞かせるように彼は言う。
「なんで私がコイツを運ばなきゃいけねぇんだよ」
「お前の足はクレッシェンテ1でしょう?」
「そりゃそうだけどさ」
「可愛い玻璃の恩人ですよ?」
彼が言うと瑠璃は渋々と言った様子でアラストルを受け取る。アラストルは一瞬苦しそうに呻いた。
「さて、玻璃。貴女は一度僕とアジトへ戻りますよ。たっぷりお説教が有りますからね」
瑠璃とアラストルを追いかけようとする玻璃の腕を掴んだセシリオの表情は、娘を叱る父親のものだった。
「おい、ロン毛」
瑠璃は走りながらアラストルに声を掛けた。
「生きてるか?」
ああ、と返事をしようとしたが、声は出なかった。
「死ぬんじゃねぇぞ。私はお前が死のうがどうでもいい。むしろ死ねとさえ思うが玻璃が悲しむだろう?」
瑠璃の言葉が遠い。だんだんと音が聞こえなくなってくる。
「おい、聞いてるのか? おい!」
そうして、音が聞こえなくなった。