第十五章
アラストルは空気が凍りつくのを感じた気がした。
それほどまでに男の、セシリオ・アゲロの視線は鋭く、冷たかったのだ。
「瑠璃、貴女には後でお説教ですね。それと、ここの修繕費は貴女の報酬から引いておきます」
「げ…なんでだよ!!」
「僕の可愛い奥さんの大切な心の支えを壊したのですから当然でしょう?」
アラストルは呆れた。
こんな男を自分は恐れていたのか?
だが、ふざけた言動とは裏腹に、彼の強さが滲み出ていることも事実だ。
背筋がゾクリと震えるのを感じた気がした。
「玻璃、僕はその男を殺すように言ったはずですよ」
「嫌だ」
玻璃は子供が親に反発するように言う。
セシリオ・アゲロは驚いたように目を見開いた。
「玻璃? 僕の言うことが利けないのですか?」
彼は想定外といった様子で対応しきれないようだった。
「アラストルは誰も殺さなくて良いって言ってくれた。だから…アラストルはいい人だよ。それを殺せって言うマスターは嫌。だから……私、戦う」
玻璃は両手にナイフを三本ずつ構える。
おそらくはそれが玻璃の基本スタイルなのだろう。
「まさか…貴女がこの僕に刃を向けるほど命知らずだとは思いませんでしたよ。玻璃。貴女は誰よりも死を望み、誰よりも死を恐れている」
その言葉に、アラストルは玻璃を見る。
玻璃の手は微かに震えていた。
「ほら、怯えている」
「違う……武者震え。アラストルが居ればなにも怖くない。死ぬのも、生きるのも…」
玻璃の目には覚悟が宿っていた。
「そんな情熱的な告白をされちまったら加勢しないわけにはいかねぇなぁ。よっと、俺も敵大将の首とって名を上げたいところだしな」
「首?」
「喩えだ、喩え!」
不思議そうに見つめる玻璃に、アラストルは溜息を吐いた。
「二人揃って愚かだ…この僕に勝てるとでも?」
セシリオは嘲る。
「やってみなきゃわからない」
そう言う玻璃の瞳に迷いは無い。玻璃はそのままナイフを構えた。
その時だった。
辺りを包む激しい爆音が響いた。
アラストルはとっさに辺りを見回す。
それと同時につりも辺りを見回していた。それはこの爆音を立てたのが瑠璃ではないということを物語っていた。