第十三章
来た。
跳ね起きたのは二人同時だった。
「お客さん…じゃないよね?」
「こんな時間に来る客がいるかよ」
アラストルはとっさに剣を掴む。
「瑠璃、居るのは分かってる。出てきて」
玻璃が静かに言うと、足音がした。
「やっぱり、お前は誤魔化せないな。で? 寝返る気か?」
「まさか。最初からそっち側じゃないよ。だって、シルバを殺したのはマスターでしょ?」
玻璃の声は確信に近い様子だった。
「違う。マスターじゃない。あれは……」
瑠璃は何か言いたそうな様子だったが、玻璃がのど元に突きつけたナイフにより言葉は遮られる。
「知ってる。本当はリヴォルタのせいだって。だって見たもの。でも…止めなかったマスターも同罪。私も…」
玻璃の言葉にアラストルは驚く。
「まさか、リリアンもか?」
「そう…最初から……全部思い出した。リヴォルタのリング…あの時私は見てる」
アラストルは剣を構える。
「それで? お前はどっちに付く?」
「勿論」
玻璃は不敵に笑う。
「今日からディアーナを抜けるわ」
玻璃はナイフを下ろす気配は無い。
「てめぇ…玻璃に何をした?」
瑠璃は怒りに震えている。
「私の玻璃に何をした?このカスが!」
『洗脳』だと思われたのだろうとアラストルは思う。
「何もしてねぇよ。こいつは『一宿一飯の恩』ってのを分かってる。それだけの話だ」
細かい経緯など教える必要も無い。
「折角だ。お前のアジトまで案内しろ」
「誰がするか! 玻璃、帰るぞ? こんな奴と居たらおかしくなる」
瑠璃は巧みに向けられたナイフから抜け出し、玻璃の後ろに回り彼女の腕を掴む。
「おかしいのは貴女よ。瑠璃」
玻璃はもう、虚ろな瞳ではない。
『意思』を持ったのだ。
「マスターの下に居たら洗脳される。貴女も知ってるはず」
「馬鹿な! 親に捨てられた私たちを拾って育ててくれたのはマスターだ」
「そう。でも、恨みもある」
静かに言う玻璃に、アラストルは微かに恐怖を感じた。
「何度殺されかけたか分からない」
「けど、マスターは私たちを殺していない」
「刻まれた刻印は消えないわ。一緒に堕ちればいいの。地獄の底まで」
アラストルは嫌な予感がした。
玻璃なら有言実行してしまうだろう。それこそ爆弾を抱えて突進などもありえる。
「玻璃…」
「瑠璃、悪いけど、先に手は打ってあるわ。今頃ハデスの幹部が朔夜を捕らえてるんじゃないかしら?」
玻璃の言葉に瑠璃は震える。
アラストルはおかしい、と思った。
そんな作戦は無かったはずだ。
だが、玻璃の目に動揺はない。
むしろ瑠璃が慌てて玻璃を突き飛ばした。
「そんな馬鹿な! 朔夜がそう簡単に捕まるわけが無い!」
「嘘だと思うなら自分の目で確認したら? 今頃国王軍の隊長さんがアジトの周りをうろうろしてると思うけど?」
「なに? 嘘だ!」
慌てて瑠璃は入ってきた窓から飛び出す。
「朔夜!」
あいつの慌てようは異常だ。
「おい、そんな作戦は無かったはずだが?」
「…はったり」
「はぁ?」
「瑠璃には考えが読まれるかと思ったけど、意外とあっさり騙されてくれたみたい」
アラストルはため息を吐く。
「卑怯すぎるだろ」
「知略って言うの。こういうのは。ほら、大聖堂に行くよ。朔夜を人質に取ればマスターなんて怖くないんだから」
「朔夜って言ったらお前の姉だろ?」
アラストルは驚いて訊ねる。
「でも、血は繋がってない」
「なっ…」
「朔夜は、預けられた先の娘だった。そして、三人揃って捨てられたの」
昨日の夕飯の内容を答えると同じくらいあっさりと玻璃は言う。
玻璃にとって血縁地縁はどうでもいいことなのかもしれない。
「マスターの弱点は朔夜。と言うよりも、自分の可愛い奥さんを守れないという事実。マスターはスラムの出身で家族が居なかったから家庭への憧れが強いの」
「で?」
「朔夜を守る、大切にすると言うのがマスターの美学。朔夜を人質に取れば諦めるかもしれない」
「……ちょっと待て…同じことがルシファーにも言えるぞ?」
「え?」
「リリムを人質に取られりゃ終わりだ。あいつはリリムを溺愛してるからな…」
どいつもこいつも弱点は同じかよとアラストルは舌打ちする。
「急ごう」
玻璃の言葉に従うしかなかった。