第二章
玻璃と出会って一週間程が経った。
その中でアラストルが理解したことはかなり絶望的な事が多い。
「………これ、なんだ?」
「朝食」
やはり……。
彼は頭を抱えた。
テーブルに置かれたのはどうみても炭化物の塊でしかなかった。
「…殺し屋ってよ………料理で毒殺とか…?」
「毒集めはただの趣味。商売道具はナイフよ。剣も一応使えるけど……」
「ほぅ…で? もう一度聞くが、これは食品なんだな?」
「そう」
彼は深いため息を吐いた。
そう、玻璃は絶望的に家事が出来なかった。
「あー…仮にも女だからって期待した俺が馬鹿だった………」
「アラストル凄い……」
朝食を作り直し、テーブルに乗せると彼女は感心したような感動したような尊敬するような視線を向けた。
「あのなぁ…俺はこれから仕事なんだ。そこどけよ」
丁度玄関に続く廊下で丸まっている玻璃に言うと彼女は目を見開いて「驚いた」と言う。
「俺を何だと思ってたんだ?」
「ニート」
即答で失礼なことを言う。
「いや、これでも一応勤め先とかあるから……」
「憑いて行っていい?」
「………ゴーストかよ…まぁ、元殺し屋なら問題ないか? 商売道具はあるか?」
そう訊ねると彼女はソファの下からトランクを取り出しその中から木箱を出した。
「ある」
「ついてこい」
勝手にこんなことをしたらボスにまたグラスをぶつけられるだろうか? 運が悪ければ電話、もっと悪くすれば机かもしれない……。
アラストルは急に不安に襲われたが、彼女を一人にする訳には行かないと思い、なんとか自分を取り戻した。
「玻璃」
「なに?」
車に乗り込みながら話しかけると少しぼーっとしたような表情をして彼女が見つめる。
「絶対にボスを怒らせるんじゃねぇぞ? 下手すりゃ殺される」
「ボス?」
「まぁ見りゃ解る」
そう言ったっきり彼は一言も話さなかった。
古びたビルの中に入る。
一見廃墟にも見えるその建物の内部は新築のようで、時折趣味の良い美術品なんかも飾ってある。
「これ………ステラの?」
「ん? 知ってんのか? 俺の部下だ」
「え? アラストルって何の仕事してるの? 美術商?」
玻璃が珍しく沢山質問するのでアラストルは驚いた。
「いや、まぁお前と同業者ってとこか?」
「ステラも?」
「ああ、なんだ? ファンだったのか?」
そう訊ねると彼女は目を見開いた。
「ライバル」
「は?」
「美術のコンクールでよく私の絵の隣にあった」
そう言って彼女は壁に掛かった風景画を見る。
「風を感じる…」
「ほぅ…絵も描くのか」
「うん、仕事が無いときは。壁に描いてマスターに笑われたこともある」
そう話す玻璃はどこか楽しそうだった。
「あっら~? アラストルじゃない!! 久しぶりねぇ、日ノ本に行ってたんですって? どうだった?」
「あ? 雑魚ばっかで話になんねぇよ」
彼は話しかけられ少々不機嫌そうに答える。
「そう? ところで…その子は?」
野太い声で彼、いや彼女が訊ねる。
「玻璃だ。これからボスに報告しに行く。玻璃、こいつはレライエだ…っておい!! てめぇは!! ちょろちょろすんなら帰れ!!」
アラストルが振り返ると玻璃は陶芸作品を眺めて自分の手と大きさを比べたり構造を確かめたりしていた。
「ヤダ。だってここ面白いものいっぱいあるんだよ? ここに置いてってよ」
「アホか!! てめぇはこれからウチのボスに会ってこれからのことをなぁ……」
言いかけて彼はため息を吐いた。
全く聞いていない。
「玻璃ぃ!!」
「うるさい」
「全く、遊びに来たのでしたら帰って下さい。ただでさえあなたは声が大きいのですから」
玻璃とアラストルが言い合っていると後ろから声がする。
「げ…ラウム!!」
「そろそろボスがキレますよ。おや? そちらの美しいお嬢さんは?」
ラウムと呼ばれた彼はそっと玻璃の手を取る。
「どこかでお会いしたような…」
「あなたなんて知らないわ」
「これは失礼しました。ラウムと申します」
そう言って彼はそっと玻璃の手の甲に口付ける。
「……………」
しばらく硬直した後、玻璃はワンピースの裾でゴシゴシと手の甲を拭いた。
「思いっきり嫌がってるんじゃねぇか…」
「…あのひとぶん殴っていい?」
「止めとけ。石頭だ」
アラストルに言われ玻璃はしぶしぶ拳をおさめた。
「おい、女連れ込むとは良い度胸じゃねぇか」
「ル、ルシファー!!」
「ボス? ま、まぁ、今日はずいぶん早いのねぇ…」
ルシファーと呼ばれた彼には妙な威圧感があった。
彼が居るだけで空気が痛い。そう表情しても間違いではあるまい。
「これがアラストルのボス?」
「馬鹿!! ルシファーに向かって「これ」とか言うんじゃねぇ!!」
アラストルが慌てたが遅かった。
「てめぇの連れか………カスが!! てめぇの責任だ!!」
鳩尾に一撃。
アラストルは五メートル程吹き飛び、ツボらしき作品に衝突した。
「あー、ちょっとボス、オレの作品、壊さないでくれる?」
「うるせぇ」
音を聞きつけて来たのか、金髪の男が言う。
「どうせまた増えるんだ。減らしとかねぇと置く場所がねぇだろ」
「なるほど…ボスはいつでもオレの新作をそばに置きたいと…う~ん感激だねぇ。だけど、ボスの部屋の前の絵は壊さないで下さいよ? リリムにモデル頼むの結構大変なんで」
「わかった」
どうでもよさそうに答えて、彼は玻璃を見る。
「てめぇ、何処のモンだ?」
「ドーリー。識別番号零四壱」
「セシリオ・アゲロの部下か?」
「捨てられた。任務失敗廃棄処分。今は解体班が探しているわ」
彼女もまたどうでもよさそうに答える。
「玻璃…てめぇ…俺には識別番号言わなかったくせに………」
「訊かなかった。それに、先にマスターの名前教えた」
起き上がってすぐに不満の声をあげるアラストルに玻璃は無表情で言う。
「わかったよ…あ、こいつ、俺の拾いモンで居候だから間違っても売り飛ばしたりするんじゃねぇぞ?」
「あ? こんな不健康そうなガキ臓器も売れねぇよ」
不機嫌そうに言いながらルシファーはぽんぽんと軽く玻璃の頭を叩いた。
「で? こいつをどうする気だ?」
「………そこが問題だ」
考え込むアラストルにルシファーはため息を吐く。
「だからカスだって言ってるんだ。見ろ、あの女、のんきに絵を見て回ってるぜ?」
彼の言うとおり、玻璃はステラの作品を見て回っている。
「これ…」
「おっ、さすが~! お目が高いね。これはオレの最高傑作! 月下美人」
「コンクールで私の絵の隣に合ったヤツ」
「………ひょっとして…君、地獄絵図の玻璃?」
こくりと玻璃が頷く。
「うそっ!! オレ、実はファンなんだ!! サインとか貰える?」
ステラが両手を握りしめるので玻璃は目を見開く。
「血文字で良ければ壁にでも」
「いや………それかなりホラーだから…」
「職業病…」
そう言って、彼女は困ったようにアラストルを見る。
「玻璃、あんまりステラに近づくな。馬鹿が移る」
「え?」
「馬鹿は伝染するんだぞ!!」
いかにも真面目にそう言うと玻璃はオロオロしはじめる。
「ガキに嘘教えるな。本気で信じてるじゃねぇか」
「だめよボス、アラストルも本気で信じてるんだから…」
呆れたようにレライエがため息を吐く。
「はぁ…このままでは彼女の将来が心配ですね」
「あれで元殺し屋だ。利用価値はあるかもしれねぇ」
「ボス、オレらで保護する? こんな芸術家、殺すのもったいないし」
ステラの言葉にラウムとレライエも頷く。
「ったく………てめぇらで面倒みろよ」
ルシファーは不機嫌そうに机に足を上げそっぽを向いた。