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第十二章




 玻璃に与えられた期日は、今日が最終日だった。

 先ほどから何度か、玻璃は震える手でナイフを掴むものも、何度も落とし、結局は実行に移せないようだった。


「意外と諦め悪いな」

「……怖い…道具ですらなくなるの?」

 泣き出しそうな玻璃にアラストルはため息を吐く。

「寝てるふりしてもお前は全然仕掛けてこねぇしな…いっそ諦めろ」

「…やっぱり起きてたんだ。おかしいと思った」

 アラストルはため息を吐く。

「とりあえず、お前は忠実に任務をこなそうとしているふりをしてればいい。それで俺の首を取れれば儲けものだと思ってろ」

「……できない…」

「なぜだ? 俺を狙ってきたんだろ?」

「だって…毎日、夢に出てくるの…シルバがダメだって言う。それに、アラストル凄く良くしてくれるから…」

 玻璃がまだ迷っていることくらいアラストルにも分かっていた。

 だけども、彼はそれ以上は言わない。

 ただ、玻璃に生きて欲しいとは思う。

 かつて救えなかったリリアンの代わりに生きていて欲しいと。

「なぁ、お前さ」

「なに?」

「生きたい、とか思わねぇのか?」

 その言葉に玻璃は固まる。

「私は…」

「一旦、マスターとかシルバとか、無理だとかそういうことは忘れて、おまえ自身はどう思ってるのか言ってみろ。言うだけなら自由だ」

 アラストルが言うと、玻璃は考えるような表情をする。

「…私? そもそも私って何なんだろう……」

 玻璃は悩む。

 その表情を見て、こいつはずっと道具として生きることを余儀なくされていたのかもしれないなどと考えてしまう。

「ずっと、道具として生きてきた。他にどうしていいか誰も教えてくれなかったから…でも……今は…アラストルと居たいって思う」

「俺と?」

 アラストルはその結論に少し驚いた。

「アラストルは嫌なことをしろって言わないし、殺せって命令もしないから。それに…手、繋いでくれたりとか、結構嬉しかった」

 頭撫でられるのも好きだよと玻璃は言う。

「すごく温かいって。マスターがくれないものたくさんくれた」

 玻璃が笑う。

 こいつはこんな風に笑えたのかと驚くくらい自然な笑顔だった。

「そうか。だったら、ずっとここに居るか?」

「え?」

「別にお前一人増えたところで困ることはねぇよ」

 望むならここに居ても良いぜと彼が告げると玻璃は嬉しそうに笑う。

「そう、出来たらいいのにね」

「出来る。お前が望めば」

 その言葉にはアラストル自身の願いもあった。

 玻璃には幸せになって欲しいと願っていた。

 それは、かつて守れなかったリリアンと重ねてのことなのか、玻璃自身に思ったことなのかは彼にも分からなかったが、確かに、玻璃の幸せを願う気持ちは存在した。


「アラストル」

「何だ?」

 彼が玻璃を見ると、彼女の目には、かつて無いほどの決意が現れていた。

「私、マスターと戦う」

「は?」

 アラストルは驚いた。

「マスターはきっとどんな手段を使ってもアラストルを殺そうとする。でも、それは嫌だから…私、戦うよ」

 そう言う玻璃はまだ少し震えているが、しっかりとナイフを握る姿にもう迷いはないようだった。

「お前は本当にそれでいいのか?」

「うん。それに、マスターは殺しても死なないから大丈夫」

 どんな化け物だと言いたくなったが、恐怖の代名詞とまで言われるディアーナのボスならありえそうだと妙に納得する。

「玻璃、全ては明日だ」

「うん」

「本当に大丈夫か?」

「平気。アラストルがいれば怖くないよ」

 玻璃の絶対的な信頼ともいえるその言葉にアラストルは少しばかり罪悪感を感じた。

「ああ、俺も、お前が味方なら怖いものなんてねぇな」

 本心ではどこかセシリオ・アゲロを恐れている。

 そんな自分に気付きながらも気付かないふりをして玻璃の期待に何とかこたえようとする。

 アラストルはそんな自分に少しばかり呆れ、おそらくは大きな戦になるであろう、ディアーナとの戦いを思う。

「一般人は巻き込みたくねぇな」

「この国に居るならみんな平気だよ。自分の身くらい守れるはずだから」

「そりゃそうだが…ディアーナだぞ?」

「大丈夫、みんな自分の美学にのっとって行動してるから」

 玻璃の口から『美学』という言葉が出たことに驚く。

「ためしに聞くがお前の美学はなんだ?」

「一瞬の美。瞬殺が専門だった」

「ナイフでか?」

「毒殺も得意だよ」

 アラストルは頭を抱えたくなった。

 とりあえずこいつが敵じゃなくて本当に良かったとすら思う。

「それより、今気をつけるべきなのはリヴォルタだよ」

「お前…リヴォルタを知ってるのか?」

 数年前にようやくたどり着いた真実。

 リリアンを殺したあの組織の名を玻璃は出したのだ。

 驚かないはずがなかった。

「リヴォルタ。反乱組織。よく任務の邪魔をしてくる嫌な人たちだと思ってた。みんな右手の薬指におんなじ指輪してるんだよ」

「そうか」

 ひょっとしたら玻璃は情報を持っているのかもしれないと、彼は期待した。

「リヴォルタについて他に知っていることは?」

「マスターが嫌いな人たち。あと、なんだっけ…凄い魔術師が味方だとか聞いたことがあるけどそれはほんとかは分からないわ」


 魔術師はクレッシェンテでは嫌われる職業だった。

 玻璃も『魔術師』と口に出すと少なからず嫌そうな表情をしていた。

「魔術師は嫌いか?」

「ううん、リヴォルタに味方してるっていう魔術師は好きじゃない」

 そういうということは、玻璃は接触したことがあるのだろう。

「玻璃、リリムの前でそれを言うなよ」

「え?」

「リリムの師匠は魔術師だ。リリムの機嫌を損ねればルシファーの力は借りられねぇからな」

「必要ないよ。足手まといになる」

 玻璃の本心かは分からないが、玻璃はいつもの無表情でそう言って、長椅子に腰掛ける。

「マスターの弱点は分かってるから」

「はぁ? だったらなんで今まで戦わなかったんだよ?」

 アラストルは力が抜ける気がした。

 一気に士気が落ちた気がする。


「…私にとっても弱点だから……」

 玻璃は言いづらそうに言った。



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