第九章
アラストルは帰宅するなり玻璃を怒鳴りつけた。
「玻璃! 家に誰も入れるなと言わなかったか?」
「え?」
玻璃は驚いたように目を見開く。
「栗毛の髪が落ちてる。お前でも俺でも無いとしたら誰かが入ったとしか思えねぇ」
髪の毛は外と窓際に落ちていた。
「この長さだとすれば女か? だが、男でも髪を伸ばしてる奴も居る…俺みたいにな」
彼が言っても玻璃は何も答えない。
「玻璃、誰が来た?」
「知らなくていい……」
「は?」
「…アラストルは……知らなくていい…知らないほうがいいの」
玻璃が消え入りそうな声で言う。
「どういうことだ?」
自分の家に入ってきた不審者を知らなくていいと言うのか? と彼が問い詰めると玻璃は俯く。
「……知ったらきっと殺されるから…」
「玻璃…ここに来たのは男か? 女か? それだけ答えろ」
「……女」
それだけ言って玻璃は目を伏せる。
「栗毛の女…」
アラストルは考え込む。
「ヴェントかレオーネと言ったところか…」
「アラストル! 何でそれを知ってるの!」
玻璃は目を見開き、叩きつけるように問う。
「悪いが、いろいろと調べさせてもらった」
「…そう……」
再び視線を逸らし、玻璃は長椅子の上で丸くなる。
「アラストル……どこまで知ってるの? 場合によってはその情報元も消さなきゃいけなくなる……私のことだけなら私が消えれば済む話。だけど…シルバのことが関わるなら…私は悪魔にだって魂を売る」
「玻璃…俺が得た情報の中にシルバの名は出てこなかった。代わりに出てきたのはアルジェントという名だった」
「アルジェント…久しぶりに聞く名ね…彼が生きているなんて情報は無いんでしょう?」
「ああ」
アラストルが頷くと玻璃は両手で顔を隠す。
「ヴェントとレオーネと言うな、それとお前が名乗ったドーリー。この三人がディアーナの幹部だと言うこと、それと、これが……お前の目撃情報のある場所に落ちていることが多いと言うことだ」
アラストルは大聖堂前の広場で拾ったナイフを玻璃に見せる。
「これ、私のじゃない」
「は?」
「私のは全部マークが入ってるから」
「マーク?」
「ARGENTOって」
「アルジェント? お前のコードネームはドーリーだろ?」
「おまじない」
玻璃は小さく言って、袖口から取り出したナイフを撫でる。
「シルバが背中を押してくれる気がして…」
「シルバが?」
「うん。シルバがアルジェントって言うの。マスターの洒落」
「銀髪の剣士だからか?」
「そう。それに…シルバの名前とおんなじ意味だから」
そう言って玻璃は弄ぶようにナイフを動かし、アラストルに向ける。
「……貴方は知りすぎた…」
「俺を殺すか?」
アラストルは表情も変えずに玻璃に問う。
「……本当は、雨を待つつもりだったんだけど……」
―ああ、玻璃は本気だ―
玻璃の目を見て、彼は思った。
このまま斬られれば即死できるだろう。
そうしたらリリアンの元へ行けるかもしれない。
僅かながらそんな期待もあった。
「ごめんなさいね、痛みは一瞬で済むわ…」
玻璃の両手に八本のナイフが構えられる。
「恩はあるけど…マスターの命令は絶対……」
「ああ」
アラストルは既に抵抗する気を失くしていた。
リリアンと同じ顔の少女が刃を向けている……。
「やっと俺も……お前の場所に行ける……」
玻璃の姿が記憶の中のリリアンと重なった。