間章
「また来たの?」
「当然だ。お前が首を縦に振るまでは毎日だって来てやる」
瑠璃の言葉に玻璃はため息を吐く。
正直なところ、玻璃は瑠璃の好意を少しばかりうっとおしく感じていた。
「何度来たって同じ。貴女の手は借りない。自分でやる」
「ならとっとと済ませてこっちに戻って来い」
「ダメ…待つの……」
「何を?」
「雨」
玻璃は静かに答える。
「なぜわざわざ雨の日を選ぶ? お前は昔からそうだ」
「だって…雨ならいつか私の罪を洗い流してくれる…きっと…シルバのことも、悲しいこともみんな全部…真っ白になれるまで洗い流してくれるから……」
玻璃は静かに言う。
玻璃にとって、雨こそが心の支え、信仰の対象そのものなのかもしれない。
「玻璃、私と来い。マスターはそう長くは待てない。お前とは違うんだ」
「知ってる。でも…あと五日ある」
「そのうちに雨が来なかったら?」
「そのときはまた考える」
そうは言うものの、既に玻璃には考える気力すら残っては居なかった。
「シルバ…ねぇ、瑠璃、貴女にシルバを殺せる?」
「ああ、一瞬の迷いもなく」
瑠璃は考えるまもなく即答した。
その様子を玻璃はぼんやりと見つめ、小さく零す。
「シルバを…見つけたって言ったら…マスターはどんな顔をするかな?」
「失敗を犯したつはみんな殺される。それが決まりだ。お前があの時殺されなかったのはお前の代わりに殺されたガキが巧くカモフラージュになってくれたからだ。次は無い」
「分かってる。だからこそ…」
目を閉じ、玻璃はアラストルを思う。
「次に会うときは敵かもしれない」
「は? どういうことだ?」
「信じ込ませて油断した隙を狙えば…毒の混入よりは簡単よ。だって、あの人、凄く警戒心が強いから…追手の瑠璃を裏切ったとなればあの人の信頼を得ることが出来る。そうしたらずっと殺しやすい」
そう言うと、瑠璃は納得する。
「お前は相変わらず回りくどい方法が好きだな」
「ほめ言葉…だと思うわ。でも、瑠璃は直球過ぎる」
玻璃は呆れたように言う。
「シルバが言っていた。味方を騙せなかったら敵を騙せないって。私は自分も騙さなきゃいけないから…」
玻璃が静かに言うと瑠璃は「わかった」と答え、窓から壁を蹴って消えていく。
「また来るからな!」
瑠璃の叫びが響いた。
「もう、来なくていい」
玻璃が小さく言う。
急いで窓を閉めてカーテンも閉める。
あくまで言いつけは守ったふりをする。
―殺さない―
微かな決心が芽生えようとする。
―殺さなければ―
臆病な自分が叫ぶ。
「ごめん、瑠璃」
嘘を吐いた。
きっと瑠璃は怒る。
玻璃は涙が伝うのを感じ、驚く。
「私は人形になりきれないのね…」
部屋の中に声が反響して消えた。