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第一章

以前ブログで連載していたもののまとめです。

クレッシェンテ第一弾。初期のものなので矛盾点が酷いです。

完結後、修正終了次第消えます。



 雨が降っていた。

 しとしとと、まとわりつくような、どこか憂いを含んだ雨だ。

 そんな雨の日にも関わらず、この通りは人が多い。

 夕刻とも言えるこの時間は、帰宅する者も多いのだろう。

 そんな中、彼はひとりだった。



「うおおっ……ベタつくっ!! いっそ切るか?」

 つい3日前、ようやく道場破りの旅を終え日ノ本から帰ってきたばかりの彼は十数年伸ばし続けた銀の髪を絞るようにしながら叫んだ。

 特に理由もなく、切るのが面倒で伸ばし続けた銀の髪は、すれ違う女性が皆羨むような見事な髪であったが、当の本人は「男がそんなこと気にするわけねぇだろ!!」と適当に手櫛で引っ込めましたといわんばかりの括り方で済ませてしまう。


「止みそうにねぇな…」


 やむを得ず、たいした用もないパン屋に入り雨宿りをする事にした。


 暫く見ない間にこの町もだいぶ変わったと彼は思った。

 このパン屋の若い女はバイトだろうか?

 昔はかみさんがひとりで頑張っていた筈だ。

 ぼんやりと店員を眺めながらサンドイッチを3つ程購入する。


 雨は止みそうにない。

 大人しく帰ることにしようと、パン屋を後にした。


 暫く歩いたところだった。

 雨の音に混ざって、ほんの僅かに特徴的な足音がする。


 『優れた格闘家独特の足音』だ。

 気配を消しては居るが、雨のせいで完全には消しきれてない。


 振り向こうとした瞬間、喉元にひやりとナイフの感触があった。


「アラストル・マングスタね? その命、頂戴」


 若い女の声だ。


「悪いが簡単にはやれねぇな…」

 いくら慣れているようだとはいえ、所詮は女だ。

 武器さえ奪えば簡単に取り押さえられた。


「名前は?」

「玻璃」

 何の感情も感じられない声で彼女は言った。黒い髪と黄色の肌は恐らくは日ノ本人だろう。

 彼が彼女を見ると、彼女は微かに震えてるようだった。


「ほら、これでも着てろ。かなり濡れてるかもしれねぇが無いよりはマシだろ…」

 着ていた上着を掛けてやると、彼女は驚いたようで、硝子玉のような赤い瞳を見開いた。


「どうして…」

「ああ?」

「殺さない…の?」

 驚いて固まっている。

「女を殺す趣味はねぇよ…」


 本当に今日はツいてないと彼は思った。


 雨降りの路上で、傘もささずに話をするわけにはいかないと思い、やむを得ず玻璃を自宅の狭いアパートに連れ帰った。


「きたねぇけど適当に座れや」

 そう言うと、玻璃は何の迷いもなくソファに腰掛ける。

 インスタントのコーヒーを淹れてカップを渡すと玻璃はいかにも嫌そうな顔をする。

「ガキだな」

「………みんなそう言う」

「年は幾つだ?」

「23」

 レディに向かって何てこと訊くのよ!! なんて言われるかと予想していた彼は少しだけ驚いた。

「やっぱりガキじゃねぇか」

「…三十路に言われたくない」

「ゴルァ!! 誰が三十路だぁ!! 気にしてること言うんじゃねぇ!! どうせ俺は独身だ!!」

「…そこまで言ってない」

「…三十路って言うな」

「うん。32だよね」

「何で知ってんだ?」

「マスターの資料。ねぇ、殺さないの?」

 再び彼女が不思議そうに問う。

「だから女を殺す趣味はねぇっての」

 なんとなく、アラストルは彼女の頭をぽんぽんと叩いた。

「なに?」

「いや、ガキだなぁと思って」

「そう」

 奇妙な女だと彼は思った。

 ほとんど感情を感じられないのにも関わらず、時々妙に子供らしい。

 とても成人しているとは思えない。


「なぁ、お前、帰るところはあるのか?」

「ついさっきなくなった」

 やはり何の感情も感じられない声で言う。

 だが内心は落ち着いてはいられないはずだ。

「あなたが殺してくれないからマスターに殺されるのを待たなきゃいけないの」

「逃げないのか?」

「マスターに要らないって言われたら存在理由がないから」

 そう言いながら、彼女はぼんやりとカップを見つめる。

「お前のマスターってのは依頼主か?」

「ううん、えっと…なんて言うんだっけ………おとうさん? そんな感じの人。私たちを拾ってくれたの」

 「おとうさん」その言葉を発する時、ほんの僅かに彼女の表情が陰った。

「依頼主は誰だ?」

「言えない。守秘義務があるから」

「吐け!」

 彼女の肩を強く掴む。

「どうせ死ぬの。私も、あなたも…マスターからは逃げられないわ」

 赤い瞳に引き込まれるようだと彼は思った。

「死なせねぇ…俺も死なねえ…だから吐け!」


 ああ、そうだ。彼女を見たときに朧を感じたんだ。

 彼は理解した。

 そして、彼女を守りたいと感じた。


「依頼主は知らない…私は聞かないから。私は与えられた任務をこなすだけ。マスターが引き受けて、それからみんなに回すの」

 そう言いながら、彼女はサンドイッチにかぶりつく。

 相当腹を空かせていたようだ。

「そのマスターってのは?」

 もう少し買っておけば良かったと後悔しながら彼は訊ねる。

「セシリオ。セシリオ・アゲロって言うの。朔夜と結婚してからは朔夜に弱いんだけど…」


 そう言いながら今度はミルクをぐびぐび飲む。

「………よく食うな…で?朔夜ってのは何者だ?」

「姉」

「は?」

 つまり義兄が育ての親で今そいつに殺されかけているということらしいが…

「朔夜はサーカスのオーナーなの。来週この町にも来るよ」

 そう言って、もう一個貰っていい? とサンドイッチを指差す。

 勝手にしろと答え、考えた。

「お前のマスターがお前の姉に弱いんだったら姉の所に居れば安全なんじゃねぇのか?」

「ううん。掟は絶対だから、捕まったら公開処刑なの。本当はもうちょっと綺麗に死にたいけど、仕方ないわ。失敗しちゃったんだもの」

 アラストルは一つ、玻璃について思ったことがあった。


 こいつは人生を諦めている。


 とりあえず行くあての無い玻璃を保護することにしたはいいが、相手は一応女だ。

となると当然着替えやらなんやらと必要になるわけで、雨降りの中二人で買い物に出掛けたのだった。

 

 が。


「嫌、そんな色返り血が目立つわ」

「………潔く引退しろ…って!! 服選ぶ基準がおかしいだろ!!」


 服を選び始めて二時間ほどこの様なやり取りが続いている。

 彼が手にしたのは白いワンピース、彼女が手にしたのは同じデザインの黒だった。

「…趣味は似てるくせに……」

「別にあなたが着るわけじゃない」

「当然だっ!!」

 周りから見たら恋人か、兄妹か。

 もっと悪くすれば親子に見えるかもしれない。

 そう考え、アラストルは苛立っていた。

「もういい! 両方買うぞ」

「え?」

「これくらい買ってやる!他は?」

 彼女は目を見開いてから微かに口元が緩んだ。

「自分で買うわ。こう見えても結構売れっ子なの」

 そう言いながら、やはり黒一色で服を揃えた。


「なんで黒ばっか買うんだ?」

「………喪服」

「は?」

 思わず振り返るとやはり感情の読めない表情で彼女はぼんやりとしていた。

「殺しすぎたから…」

 呟くように言う。

 そして。

「下着…買い忘れちゃった………」

「………ここで待ってるから買ってこい」

 一気に力が抜けたようだと彼は思った。

「来てくれないの?」

「…男が入るのはどうかと思うぞ?」

 アラストルにとって、恋人に下着をプレゼントするなどということは世界が逆さになってもあり得ないことだった。ましてや拾ったばかり(拾ったと言うのには語弊があるかもしれないが)の女の買い物に付き合うなど屈辱的なのだ。

「ちゃんと…」

「ん?」

「ちゃんと待っててくれる?」

「ああ」

 俯いて言う彼女が幼子のように見えた。

「ほら、早く行ってこい」

「うん」


 保護者ってのはこんな気分なのか?

 ベンチに腰掛け、止みそうに無い雨を眺めながら彼は瞳を閉じた。



「リリアン、お前も…」



 雨は何も洗い流してはくれない。

 寂しさも悲しみも。


 まだ、雨は止むことがない。



「ほんっと…その体のどこにその量が入るんだ?」

 宅配ピザを二枚注文した筈なのだが、一切れも彼が口にすることは出来なかった。

「五枚追加」

「…どーゆー腹してんだ?」

「胃袋と戦闘力はニューハーフだってシルバに言われた」

 そう言い、彼女は勝手に追加注文の電話を掛ける。

「…お前さ……命狙われてる自覚あるのか?」

「焦っても死ぬときは死ぬのよ?」

 硝子玉のような瞳でのぞき込んでくる玻璃にどきりとした。

「お前…」


 似てる、と思った。

「なに?」

「いや…何でもない……」

 アラストルは左目を押さえながら言う。

「目、痛いの?」

「いや、元々あんまり見えねぇんだ。ちょっと光と色が解る程度だ」

「不便?」

「まぁな…って!!お前は!! 直径五十センチ以内に入るな!! ビビるだろ!! お前絶対あれだ!! 日ノ本名物『座敷童』だろ!!」

 お菊人形みたいな髪型しやがって……。

「偏見…名物じゃない。ロン毛三十路」

「だから!! 三十路って呼ぶんじゃねぇ!!」

 玻璃は両手で耳を塞ぐ。

「アラストル…声大きすぎ………絶対スパイとか出来ないタイプ…」

「うるせぇ」

 彼は不機嫌そうに顔を逸らす。

「お前さぁ…」

 ふと、彼が口を開く。

「なに?」

「セシリオって奴が好きか?」

「うーん? 好きってよく分かんない。ううん、人間関係なんてマスターと部下、依頼者とターゲットしかしらない」

「そうか…」

 なんとなく、彼女の髪を撫でた。

「寂しくないか?」

「寂しい?」


 光を知らなければ闇を感じられないように、彼女は温かさを知らないのかもしれない。


 そっと抱きよせると、彼女は抵抗すらせずに、倒れ込んだ。


「………アラストル、あったかい…」

「普通だろ」

「…返り血を浴びた時よりも、引きずり出した内臓に頬を擦り寄せた時よりもずっと……あったかい」

 そう言いながら玻璃は瞳を閉じた。

 そっと彼女の髪を撫でると、どこか懐かしい感じがした。


 大量のピザを食べて、風呂に入って、彼女はソファの上でうとうととしていた。

「玻璃、お前、ベッド使え」

「ここでいい……」

 クッションを枕にして半分以上夢路に旅立っている。

「なら、ここを倒してっと……おーい、毛布くらい被れ」

 ソファの背もたれを倒し、彼女の上にばさりと毛布を落とす。

「んーシルバ………マンマはどこ…」

 どうやら既に夢路に居るらしい。

「ったく……世話の焼けるガキだなぁ」

 仕方なく、玻璃に毛布を掛けてやる。


「リリアン…」


 彼女が生きていれば丁度玻璃と同じ歳だ。

「似過ぎなんだよ……」


 寝顔が、泣きそうなのを堪える姿が、カップの持ち方が、服の選び方が……。

 全てが彼女と重なる気がした。


 窓の外を見る。


 まだ、雨は降り続いている。

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