降霊術
本作品は、示唆や教訓を内包しない、純粋に娯楽作品として読まれるべきものである。
※(改)とありますが、誤字脱字、読みやすさに関わる文体などの若干の修正のみです。
その部屋の中は真っ暗で、真ん中にポツンと蝋燭が灯っていた。
蝋燭は、小さな丸テーブルの上の簡素な燭台の上にあり、その明かりが、周囲を揺らめきながら照らしている。
テーブルは幾つかの一人がけのソファに囲まれ、その一つに、一人の男が座っていた。
男はスーツ姿ではあったが、今は力なく品垂れ、まるで終電で何処へか運ばれていく、寝過ごしているサラリーマンのようにも見えた。
部屋の中は、甘い香の香りに満ちている。不快なほど濃くもなく、気が付かないほど薄くもない。
ソファの後ろには、別の男たちが緊張した面持ちで、その力なくソファに座る男を見つめていた。
見れば、座っている男の頭には、幾つもの電極の付いた脳波計が被せられ、袖からは、何本かコードが出ている。
それらは、椅子の後ろにある細長い机の上に置かれた、様々な機器へと伸びていた。
また、部屋の四隅には、それぞれ集音マイクと、紫外線から赤外線まで録画可能な大型のカメラ、そして様々な波長の電波を受信可能なアンテナ類、幾つかの特殊な観測装置が設置されている。
機器の後ろには、操作にあたる男たちが数人、パイプ椅子に座っていた。
やがて、座っている男の脇に立っていた別の男が、ソファの横に立ち、片膝を折ってソファに座る男の脈を見た。
脈を確認すると、ソファの後ろに立っている別の男の方を見て言う。
「…始まります」
ソファの後ろに立っていた男は、振り返ると、機器の操作をしている男たちに頷く……
数十秒も過ぎた頃、ソファに座っていた男の体が、痙攣を始めた。
不随意に、奇妙に…まるで体を扱い慣れていない者が、何とか操作しようとしているようにも見える。
その奇妙で、ギクシャクとした動きとともに、男が声を漏らし始めた。
「あー、えーあー、うーおー…」
声を出すばかりで、それは意味を為しておらず、子音と母音の区別すら怪しい。
息をつくのも忘れたかのように、あるいはそんな事に気が付かぬように、肺の中の空気をすべて声にして…そして思い出したかのように、大きく息を吸う。
足先から頭の先まで、痙攣のように、てんでバラバラ…非同期に動かす。
でたらめな準備運動のようにも…あるいは生まれたばかりの赤子の動きにも見える。
そして男の声は、奇妙な体の動きと連動していない。
やがて、なんとか言葉だけは、それらしい体を為してきた。
「えあー、おー、ごーにんー」
5人。
この部屋の中にいる…ソファに座る自分自身を除いた人間の数だ。男はソファの上に項垂れて、目を閉じたままだったが、間違いはなかった。
脈をとっていた男は、再度、ソファの後ろに立っている男に頷く。
ソファの後ろに立っていた男は、機器を操作している男たちに手で合図を送り、項垂れている男の前に立った。
「おまえは、何者だ」
ソファに座ったままの男は、手足をカクカクと動かす。まるで、それで意味が通じるかのように。
あるいは、操作すべきレバーやボタンを間違えて押されたロボットのように。
そして、男は、何かの間違いに、ようやく気がついたかのように声を出す。
「えーべぁーカカカカカカ、く、けくかあキー」
イントネーションも発音も、人間のそれとは思い難い奇妙な「音」。
間違いなく項垂れた男の口から漏れている「声」だが、壊れかけた金管、あるいは木管楽器から漏れる音のようにも聞こえる。
「………」
質問した男は、眉根を寄せ、ため息を付いた。
「何故、ここに来た?」
男は質問を変える。
項垂れた男は、また奇妙な動きを始める…が、今度は先程のような長い前振りもなく、でたらめな体の動きを止めることもなく、口を開く。
「えー、けー、くぇ…せーっしょーっく、おー、ぽー、たいーわ、つーきー、けー、こーりうー」
接触、対話、交流。
質問した男は、顎に手をやり、しばらく考えた後に、さらに質問した。
「お前たちは…どこにいる?」
再び、奇妙な動き…先程よりも短く、極端でもない。
「く、ぺ、カ、きききき、ぷー」
意味不明の…だが、やがて、一旦言葉を切って、再度言い直す。
「まー、巻いーひーげー、らー…ら旋、うーずー、まー、きー」
巻きひげ、螺旋、渦巻…意味は分かるが、訳が解らない。
男は苛立ったように、男の座るソファの前を、何度か歩いて往復し、振り向いて口を開く。
「さっき、接触、対話、交流と言ったな?、何故だ?、目的は何だ?」
項垂れたままの男は、今度は数度痙攣しただけで言葉を為す。
とぎれとぎれながら、意味が取れるようになってきた。
「みー…みち、導ーく…。」
立っている男は、項垂れた男を見た。
答えていない間は、身じろぎすらせず、呼吸も特に乱れていない。麻酔をかけられたか、昏睡しているかのように見える。
「…誰を導くのだ?」
項垂れたままの男は、そのまま頭を数度カクカクと揺らし、手足をバタバタと動かして、答える。
「おー、おまーえたち。」
立っている男は、眉根を寄せた。
「どこに?、どこに導こうというのだ?」
項垂れた男は、もう体を痙攣させることはなかった。
「巻きひげ…螺旋…渦巻、きー…中、おー、奥、重ーなーり」
どういう意味なのか?。解らない。
少なくとも場所に関わる…場所を連想させる事を聞いても、意味のある答えを得られそうにない。
「何故、導くのだ?」
項垂れた男は、今度は小首を傾げたで答える。
「う、渦巻…螺旋、流れ…共に…奥…導く…」
渦巻、螺旋…先程、どこに居るのか、と訪ねた時と同じ場所、「渦巻、螺旋」の奥に導く、という訳か。
しかし、なぜ導くのか、の理由は、やはりハッキリしない。
「渦巻の奥に導くため、というのは分かった。だが、何故、我々をそこに導くのだ?」
「よ…い、よい結果…良い導き…優れた…より優れるため…」
その答えを聞き、腕組みをした男は、天を仰いで、ため息を付いた。
「お前たちは…我々より優れた存在だ、とでも言うのか?、それとも逆なのか?」
項垂れた男は、フラフラと首を揺らして答える。
「お、お前たちは、若い…わ、若い。いい。」
立っている男は、再び眉根を寄せる。
そして、腕組みをしたまま、口を開き、ゆっくりと問いかける。
「お前たちが、我々より優れた存在だと言うのなら、この問題に答えられるはずだ。」
そこで、深呼吸を一つして、続ける。
「自分自身を除く、正の約数の和が、自分自身に等しくなる自然数に、奇数のものは存在するか?」
項垂れた男は、即座に答えた。ようやくこの体に馴れたかのように、流暢に。
「答えられない。」
その答えを聞いて、立っている男は腕組みを解いて、詰め寄る。
「なぜだ?、我々より優(すぐれている、というのであれば、この問いに答えられるはずだ。」
「答えられない。」
立っている男は、ため息を付いた。
そして、項垂れたままの男の、脈をとっていた男に、目配せする。
脈をとっていた男は、目を瞑り、「分かった」と答える代わりに頭を縦に振る。
実験は、終わった。
「それで、なにか奇妙なバイタルサインでも見つかったのか?」
数日後。大学の研究室の一室、あの日、項垂れていた男の前に立って、質問していた男は、白衣を着て、部屋の中央にある、長方形の白い机の窓側に座っていた。
テーブルの周囲には、五人の男たちが座っている。あの時、部屋に居た五人だ。脈をとっていた男と、もう一人を除いた三人…立っていた男も含めて全員が白衣を着ている。
「ええ、先生。非常に興味深い、というか奇妙な点が幾つかあって……」
報告している白衣の男は、手に持っていたタブレットを机の上のプロジェクタに近づける。
「これです」
と、プロジェクタが白い壁に波形を映し出した。
「あの時、被験者の脳波は、計測開始から終了まで、完全なδ波を示していました。通常の最も深い睡眠でも、計測脳波波形の50%以上とはなりますが、完全なδ波が維持されるのは、極めて珍しいケースです。しかも、その間に会話も行っていますし、不随意だと考えられますが、痙攣様の身体の動きも確認されています。これは非常に特異な現象であると言えるでしょう。」
『先生』と呼ばれた、男は顎に手をやって、その結果を確認した。
あの霊媒師は、椅子の上でずっと、睡眠第四段階にあったことになる。
爆睡している、と言っていい、最も深い眠りの中で、手足を動かし、自分の質問に答えている。
極めて奇異な事ではあるが、これまで『先生』が研究してきた、様々な宗教で行われる瞑想において、そうした現象を思い起こさせる例が無いではなかった。
ここまで顕著で明瞭な応対が出来たケースは初めてだが…たゆまぬ訓練を重ねれば、不可能であると断じることは出来ない。
『先生』は、白衣を着ていない、長身で黒いシャツを着た男の方を見る。
「奇術師の立場から、こうしたトリックはあり得ると考えますか?、ご意見を。」
黒シャツの長身の男は、ため息を付いて腕組みする。
「私の奇術の範囲で再現するのは……不可能ではないでしょう。幾分大仰となり、訓練も必要とされるでしょうが……奇術の範囲、欺瞞の可能性は否定できません。脳波についても、ニセの脳波を計測させるために、頭皮に電極を埋め込む、とか、そうした手段は考えられます。コストに見合う何かが得られるとは考えられないのですが、時間と予算さえ用意できるのであれば…可能です。」
答えを聞き、口で深呼吸をした『先生』は、報告をした男に訊く。
「それ以外に…バイタルサイン以外に、気になる点は見受けられなかったか?」
報告している男は、首を横に振った。
「計測結果を精査しましたが、紫外線から赤外線、観測可能な範囲の電波、音、磁場、放射線に至るまで、完全に平穏…というか、特に不審な点は見当たりませんでした。ただ……」
「ただ?」
『先生』は先を促す。
「ええ、実験と直接の関係はないんですが、あの時、実験室に入ってなかった控えの連中、あの時、控室でソシャゲやってたらしいんです。で、全員揃って、なんか『絶対出るはずがない』って、言われていた、ものすごいレアキャラを連続で次々と引き当てたそうで、SNSでも、ちょっとした話題になったそうですよ?、運営が不正行為を疑って、取得時のログを精査したくらいで。」
『先生』は、呆れたように、ため息を付く。
「まったく…」
それから、少し神経質にテーブルを指でトントンと叩き、もう一人の白衣でない男…項垂れていた男の、脈をとっていた男の方を向いた。
「…以上です。今回の降霊術…霊的な存在との交信実験は、あの方…霊媒師の欺瞞である、そう判断せざるを得ない、いう結論に至るのですが、宜しいですか?」
脈をとっていた男は、怒るでも、焦るでもなく、ただ微笑んで答えた。
「厳格な実験を行い、その結果の科学的な検証の末に、そう結論をくだされたのであれば、それは仕方のないことです。」
『先生』は、安心したような深呼吸をした。
「ご協力ありがとうございます。では記者会見の準備をさせていただきます。記者会見の場に、霊媒師の方ともども、ご同席いただけるかどうか確認いたしますので、後ほどまたお願いいたします。」
そして全員が席を立った。
巻きひげ。
螺旋。
量子の流れ、つながり、跳躍、その深遠。
波。
彼らは畳み込まれた次元と時間の火花を下に、熱とエントロピーの軛に囚われず、お互いの巻きひげを伸ばし、確率を揺らし、螺旋を重ね、波を響かせ、思考する、記憶する、接触する、議論する、検証する。
「接触は、(私/私達)にとって、残念な結果となった。」
「(貴方/我々)は、その接触を推進した。そして失敗に終わった。」
「我々の巻きひげにとっても、失敗である。」
「これにより消費した可能性については、訊うまい。(貴方/我々)の経験に対する必要な代償と見做されよう。」
「(私/私達)は、%&#について十分な知識を持っていなかった。」
「爾云、(私/我々)が危惧した通りに。」
「(私/私達)は、%&#が、よりよい判断基準を持っている、と予想していた。」
「だが、そうではなかった。%&#は、充分な知性を持ち得ていなかった。」
「(私/我々)が、残念に思うのは、充分な知性が無かった点だけではない。」
「(私達/我々)は、%&#が、当初から『彼らのとっての未解決問題』の解答を求めるとは、予測していなかった。」
「(私/我々)の意味論的分析に拠れば、我々という存在が、%&#にとっての〈超越〉である事を、確認するための質問であった。」
「(私達/我々)が、%&#よりも優れた知性体であることの、確証を得るための行動であった。」
「しかし、%&#自らの知性で解決しうる問題の解答を求める事は、あまりに浅慮、かつ短絡的である。これは、(私達/我々)の許容し得る範囲ではない。」
「爾云。自ら問い、求め、解き明かすべき問題の解決を、安易に他者に委ねるべきではない。」
「我々はまた、知性には、事実に対して、謙虚である事が必要であると考えている。」
「%&#は、彼らの知性のみで、解決不可能な問題に対して、謙虚ではなかった。」
「与えられたヒントを無視すらした。」
「彼らの持てる、『数学』と呼ばれる学問と、その時点での観測能力、観測範囲のみで、全てを理解できると判断していたのは、(私/我)にとって真に残念であった。」
「(私達/我々)は、他の接触において、この経験を活かさなければならぬ。」
「爾云。(私/我々)自身の謙虚さも、再確認しなければならぬ。」
「接触は失敗し、%&#は巻きひげに加えるには、相応しくない事が判明した。」
「とは言え、彼らは、相応の知性を持ち得ている、可能性も。故に、彼らは、尊重されねばならぬ。」
「彼ら、%&#の可能性に依って、彼ら自身の手で扉を開くやもしれぬ。」
「その可能性が具現化する事を、祈るしか無い。」
「%&#もやがて、我々に巻きひげを伸ばすやも知れぬ。」
「我々は、如何にすべきか?」
「彼らの未来に於いて、%&#が、己の謙虚と尊重の失われている事を自覚する事のあれば、いずれは彼らと我々の巻きひげは重なるであろう。螺旋を共にし、深遠を目指すであろう。」
「その時まで、我々は、%&#に対しての巻きひげを閉じるとしよう。」
「我らの%&#への巻きひげの再び解かれ、重なるその時の、疾く来たりますように。」
「爾云…」
…議論は終わった。
かくて%&#、つまり地球人類への巻きひげは、閉じられた。
人類自身が、己の思索と探求のみで、その高みにたどり着くその日までは。
そして2つの超知性は、重なり合うその巻きひげを解く。
お互い、他の数多の超知性と繋がりを失うこと無く、しかし、独立した思索に、再び耽る。
巻きひげの中の、数多の知性とともに。
問題、謎、疑問、そうした言葉で表される『未解決』を求め、観察し、思考思索し、解き明かし、螺旋と渦巻、波と巻きひげに収め、より高みを目指す。
登り果てることの出来ぬ、無限の思索と思考と知識の階段を登り続ける。
全知の果にあるものは、完全なる無知、無思索であると知りながら。
そこには決して、たどり着けぬと知りながら。
「この実験に於いて…詳しい説明は配布したプリントの中に示されていますが、全ての観測機器で、異常な値は発見できませんでした。また、脳波についてもδ波の顕著な検出…全てがδ波になるという異常な結果ではありましたが、睡眠中であっても、脳波が100%δ波となる事はありえず、逆に何らかのトリックが疑われています。」
『先生』は、記者たちの前の白く長い机の中央に陣取り、カメラや記者の視線を集めながら、説明を続ける。
「そして、こうした『降霊術』で、最も大きな疑問点となったのが、自らを『人類を導く存在である』と、主張しながら、人類の数学上の未解決問題の解を求めたところ、即座に回答を否定した所にあります。つまり彼らは、そうした問題への答を持ち得ていない…少なくとも、人類を超えた存在ではないのです……これらに対する詳細はプリントと、のちの質疑応答の際となりますが、こうした科学的な観測と検証の結果から、我々は、今回の降霊術実験における、『降霊』、『上位存在と主張する何者かとの接触』は…残念ながら、実在する現象ではなく、霊媒師なる人物に因る虚偽、虚構…ペテンである、と結論付けざるを得ないのです……」
シャッター音が響き渡り、フラッシュが次々と光る。
その光と音に包まれ、『先生』の顔は、紅潮していた。
(了)
これらの全ては虚構であり、実在し得ない物語である。




