1-1 着任
「かーーーーーーっ!サイコーーーーっ!やっぱコレないとやってられないって!」
「純子〜、もっと効くの出せないの〜?何だっけ、スピリッツ……みたいなの!」
「あのさー、チューハイくらいのでも結構疲れんのよ?勘弁してよ」
慣れないスーツに身を包み、機械的な動きで建物に入る男が1人。
受付にも軽い会釈で目を逸らし、そそくさとエレベーターに乗り込み''12階''のボタンを押した。
たった十数秒すら落ち着けず、くるくる回ってみたり、手遊びをしてみたり。
到着するや否や足早に飛び出し、目の前のオフィスに入り、一言。
「今年度より本部署に配属となりました、和田平と言います!経験を積み、先輩方から学び、精進したいと思います!よろしくお願いします!!!!!!」
……
……
……
「なんで誰もいないんだ……?」
小学校の教室くらいの部屋に、金属製のデスクが6つと、部屋の奥にクローゼットが1つ。
左の1番奥のデスクには「ディスカバラー」と書かれた張り紙。どうやら、これが僕のデスクらしい。
机の上にはノートパソコンが一台。それと、シャープペンが2本に、消しゴムが1つ。引き出しの中は……
「新しく配属になりましたぁ!!!平野芽那と言います!まだ上も下もわからないですがぁ!先輩方から盗みまくって、この部署で1番稼いでやります!」
……これもう1人か?もう1人なのか?たった今壮大な犯行予告をかましたこの女が、相方なのか……?
というか、上も下もってなんだよ。犯行後の逃走経路でも探してんのか。
「あり?他の人は?」
「まだ到着してないっぽいです。ところで、あなたはどちらの役職を?」
「ん……?ああ!私はバトラーだよ!チーム3のバトラー!」
ああこの人だ。僕がチーム3のディスカバラーだから、この人がバトラー、相方という事になる。
株式会社「相田保安」の業務は主に3つ。
1つ、およそ10万人に1人の割合と言われている「能力者」の国内総数の把握
2つ、能力者による事件の防止及び発生後の処理
3つ、能力の管理、有効活用
社訓は「人間は悪くない」
2人の男女が私服で街中を歩いている。それだけを見ればカップルのように思えるかもしれないが、決してそんな事はない。
夜22時過ぎ。学生や昼勤のビジネスマンは消えて行き、街の景色がガラリと変わる時間帯。
代わりに増えるのは、酒のよく回った酔っぱらいや、怪しげなキャッチだろう。
「ここが大衆居酒屋''呑んだくれ''ですかあ……」
「平野さんは一応見張っててください。僕が聞いてきます」
「それやめてよ、平野でいいって!」
「呼び捨てはやりづらいんですよ……」
「すみません、1名で」
「ほんならカウンター座りな。注文は?」
「最盛。あと、枝豆を」
「はいよ!最盛と、枝豆一皿おまち!」
非常に安価で、かつ既存のメーカーから一つ頭抜けた旨さ。
この店の提供するビール「最盛」は、ゴールデンの特集でも紹介された事のある、まさに最先端のトレンドだ。
居酒屋なんて普通はそのまま入れるはずが、この店は人気すぎて予約制を導入。驚異の1週間待ちである。
そのせいで初仕事がかなり出遅れてしまったが、やっと1つ達成できる。
研修期間に散々言われた事だが、今この国で突如異常な様相を呈するジャンルは……
「ところで大将、この酒って凄い流行ってるけど、こんなものどこから仕入れてくるんです?」
「ああ、うちはね、自社で製造から販売まで全部やってんだ」
「へー!凄いもんですねえ……」
「株式会社''相田保安''です。調査に協力して頂きたい」
「やっぱりかい」
大将は身を翻し、厨房に走って行く。すぐさまカウンターを乗り越え後を追おうとするも、周囲の客に足を掴まれる。
「平野さん!突入!!主犯確保優先!」
「呼び捨てでいいって言ってんじゃないですかぁ!」
ディスカバラーの業務は、主に調査。悪く言えば、囮である。
潜入捜査、超能力者と思しき人間との対話、現場指揮。
対してバトラーは、相田保安が抱える能力者集団。
悪意のある相手であるならば容赦せず、かつ周囲に物的、人的被害を出さず、迅速に制圧する。また、能力者の能力暴走による大被害を防ぐ役割も持つ。
「痛いだろうけど、お前らが悪いんだからな!!」
テーザーで目の前の男を気絶させる。別の男が怯んだ隙、左ポケットのカプセルを取り出し、床に放る。
相田保安の基本装備の1つ、睡眠剤。吸い込むと即座に3時間程眠り、起床後も二日酔いのように記憶障害が残る。
「相田保安ですっ!大人しく投降すれば、現行法による通常処分が適応されます!」
「知ってんぜ?能力者匿ってるって裏の世界じゃ噂だ。あんたらだけ自由に能力使って楽して生きてんだろ?」
「……投降しないという事でしょうか?」
「するわけねえだろう!客席の男も、お前も殺して営業再開だァッ!」
芽那は、冷ややかな視線を目の前の男に送ると、呟く。
「デフィニション クラス2」
デフィニションは、能力者に取り付けられる「枷」であり「武器」である。クラス1-5までの使用範囲を事前に定義し、許可された範囲までの能力使用を補助する装置。
彼女の手元から、丁度目の前の男が持つような出刃包丁が創造される。
猪のように突撃してくる男に対して、側の寸胴を蹴倒した。中で煮込まれていた味噌汁が男の全身に吹きかかる。
「ぐぁぁああああああっ!!」
全身に熱傷を負い苦しむ男の右肩を、容赦なく斬り付ける。悶える男を気にも留めず、続けて左肩。
血液が溢れ、芽那の体にも吹きかかる。
「うっ……ぐすっ……」
手を止める。
「おかーさん……おとーさん……」
「……人がいる?」
全身の熱傷に苦しみながら微かな呻きをあげる大将を横目に、厨房を奥へと進み、突き当たりで立ち止まる。
小柄な女性。幼児のように怯え、泣きじゃくっているものの、10代後半-20代前半ほどに見える。
「怖い、怖い、怖い」
「……大丈夫?」
「ひっ……お姉ちゃん、怖いよ……やめて」
「…………ごめんなさい」
初任務としては、あまりにも重すぎる結末だったように思う。
一般客、及び能力の存在を知らない仕込み客は順調に薬が効き、昨晩の記憶は無くしていた。
件で新たに発見された超能力者は、厨房に監禁されていた「酒を作れる少女」
ある不良グループとつるんでいた彼女は、半年前に先輩の紹介であの居酒屋に勤めていた。
彼女の能力を知っていた先輩は、関わりのある反社会的組織に高額で彼女を売り渡し、組織は資金源としてあの居酒屋を経営していたのだ。
問題の大将は全治二ヶ月の重傷。火傷による皮膚欠損もさる事ながら、芽那の二度に渡る斬撃は両肩の骨を切り裂いていた。
両腕はほとんどぶら下がっているような状態で、元に戻すことは難しいという。
「酒を作れる少女」については、クラス1のデフィニションを装着し、精神状態が安定したのち、家に帰される。
芽那に処分が下ることは無かった。バトラーに許可された範疇の行動だったと判断されたのだ。
相田保安の最も重要とする職務は「能力者の存在を一般人に秘匿する事」である。
能力の存在は未知の犯罪を生み、未知の不幸を生む。
その言葉の意味する所を初任務にして、身に沁みて感じた。




