課長が100万円で買った「切り札」
水曜日。
週の真ん中、社畜の疲労がピークに達する頃。
オフィスに、課長の高笑いが響き渡った。
「ガハハハ! 見ろ、この輝きを! これさえあれば、あの『女神』もイチコロだ!」
課長のデスクの周りに、社員たちが集められている。
その中心には、立派な桐の箱が鎮座していた。
課長がもったいぶって蓋を開けると、中には太い丸太のような、赤黒い肉の塊が横たわっていた。
「おぉー……」
社員たちから、お世辞混じりの感嘆の声が上がる。
課長は鼻の穴を膨らませて胸を張った。
「これはな、知人のツテで極秘に入手した『地竜の尻尾』だ!
市場価格なら300万円は下らない代物だが、今回は特別に100万円で譲ってもらった!」
「100万!? すごいですね課長!」
「さすがです! これなら高円寺商事の社長も喜びますよ!」
腰巾着の男性社員たちがヨイショする。
課長は満足げに頷いた。
「ああ。あの『女神』という配信者は、魔物肉に目がないらしいからな。
この最高級ドラゴン肉の画像を送れば、必ずや食いついてくるはずだ!
どうだ久住、お前には一生拝めない代物だろう?」
また私に話を振ってきた。
私は最後列から、その肉をじっと凝視した。
(……うわぁ)
私は心の中で顔をしかめた。
赤黒い色。表面のヌメリ。そして、鼻をつく独特の土臭さ。
あれはドラゴンじゃない。
(『ジャイアント・ワーム(巨大ミミズ)』の尻尾だ……)
ダンジョンの汚泥層に生息する、Cランクの害虫だ。
肉質はゴムのように硬く、泥の味がするゲテモノ中のゲテモノ。
市場価値は、一キロあたり500円(肥料用)。
どうやら課長は、悪徳業者に見事にカモられたらしい。
100万でゴミを買わされている。
「……すごすぎて、言葉も出ません」
「フン、貧乏人には価値がわからんか。
いいか、これを今夜の『女神捕獲作戦』のメインディッシュにする!
SNSで写真を拡散しろ!」
課長が指示を飛ばす。
私は、可哀想なものを見る目で課長を見た。
あれを食べさせられる「女神(私)」の身にもなってほしい。
(絶対に食いつかないよ、そんなゴミ……)
私は「お腹痛い」と適当な理由をつけてトイレに立ち、口直しのために深呼吸をした。
目が腐る。
本物の「最高級」を知っている目には、あのミミズ肉は毒でしかなかった。
◇
定時後。
私は逃げるように退社し、またしてもダンジョンへ向かった。
「口直しだ。圧倒的な海鮮で、あのミミズの残像を消し去りたい」
今日の目的地は、さらに奥深く。
地下五階層にある『水没エリア』だ。
ここは足場が悪く、水中からの奇襲があるため、ベテラン冒険者でも敬遠する難所だ。
当然、あの「特定班」やファンたちもここまで入ってくることはできない。
私は長靴に履き替え、湿った岩場を進んだ。
広大な地下湖が広がっている。
水面は黒く、底知れない深さを感じさせる。
「出ておいでー。美味しいタコさーん」
私は持参した「特大ルアー(豚肉の塊)」を水面に投げ込んだ。
数秒後。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
水面が盛り上がり、激しい水しぶきと共に「それ」が現れた。
全長20メートル。
ビルのような巨体。
八本の触手は太い丸太のようで、吸盤の一つ一つが車のタイヤくらいある。
『深海の悪夢』こと、『デビル・クラーケン(危険度S)』。
過去に潜水艦を沈めたという伝説を持つ、海の怪物だ。
「キシャァァァァッ!!」
クラーケンが咆哮し、巨大な触手が鞭のようにしなって私に襲いかかる。
風圧だけで吹き飛びそうだ。
普通の人間なら、絶望して腰を抜かすだろう。
でも、私には「巨大な食材」にしか見えなかった。
「でっか……! あれ一本で何人前とれるかな!?」
私は歓喜の声を上げ、包丁を抜いた。
迫りくる触手。
その動きを見切る。
毎朝の満員電車で、閉まるドアの隙間に身体をねじ込むタイミングに比べれば、この程度の攻撃はスローモーションだ。
「そこっ!」
スパァン!!
一閃。
私は触手の一本を根元から切断した。
「ギシャッ!?」
クラーケンが驚愕に目を見開く(タコに表情があるかは分からないが)。
私はそのまま、切断された触手(重さ2トン)が地面に落ちる前に、空中で解体スキルを発動させた。
ダダダダダダダッ!!
神速の包丁さばき。
一瞬にして、巨大な触手は一口サイズのぶつ切りに変わり、綺麗に山積みされた。
「今日は一本だけで許してあげる。また生えてきたら食べに来るからね」
私が殺気を放つと、クラーケンは「ヒェッ」と震え上がり、墨を吐いて水底へと逃げ帰っていった。
Sランク魔物をカツアゲした瞬間である。
◇
安全な岩場に移動し、私は調理を開始した。
今日のメニューは決まっている。
これだけのタコがあるなら、やることは一つだ。
「ひとりタコパ、開催!」
魔導コンロの上に、特注の「鉄板」を置く。
タコ焼き用の穴が開いたプレートだ。
生地を流し込み、ジュワァ……といういい音と共に、クラーケンのぶつ切りを投入する。
普通のタコではない。
Sランク魔物の筋肉は、熱を通すことで極上の弾力と旨味に変わる。
「天かす、紅しょうが、ネギ……そして隠し味に、お吸い物の素!」
竹串で器用にひっくり返していく。
まん丸に焼き上がったタコ焼きが、黄金色に輝いている。
香ばしい小麦の香りと、濃厚な海鮮の出汁の香り。
課長のミミズ肉とは次元が違う、「本物」の香りだ。
「配信、スタート」
私は録画ボタンを押した。
タイトルは『【第4回】Sランク魔物クラーケンで、本気のタコ焼き作ってみた』。
「こんばんは、OLです。今日は会社で変な肉を見せられて気分が悪かったので、口直しにクラーケンの足を一本もらってきました」
私はアツアツのタコ焼きを一つ、ハフハフしながら口に放り込んだ。
「んんっ……!!」
外はカリッ、中はトロッ。
そして、噛んだ瞬間に弾けるクラーケンの存在感!
プリップリだ。
普通のタコのようなゴムっぽさは一切ない。
噛むたびに、深海の濃厚なエキスが口いっぱいに広がる。
マヨネーズとソースの酸味が、その旨味をさらに引き立てる。
「熱い、けど美味しい……! ビール! ビール持ってきて!」
私は一人で悶絶しながら、クーラーボックスの第三のビールを開けた。
プシュッ!
至福の瞬間だ。
地下深くの水辺で、Sランクの怪物を摘みに飲む安酒。
これ以上の贅沢があるだろうか。
スマホの画面を見ると、コメント欄がとんでもない速さで流れていた。
『うわぁぁぁ! 今度はクラーケンかよ!』
『あれ災害指定の魔物だぞ!? 足一本切るとか何事!?』
『タコ焼き……その発想はなかった』
『美味そうすぎて死ぬ。夜食テロやめてくれ』
『さっきSNSで流れてきた「ドラゴンの尻尾(笑)」とは大違いだな』
おや、どうやら課長の投稿も話題になっているらしい。
悪い意味で。
『あれミミズだろ? 誰だよドラゴンとか言ってる情弱は』
『騙されてて草』
『女神への供物? あんなゴミ出したら女神ブチ切れて国が滅ぶぞ』
ネットの特定班は優秀だ。課長の嘘(というか無知)は即座に見抜かれ、大炎上しているようだ。
そして、通知音が鳴る。
もう見なくてもわかる。彼だ。
『剣聖レオン(スーパーチャット):¥3,000,000
クラーケン……!
我々が討伐に失敗し、撤退を余儀なくされたあの怪物を、食材扱いとは。
君の底が見えない。
今すぐそのタコ焼きを売ってくれ。
ソース味と、もしあれば「塩ごま油」でも食べてみたい』
300万。
タコ焼き一舟(8個入り)の値段としては、ギネス記録だろう。
「レオンさん、塩ごま油ですね。通ですねぇ。作りますよ」
私は機嫌よく二舟目を焼き始めた。
一方その頃。
会社では、残業中の課長がスマホを握りしめて震えていた。
「な、なんだこのコメントは……!
『ミミズ乙』? 『情弱乙』?
馬鹿な……これは100万したんだぞ!? 本物のドラゴンのはずだ……!」
課長は顔面蒼白で、桐箱の中の干からびた肉を見つめていた。
さらに追い打ちをかけるように、社長からの着信が入る。
『おい! なんだあの恥ずかしい投稿は!
「女神」が、あんな本物のSランク料理をアップしている裏で、我が社がミミズを自慢してどうする!
会社の恥だ! 今すぐ削除しろ!!』
電話口からの怒号が、静まり返った深夜のオフィスに響き渡る。
私はそれを想像しながら、地下五階で優雅に最後の一個を頬張った。
「ごちそうさまでした。……あー、スカッとした」
明日からは、少し優しい気持ちで課長に接してあげられそうだ。
なにせ、彼は100万でゴミを買った男なのだから。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
少しでも良いなと思ってくださったら、
ページ下の【☆☆☆☆☆】から評価いただけると、とても嬉しいです!




