ベランダの「不用品」を査定に出した結果
翌朝。
私はアパートの布団の中で、スマホを握りしめたまま絶叫していた。
「さんびゃくまん……!?」
画面には、昨日の配信についたコメントが表示されている。
『嘘だろ、核を捨てやがった……』
『あれ一つで都内のマンションの頭金になるのに』
『ジュエルスライムの核の買取相場、昨日の時点で300万だぞ』
『味の感想しか言わないこの配信者、推せる(錯乱)』
血の気が引いた。
300万。
私が「硬くて邪魔だなー」と思って地底湖にポイ捨てしたあのキラキラが?
私の年収(手取り換算)よりも高いなんて。
「うあああああ! 私のバカバカバカ!」
私は布団の上でジタバタとのたうち回った。
300万あれば何ができる?
第三のビールじゃなくて、エビスビールが一生飲める。
スーパーの半額シールを待たずに、定価で刺身が買える。
会社を辞めて、南の島で唐揚げ屋を開くことだって……!
「……はぁ、はぁ」
ひとしきり暴れて、私は冷静さを取り戻した。
捨ててしまったものは仕方がない。
だが、待てよ?
「もしかして……今まで私が『食べカス』として捨ててたアレらも、お金になるの?」
私はベッドから飛び起き、ベランダへの窓を開けた。
そこには、いつもの光景がある。
『燃えるゴミ』の日に出しそびれた、45リットルの大きなポリ袋が三つ。
中身は、自炊の残骸だ。
「コカトリスの羽根は、むしるの大変だったなぁ。あと、出汁を取った後のミノタウロスの骨……」
普通にゴミ捨て場に出すと、カラスが寄ってくるし、近所の人に「なんか獣臭い」と通報されそうだったので、とりあえずベランダに放置していたのだ。
まさに産業廃棄物。
でも、もしこれが売れるとしたら?
「……行ってみよう。ゴミ出しついでに」
私はジャージに着替え、マスクと帽子を目深にかぶり、両手に大きなゴミ袋を提げて部屋を出た。
◇
新宿駅東口。
巨大なビルの一角に、『冒険者ギルド・新宿支部』はある。
魔物の素材を換金したり、クエストを受注したりする、探索者たちの拠点だ。
自動ドアをくぐると、そこは異様な熱気に包まれていた。
高そうな鎧を着た戦士や、派手な杖を持った魔法使いが行き交っている。
みんな、目つきが鋭い。
そんな中、私は一人だけ浮いていた。
ヨレヨレのジャージ姿。
両手には、半透明のゴミ袋(中身は骨と羽根と生ゴミ)。
完全に、ゴミ捨て場を間違えた主婦だ。
(うぅ……視線が痛い……)
すれ違う冒険者たちが、ギョッとした顔で私を見てくる。
「おい、なんだあれ」
「清掃員か?」
「いや、なんか凄まじい臭いがするぞ。ニンニクと……獣の臭い?」
ひそひそ話が聞こえてくる。
帰りたくなってきた。
でも、このゴミ袋をアパートに持ち帰るのも嫌だ。
私は意を決して、『素材買取カウンター』の列に並んだ。
「次の方、どうぞー」
窓口に座っていたのは、メガネをかけた真面目そうな受付嬢さんだった。
彼女は私の姿を見て一瞬固まったが、すぐにプロの笑顔を作った。
「本日はどのような素材をお持ちでしょうか?」
「あ、えっと……これなんですけど」
私はカウンターの上に、ドサッ!ドサッ!とゴミ袋を置いた。
袋の口が少し緩んでいて、中からミノタウロスの大腿骨(スープの出汁を取った後)がゴロンと転がり出た。
プン、と濃厚な豚骨ならぬ牛骨スープの香りが漂う。
「……ヒッ!?」
受付嬢さんが小さな悲鳴を上げた。
「あ、すみません。ちょっと臭いますよね。洗ってはきたんですけど」
「い、いえ! これ……鑑定してもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。もし売れなかったら、そこのゴミ箱に捨てていいですか?」
私が聞くと、受付嬢さんは引きつった笑顔で「か、確認しますね」と言い、袋の中身をトレーに広げ始めた。
ガサガサ……。
コカトリスの羽根。
キラーウルフの毛皮(剥いだやつ)。
ミノタウロスの骨(出汁ガラ)。
ジュエルスライムの破片(ゼリーの残り)。
受付嬢の手が、小刻みに震え始めた。
メガネがずり落ちている。
「お、お客様……?」
「はい?」
「こ、これは……『暴君コカトリス』の風切羽に、『剛腕ミノタウロス』の完全な大腿骨……それに、このキラキラしているのは、まさか……」
彼女の声が上ずっていく。
「これ、全部お一人で?」
「あ、はい。自炊……いや、趣味で」
「しゅ、趣味……」
受付嬢さんはフラフラと立ち上がり、奥の部屋に向かって叫んだ。
「ギ、ギルドマスターーーッ!! きてください! 大変です!!」
カウンターの中に激震が走った。
奥から、強面のハゲたおじさん(ギルドマスター)が飛んでくる。
彼もまた、私のゴミ袋の中身を見て絶句した。
「馬鹿な……。コカトリスの羽根が、一枚も傷ついていないだと? どんな魔法を使えばこんなに綺麗にむしれるんだ?」
「こっちの骨もだ。切断面が鋭利すぎる。名刀で一刀両断しないとこうはならんぞ」
「このスライムの破片、まだ魔力が残留してる……! 高純度の魔力伝導体だ!」
おじさんたちが、私の生ゴミを囲んで大騒ぎしている。
周りの冒険者たちも集まってきた。
「おい、マジかよ」
「Aランク素材の山じゃねぇか」
「あのジャージの女、何者だ?」
「『掃除屋』か? 裏社会の……」
ざわめきが大きくなる。
居心地が悪い。
私はただ、ベランダを片付けたかっただけなのに。
「あ、あのー……」
私が恐る恐る声をかけると、ギルドマスターが血走った目で私の手を握りしめた。
「君!! どこの所属だ!? これほどの素材、なぜ今まで市場に出さなかった!?」
「え、あ、いや、所属とかないんですけど……フリーで……」
「フリー!? これほどの手練れが!?」
ギルドマスターが驚愕の表情を浮かべる。
受付嬢さんが、震える声で電卓を叩き始めた。
「さ、査定が出ました……。
コカトリスの羽根一式、120万円。
ミノタウロスの骨、80万円。
キラーウルフの毛皮、50万円。
その他、スライムの破片など諸々合わせまして……」
彼女はゴクリと唾を飲み込み、金額を提示した。
「合計、580万円になります」
「……へ?」
私の思考が停止した。
580万。
ごひゃく、はちじゅうまん。
ゴミ袋三つで?
出汁を取った後の骨と、むしった羽根で?
「あ、あの、桁間違ってませんか? 5万8千円とかじゃなくて?」
「いえ、これでも『未処理』の状態ですので少し減額させていただいております。本来なら700万はいくかと」
700万。
眩暈がした。
私は今まで、数千万円分のゴミを燃えるゴミの日に出していたということか?
「買取、成立ということでよろしいでしょうか?」
「は、はい……お願いします……」
「では、こちらのカードにチャージさせていただきますね」
手続きが進む中、私は背中に大量の冷や汗をかいていた。
周りの視線が熱い。
完全に「ヤバい奴」を見る目だ。
(逃げなきゃ……)
私の『隠密』スキルは、注目を集めすぎると効果が薄れる。
このままだと、私が「あの配信者」だとバレるのも時間の問題だ。
「ありがとうございましたー!」
カードを受け取るや否や、私は脱兎のごとくギルドを飛び出した。
「あ、お客様! まだ会員登録が……!」
受付嬢の声が聞こえたが、振り返らなかった。
◇
人気の少ない公園のベンチで、私は荒い息を整えた。
手の中には、ギルドの黒いカード。
アプリのウォレットを確認する。
【現在残高:8,300,320円】
昨日までの200万と合わせて、800万。
私の貯金通帳の残高が、たった二日で爆発的に増えている。
もう「老後の資金2000万問題」の半分近くまで来てしまった。
「……ははっ」
乾いた笑いが出る。
今朝、会社に行く前にスーパーで「玉子が1パック10円高い」と悩んでいた自分が、遠い昔のようだ。
「……とりあえず、エアコン買おう。一番高いやつ」
私は空を見上げた。
今日の空は、札束の色に見えた。
◇
その頃、ギルドでは。
「おい、今の女……あのゴミ袋からニンニクの匂いがしなかったか?」
「ああ、したな。強烈なやつが」
「ニンニク……コカトリス……ミノタウロス……」
居合わせた一人の冒険者が、ハッと気づいたように叫んだ。
「あいつだ! あの『魔物グルメ』の配信者だ!!」
「「「なんだってーーーッ!?」」」
ギルド内が爆発したような騒ぎになる。
しかし、時すでに遅し。
伝説の「ゴミ出しの女神」は、すでに新宿の雑踏へと消えた後だった。
そして翌日。
私の会社のデスクには、なぜか真新しい高機能な空気清浄機が設置されることになるのだが、それはまた別の話。
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