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地獄の飲み会と、お口直しの宝石スライム

「えー、今月もノルマ未達だが、来月こそは気合いを入れていくぞ! 乾杯!」


「「「かんぱーい……」」」


 金曜日の夜。

 駅前の格安チェーン居酒屋に、社員たちの死んだような声が響いた。

 課長主催の「決起集会」という名の、強制参加の飲み会だ。


(……帰りたい)


 私はウーロン茶のグラスを握りしめながら、心の中で百回目となる呪詛を吐いた。

 会費は4,000円。

 私の食費換算で、約四日分。

 今の私には「200万円」という隠し財産があるから支払えたものの、以前ならこの出費は致命傷だった。


 テーブルに並ぶのは、しなしなの枝豆、キャベツの千切り、そして冷凍食品を揚げただけのポテトと唐揚げ。

 どれも油が古くて臭い。


「おい久住、何ちびちび飲んでるんだ。俺の酒が飲めないのか」


 赤ら顔の課長が、ビール瓶を持って絡んでくる。

 最悪だ。アルハラだ。


「いえ、いただきます……」

「まったく、お前は付き合いが悪いな。だから彼氏もできないんだぞ」


 セクハラ発言のおまけ付きだ。

 私は愛想笑いを浮かべながら、グラスに注がれたぬるいビールを口にした。

 不味い。

 昨日のミノタウロスの脂の甘みを知ってしまった舌には、拷問に近い。


「それに引き換え、あの動画の彼女はいいよなぁ!」


 まただ。

 課長がスマホを取り出し、私の配信動画アーカイブを再生し始めた。

 画面の中では、私がミノタウロスのステーキを幸せそうに頬張っている。


「見ろ、この豪快な食べっぷり! 酒が美味そうだろう!

 きっと彼女は、プライベートでも高級なワインを片手に、イイ男と優雅な時間を過ごしているに違いない」


(……いま目の前で、薄いビール飲まされてますけどね)


 私は心の中でツッコミを入れた。

 課長は画面の中の私(偶像)にはメロメロなのに、現実の私(本物)には説教ばかりだ。

 

「それに比べて、ここの唐揚げはなんだ! 衣ばっかりで肉がないじゃないか!」


 課長が皿の上の唐揚げに文句をつける。

 

「あの配信の『コカトリスの唐揚げ』は、見てるだけで肉汁が溢れてたぞ。

 あーあ、俺もあんな料理を作れるイイ女と結婚したかったなぁ。なぁ、久住?」


「……そうですね。課長には高嶺の花だと思いますけど」


 つい、本音が漏れた。


「あ? なんか言ったか?」

「いえ! なんでもありません!」


 危ない危ない。

 200万円の余裕が、私の社畜精神ガードを緩めている。

 私は残りの時間を「無」になってやり過ごした。


 ◇


 二時間後。

 ようやく地獄の宴が終わった。


「うぃー、飲み足りないなぁ! 次はキャバクラ行くぞ!」


 課長たちは千鳥足で夜の街へ消えていった。

 残された私は、駅前のロータリーで大きく息を吐いた。


「……はぁ。口の中が最悪」


 安い油と、変な甘味料の入ったサワーの味が舌にこびりついている。

 4,000円払って、ストレスとカロリーだけを摂取した気分だ。

 このままじゃ帰れない。

 お口直しが必要だ。


「デザート……さっぱりしてて、キラキラした、極上のデザートが食べたい」


 私はスマホを取り出し、ダンジョンアプリのマップを開いた。

 この近くの『Cランクダンジョン・水晶の洞窟』。

 そこには、滅多にお目にかかれない「幻のスイーツ魔物」が生息しているという噂がある。


「よし、ハシゴだ」


 私はパンプスを脱ぎ捨て、鞄から安全靴を取り出した。


 ◇


 『水晶の洞窟』は、その名の通り、壁一面に水晶が突き出た美しいダンジョンだ。

 普段ならカップル冒険者のデートスポットになっているが、今は深夜。誰もいない。


 私は最深部の「地底湖」エリアにいた。

 ひんやりとした冷気が、酒で火照った頬に心地よい。


「……いた」


 湖のほとりに、その魔物はいた。

 直径50センチほど。

 透き通るような水色で、中心にダイヤモンドのような核が輝いている。


 『ジュエル・スライム(希少種)』。

 冒険者ギルドの買取価格は、核ひとつで300万円とも言われる超レア魔物だ。

 でも、私が用があるのは「核」じゃない。「身」の方だ。


「ぷるぷるしてて……美味しそう!」


 私は包丁を構え、忍び寄った。

 スライムが危険を察知して、身体を変形させて水晶のつぶてを飛ばしてくる。


 ヒュンッ!


「甘い!」


 私は最小限の動きでそれを回避し、核の隙間に包丁を突き刺した。

 物理攻撃無効のスライムも、魔鉄製の包丁と私の解体スキルの前では寒天と同じだ。


 パァァァン!


 スライムが弾け飛び、あとに残ったのはプルプルのゼリー状の物体と、キラキラ輝く核。

 私は核(300万相当)を「硬くて食べられない種」としてポイッと湖に捨て、ゼリー部分をボウルに回収した。


「配信、スタート」


 私は岩の上に座り、カメラを回した。

 タイトルは『【第3回】飲み会の味が不味すぎたので、お口直しにジュエルスライム食べます』。


「えー、こんばんは。今日は会社の飲み会で酷い目に遭ったので、デザートを食べに来ました」


 ボウルの中のジュエルスライムは、スマホのライトを反射して、まるで宝石箱のように輝いている。

 私はそこに、コンビニで買ってきた「強炭酸水」を注いだ。


 シュワワワワ……!


 スライムの身が炭酸と反応し、パチパチと音を立てる。

 スプーンですくって、口へと運ぶ。


「んん~っ!!」


 冷たい!

 そして、爽やか!

 口に入れた瞬間、スライムがシュワッと溶けて、高級なマスカットのような香りが鼻に抜ける。

 天然のゼリーだ。

 安い居酒屋の油っぽさが、一瞬で浄化されていく。


「おいしーい! これならいくらでも食べられる!」


 私は夢中でスプーンを動かした。

 その時、スマホの通知が鳴り止まないことに気づいた。


『えっ、ジュエルスライム!? これ超激レアじゃん!』

『核捨てた!? 今、核(300万)を捨てたぞこの人!?』

『飲み会帰り? OL設定はガチだったのか』

『俺も上司の説教でムカついてたけど、この咀嚼音聞いてたら癒やされた……』


 そして、例のごとくあの人からも。


『剣聖レオン(スーパーチャット):¥1,000,000

 なんて美しい食べ方だ……。

 私も今、接待の飲み会で不味い酒を飲まされていたところだ。

 君の動画を見ながら飲む水は、どんなヴィンテージワインより美味い』


 100万。

 また100万飛んできた。

 飲み会の会費4,000円でイライラしていた自分が馬鹿らしくなる。


「レオンさん、ありがとうございます。飲み会、お互いお疲れ様ですね」


 私が画面に向かってグラス(ボウル)を掲げると、コメント欄が『乾杯!』『お疲れ!』の弾幕で埋め尽くされた。


 深夜の洞窟。

 たった一人だけど、私はもう孤独じゃなかった。

 4,000円の飲み会より、この0円の(むしろ稼げる)女子会の方が、ずっとずっと楽しい。


 私は最後のひとくちを飲み干し、満足げに息を吐いた。

 明日もまた、頑張れそうな気がした。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


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