表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

ダンジョンが「特定班」で溢れかえっている

定時ダッシュを決めた私は、足早に会社を後にした。

 今日の夕飯のターゲットは決まっている。

 『ミノタウロス』だ。

 筋骨隆々の牛頭の魔物。そのロース肉は、適度なサシが入っていて、ステーキにすると絶品らしい。

 ネットの攻略サイトには「硬くて食えたもんじゃない」と書いてあるが、それは下処理が甘いだけだ。


「昨日は唐揚げだったから、今日はガッツリとステーキ……じゅるり」


 想像しただけで涎が出そうになる。

 私はスーパーで「半額のカット野菜」と「特売のバター」、そして「わさびチューブ」を買い込み、いつもの路地裏へと向かった。


 しかし。

 ダンジョンの入り口が見えた瞬間、私は足を止めた。


「……は?」


 いつもは野良猫くらいしかいない薄暗い路地裏が、お祭りのような騒ぎになっていたのだ。


「おい、まだ見つからないのか!」

「SNSの情報だと、この『新宿・裏ゲート』が濃厚なんだろ?」

「あの配信者、絶対ここにいるって!」

「女神ー! 俺だー! 結婚してくれー!」


 人、人、人。

 スマホを片手にした若者や、重装備に身を包んだ本職の冒険者たちが、狭い路地裏を埋め尽くしている。

 中にはテレビ局のカメラクルーまでいる。


(うっそでしょ……!?)


 私は電柱の陰に隠れた。

 心臓がバクバクと鳴る。

 完全に甘く見ていた。ネットの「特定班」の執念をナメていた。

 動画に映り込んだ背景の、ほんの数ピクセルの特徴から、この場所が特定されたらしい。


「どいてくれ! ギルド『オーディン』が通るぞ!」


 野太い声と共に、人垣が割れた。

 現れたのは、金色の鎧を身にまとったイケメン騎士。

 間違いない。

 私に「100万円」を振り込み、「年俸1億」を提示してきた張本人、Sランク冒険者のレオンだ。


「くそっ、いないのか……! あの唐揚げの主は……!」


 レオンは血走った目でキョロキョロと辺りを見回している。

 昨日のクールなDMの文面とは裏腹に、完全に禁断症状が出た中毒者の顔だ。


(ヒェッ……怖っ!)


 私は震え上がった。

 やっぱり、捕まったら最後だ。

 「唐揚げマシーン」として地下室に監禁される未来しか見えない。


「……帰ろう」


 私は踵を返そうとした。

 今日は諦めて、家で豆腐に醤油をかけて食べよう。

 そう思った時だった。


 グゥゥゥゥゥ……キュルルルル……。


 盛大な腹の虫が鳴った。

 私の胃袋が「嫌だ! 肉をよこせ!」と暴動を起こしている。

 一度ステーキの口になってしまった脳は、豆腐では誤魔化せない。


(……いや、待てよ?)


 私は冷静に人混みを観察した。

 みんな、血眼になって「オーラのある強そうな女」や「魔力を持った美女」を探している。

 誰も、私のことなんて見ていない。


 会社でもそうだった。

 私はいつだって、そこにいるのに「いない」扱いをされてきた。

 飲み会の人数合わせですら忘れられ、集合写真では背景と同化し、上司には名前すらまともに覚えられない。


 これは、チャンスなんじゃないか?

 社畜として培った、この悲しき『空気ステルス』スキルを使えば……。


「……よし」


 私は覚悟を決めた。

 スーツのボタンを留め、猫背になり、視線を下に落とす。

 「私はここにはいません」「ただの通行人です」「疲れたOLです」という負のオーラを全身にまとう。


 いざ、突撃。


「あ、すいませーん……通りますー……」


 蚊の鳴くような声で呟きながら、私は人混みの中へ足を踏み入れた。


 目の前に、Sランク冒険者のレオンがいる。

 彼と、肩が触れそうになる距離ですれ違う。


(バレるな、バレるな、バレるな……!)


 心臓が破裂しそうだ。

 しかし、レオンは私を一瞥すらしなかった。

 彼の視線は、私の背後にいる「派手な魔法使いの格好をした女性」に向いている。


「むっ、あちらか!?」


 レオンは私を空気のように無視して、奥へと走っていった。

 

(……勝った)


 私は内心でガッツポーズをした。

 悲しい。悲しいけれど、勝った。

 私の存在感のなさは、Sランク冒険者の索敵スキルすら無効化するレベルらしい。


 私はそのまま、誰にも止められることなく、「関係者以外立入禁止」のテープの下をくぐり抜けた。

 警備員さえも、私が横を通ったことに気づいていなかった。


 ◇


 ダンジョンの入り口付近は騒がしいが、奥へ進めば進むほど静寂が戻ってくる。

 一般の冒険者が立ち入らない「危険区域レッドゾーン」だ。

 ここなら誰にも邪魔されない。


「モォォォォォオオッ!!」


 曲がり角から、巨大な影が飛び出してきた。

 体長4メートル。筋肉の塊のような魔物、『剛腕ミノタウロス(危険度A)』だ。

 丸太のような腕を振り上げ、私に襲いかかってくる。


「今日のメインディッシュ、お待ちしておりました!」


 私は鞄を放り出し、愛用の出刃包丁を構えた。


 ドォォォン!!

 

 ミノタウロスの拳が地面を砕く。

 私はその粉塵の中を舞うように潜り抜け、奴の足の腱をスパッと切り裂いた。


「モガッ!?」


 バランスを崩して膝をつく巨体。

 その首筋が、無防備に晒される。

 私はジャンプ一番、包丁を振り下ろした。


「いただきまーす!」


 ザシュッ!!


 一撃必殺。

 巨体が光の粒子となって消滅していく。

 残されたのは、霜降りの巨大なロース肉のブロック。

 スーパーで買えば100g数千円はくだらない最高級品だ。これが食べ放題。ダンジョン最高。


 私は手慣れた手つきで岩場にコンロを設置し、フライパンを熱した。

 たっぷりのバターを溶かす。

 そこへ、サイコロ状にカットしたミノタウロスの肉を投入する。


 ――ジュワァァァァァァッ……!


 濃厚なバターの香りと、肉が焼ける香ばしい匂いが洞窟内に充満する。

 表面をカリッと焼き上げ、中はレアに。

 仕上げに醤油を回しかけ、わさびを添える。


「よし、配信スタート」


 私はスマホの録画ボタンを押した。

 タイトルは『【第2回】ミノタウロスのサイコロステーキ(わさびバター醤油)』。


「お疲れ様です、OLです。今日はちょっと外が騒がしいので、奥の方でひっそりと焼いていきたいと思います」


 肉を口に運ぶ。

 噛んだ瞬間、肉の繊維がほどけ、濃厚な脂の甘みが口いっぱいに広がる。

 わさびの清涼感が脂っこさを中和し、醤油とバターのコクが後を追う。


「んんっ……! 柔らかぁい……!」


 最高だ。

 昨日のコカトリスも美味しかったが、やっぱり牛肉(牛魔物)のパンチ力は別格だ。

 白米を持ってこなかったことが悔やまれる。

 私は夢中で肉を頬張った。


 その頃。

 ダンジョンの入り口付近では、異変が起きていた。


「おい、通知来たぞ! 配信始まった!」

「えっ、今!? 俺たちここにいるのに?」

「『外が騒がしいので奥に来ました』って言ってるぞ!」

「なんだこの匂いは……! バター醤油の……とてつもなく美味そうな匂いが風に乗って……!」


 レオンが鼻をひくつかせ、叫んだ。


「奥だ! この風上だ! まだ近くにいるぞ!」


 ドドドドドッ!

 冒険者たちが一斉にダンジョンの奥へと雪崩れ込む。

 しかし、彼らが広場に到着した時には、そこには何もなかった。

 

 ただ、焚き火の跡と、綺麗に肉を削ぎ落とされたミノタウロスの骨が転がっているだけ。

 そして、岩の上には書き置きが残されていた。


『ごちそうさまでした。探さないでください(怖かったので)』


「くそぉぉぉおおおっ!!」


 レオンの絶叫がダンジョンに木霊した。

 

「またニアミスか! こんなに美味そうな残り香を残して……焦らしプレイにも程があるぞ、師匠おおおっ!!」


 ◇


 その頃、私はとっくにダンジョンを脱出し、駅のホームで電車を待っていた。

 お腹はいっぱい。

 ウォレットには、レオンから追加で振り込まれた「投げスパチャ:50万円」が入っている。


「……ふふっ」


 ガラスに映る自分を見る。

 地味で、冴えない、どこにでもいるOL。

 さっき、数百人の冒険者たちを出し抜いてきたとは誰も思うまい。


「明日も仕事かぁ。……でも、ま、いっか」


 今の私には、秘密の楽しみがある。

 次はどの魔物を食べてやろうか。

 私はレシピサイトを検索しながら、軽い足取りで帰路についた。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


少しでも良いなと思ってくださったら、

ページ下の【☆☆☆☆☆】から評価いただけると、とても嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ