表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/23

さようなら、社畜

 火曜日の朝。

 天気は快晴。私の心も、かつてないほど晴れ渡っていた。


 私はオフィスの自動ドアをくぐり、自分の席には座らず、そのまま真っ直ぐに課長のデスクへと向かった。

 カツ、カツ、カツ。

 ヒールの音がフロアに響き、水を打ったように静まり返る。


「……あ、おはよう。く、久住さん」


 課長がビクッとして顔を上げた。

 その顔はやつれ、昨日の恐怖がまだ抜けていないようだ。


「おはようございます、課長」


 私はニッコリと微笑んだ。

 そして、懐から白い封筒を取り出し、デスクの上に叩きつけた。


 バァァァン!!


 乾いた音が響く。

 封筒の表には、筆ペンで力強く書かれた三文字。


 『退職願』。


「えっ……?」


 課長が凍りつく。

 周囲の社員たちが息を呑む。


「本日付で退職させていただきます。

 有給が40日ほど残っていますので、このまま消化に入ります。

 実質、今日が最終出社日です」


 私は事務的に告げた。

 課長がガタガタと震えながら封筒を手に取る。


「た、退職……!?

 ま、待ってくれ! 昨日の話は……給料アップの話はまだ……!」


「お断りしましたよね?

 私はもう、この会社に1秒たりともいたくないんです」


「そ、そんな……!

 困る! 君がいなくなったら困るんだ!」


 課長がなりふり構わず叫んだ。

 その声を聞きつけ、奥の社長室から社長が飛び出してきた。


「なにごとだ!?

 ……なっ、退職願だと!?」


 社長は封筒を見るなり、顔色を変えて私に詰め寄った。


「認めんぞ! 絶対に認めん!

 君は我が社の『顔』になる予定なんだ!

 昨日の活躍を見て、取引先からも問い合わせが殺到しているんだぞ!」


「知りませんよ、そんなこと」


 私は冷たく言い放った。


「私がいつ、御社の『顔』になると言いました?

 私はただの事務員として採用され、雑用係として扱われてきました。

 その契約通り、ただの事務員として辞めるだけです」


「ぐぬっ……!」


「それに社長。

 私が辞めて困るような会社なら、それは私の責任ではなく、経営者の責任ですよね?」


 正論。

 社長が言葉に詰まる。

 しかし、彼は諦めきれずに食い下がった。


「だ、だがな! 今辞めたら後悔するぞ!

 うちはこれからダンジョン事業で急成長する!

 君はその恩恵を捨てて、路頭に迷うことになるんだぞ!」


「後悔?」


 私は吹き出しそうになった。

 この人はまだ、自分が「選ぶ側」だと思っているのか。


「社長。勘違いしていませんか?

 私がこの会社にいたのは、単に『社会勉強』のためです。

 でも、もう十分学びました」


 私はフロアを見渡した。

 死んだ魚のような目をした社員たち。

 パワハラが横行する空気。

 

「『こうはなりたくない』という反面教師として、大変勉強になりました。

 ありがとうございました」


 深々とお辞儀をする。

 それは感謝ではなく、完全なる絶縁の挨拶だった。


 その時。

 ジリリリリリッ!!

 フロア中の電話が一斉に鳴り響いた。


「な、なんだ!?」

「はい、営業部です! ……えっ、クレーム!?」

「社長! 取引先のレストランからです!

 『昨日納品された肉が腐っている』と!」

「こっちはネットニュースを見た株主からです!

 『社員を盾にする会社とは取引しない』と!」


 阿鼻叫喚。

 昨日の事件の余波が、一気に押し寄せてきたのだ。

 

 さらに、総務部の女子社員が悲鳴を上げた。


「か、課長! ファイルサーバーから異音がして、ダウンしました!

 共有フォルダにアクセスできません!」


「な、なんだと!? バックアップは!?」

「ありません! そのサーバーも、十年落ちのPCを久住さんが騙し騙し動かしていたものだったので……!」


 当然だ。

 とっくに寿命を迎えていたポンコツ機材を、私が(こっそり雷魔法で通電を安定させて)無理やり維持していたのだから。

 私が魔力の供給を断てば、ただのガラクタに戻るのは必然だ。


「く、久住くん! 頼む、直してくれ!」

「再起動してくれ! データが消えたら終わりなんだ!」


 社長と課長が私にすがりつく。

 私は自分の荷物をまとめた段ボールを抱え、冷ややかに言った。


「業務引き継ぎ書は、そこのサーバーに入っています。

 ……直して開ければ、の話ですけど」


「そんなぁぁぁ!」


「では、お元気で。

 二度とお会いすることはないでしょう」


 私は踵を返した。

 背後で「待ってくれぇぇ!」「会社が潰れるぅぅ!」という絶叫が響いていたが、振り返らなかった。

 もはや、彼らは私にとって「他人」ですらない。

 ただの「過去の嫌な思い出」だ。


 ◇


 エレベーターで一階に降り、エントランスを出る。

 

 まぶしい。

 外の世界は、驚くほど輝いていた。

 空は青く、風は心地よい。

 

 今まで、この青空を見る余裕すらなかった。

 毎日、終電まで残業し、休日は疲れ果てて寝るだけの日々。


「……終わった」


 私は大きく伸びをした。

 身体が軽い。

 背中に背負っていた重い鎖が、音を立てて砕け散ったようだ。


「あー……せいせいした!」


 私は叫びたかった。

 私は自由だ。

 もう誰に命令されることもない。

 好きな時に起き、好きな場所に行き、好きなものを食べる。


 そんな当たり前の幸せが、これからは手に入るのだ。


「お疲れ様、ハナ」


 不意に、優しい声が聞こえた。

 ビルの前の路肩に、一台の黒塗りの高級車が停まっていた。

 その後部座席のドアが開き、白いコートの男が降りてくる。


 剣聖レオン。

 サングラスをかけているが、その整った顔立ちは隠せていない。

 道行く人々が「えっ、モデル?」「いや、あれレオン様じゃ……」とざわめいている。


「……目立つからやめてって言ったのに」


 私は苦笑しながら彼に近づいた。

 レオンはサングラスを少しずらし、私の顔を覗き込んだ。


「良い顔をしている。

 憑き物が落ちたようだな」


「ええ。おかげさまで、無職になりました」


「クビになったのか?」

「いいえ、自分から振ってやりました」


 私が胸を張ると、レオンは愉快そうに笑った。


「それは痛快だ。

 あの会社の連中、今頃泣きを見ているだろうな」

「たぶんね。まあ、自業自得よ」


 レオンは車のドアを開け、エスコートするように手を差し伸べた。


「さあ、行こうか。

 新しい職場ダンジョンが待っている」


「……その前に」


 私はお腹を押さえた。


「お腹すいた。

 ドラゴンのステーキ、奢ってくれるんでしょうね?」


「もちろん。

 最高級の赤ワインも用意してある。

 君の『退職祝い』だ」


「ふふっ、気が利くじゃない」


 私はレオンの手を取り、車に乗り込んだ。

 ふかふかのシートに身を沈める。

 

 車が走り出す。

 窓の外、遠ざかっていく会社のビル。

 その窓ガラスの向こうで、社長たちが頭を抱えているのが小さく見えた。


 さようなら、社畜だった私。

 さようなら、クソ上司たち。


 私は前を向いた。

 これからは、私が主役の物語だ。


 手取り15万の社畜OLは、もういない。

 ここにいるのは、世界最強のグルメ冒険者、久住ハナだ。


「よし、行こうレオン!

 世界中の美味しいものを、食べ尽くしに!」


 私の新しい冒険が、今、始まった。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

これにて「社畜編(第一部)」完結です!


ここまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございました!

もし「スカッとした!」「面白かった!」と思っていただけたら、

下にある【☆☆☆☆☆】で評価いただけると、執筆の励みになります!


番外編も構想中ですので、引き続きよろしくお願いいたします!



【 新作のお知らせ】

完結と同時に、新しい連載をスタートしました!

『人生2周目は、300万円で買ったゴミ山に引きこもります。〜世界崩壊まであと1ヶ月、私だけが知ってる『絶対安全地帯』〜』


少しでも興味があれば読んでいただけると嬉しいです!

お待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
退職届って、出した当日に辞められるものではないんじゃないかな? 社会保険やなんだかんだと手続きも多い。
一応最後まで読みましたがあまりにも適当だなと思いました、細かいことはいいからノリで読めってことならしょうがないですが。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ