「無能」と呼ばれたOLが、全社員の前で「最強」を証明する時
「グルァァァァッ!!」
先頭を走っていたハイ・ウルフの群れが、私に向かって飛びかかってきた。
鋭い牙。鋼鉄すら噛み砕く顎。
普通の人なら、恐怖で足がすくむだろう。
でも、私にはスローモーションに見える。
「……筋が多いわね。ランクCマイナス」
私は冷静に食材を鑑定した。
ヒュンッ!
私の身体がブレる。
次の瞬間、空中に飛び出したウルフの首、胴体、四肢が、空中でバラバラに解体された。
スパンッ!
鮮やかな断面を晒して、肉片が地面に落ちる。
「え……?」
後ろで見ていた社員たちが息を呑む音が聞こえた。
だが、休んでいる暇はない。
次々と魔物が押し寄せてくる。
「次! オークの集団!」
私はステップを踏んだ。
ダンスを踊るように、魔物の群れの中へと飛び込む。
「そこっ! アキレス腱!」
「はい、肩ロースいただき!」
「内臓は傷つけないように……!」
私の包丁が閃くたびに、オークたちが沈黙していく。
ただ殺すのではない。
『食材として最も価値が高い状態』で処理していくのだ。
血抜き、急所突き、皮剥ぎ。
それらをコンマ数秒で行う神業。
私の周りには、瞬く間に「綺麗に処理された精肉」の山が築かれていった。
「な、なんだあれ……」
「速すぎて見えない……」
「あれが、いつもコピー取りをミスっていた久住さん……?」
社員たちの視線が、恐怖から驚愕、そして畏怖へと変わっていく。
当然だ。
今の私は、手加減なしの「Sランク冒険者モード」。
会社で見せている「トロいOL」の姿は、すべて演技だったのだから。
◇
数分後。
森の入り口付近は、静寂に包まれていた。
数百匹いた魔物の群れは、すべて「肉」に変わっていた。
私はその肉の山の頂上に立ち、包丁についた脂を拭き取った。
「……ふぅ。いい汗かいた」
私は眼鏡の位置を直した。
振り返ると、全員が石像のように固まっていた。
社長は地面にへたり込み、口をパクパクさせている。
課長は白目を剥きかけている。
佐藤さんは、キラキラした尊敬の眼差しで私を見ていた。
「く、久住……さん?」
営業部のエース、田中くんが震える声で尋ねてきた。
「お前、一体何者なんだ……?
ただの事務職じゃなかったのか……?」
「何者って言われても……」
私は肩をすくめた。
もう隠す必要もないだろう。
「趣味で料理をしている、ただのOLですよ。
ちょっと食材調達が得意なだけの」
「これが『ちょっと』かよ!?」
全員からツッコミが入る。
その時だった。
ズシィィィィン……!
今までとは桁違いの重低音が響いた。
肉の山を蹴散らし、森の奥から巨大な影が現れた。
体長5メートル。
全身が赤い筋肉で隆起し、巨大な金棒を持った鬼。
『オーガ・ジェネラル(鬼将軍)』。
推定ランクはB+。
この「木漏れ日の森」には絶対に出現しないはずの、ボス級モンスターだ。
「ヒィィッ! あ、あれは無理だ!」
「でかすぎる! 逃げろぉぉ!」
社員たちが再び悲鳴を上げる。
オーガ・ジェネラルが咆哮を上げ、金棒を振り上げた。
その標的は――腰を抜かして動けない課長だった。
「ひっ、たす、助けてくれぇぇぇ!」
課長が這いつくばって逃げようとする。
しかし、金棒の影が彼を覆い尽くす。
私はため息をついた。
(……助ける義理はないんだけどな)
この男は、私を無能扱いし、佐藤さんを生贄にしようとしたクズだ。
ここでミンチになっても自業自得だ。
でも。
「……死なれたら、退職の手続きが面倒になる」
私は地面を蹴った。
ドンッ!
爆発的な加速。
金棒が課長を粉砕する寸前、私はその間に割り込んだ。
「――邪魔よ、デカブツ」
私は下から包丁を振り上げた。
魔力を刃に乗せ、刀身を数メートルにまで伸長させるイメージ。
解体奥義『兜割り(かぶとわり)』。
**スパァァァン!!**
下から上へ。
巨大な金棒ごと、オーガ・ジェネラルの巨体が縦に両断された。
「……グ、ガ……?」
オーガは自分が斬られたことすら気づかず、そのまま左右に分かれて倒れ込んだ。
ズズズーン……。
今度こそ、完全な静寂が訪れた。
私は課長を見下ろした。
彼は顔面蒼白で、股間を濡らし、ガタガタと震えながら私を見上げていた。
その目には、恐怖と……ある「気づき」が宿っていた。
「そ、その包丁……その動き……」
課長が掠れた声で呟く。
「ま、まさか……お前……マリア様なのか……?」
気づいたか。
やっと、その節穴の目が開いたか。
私はニッコリと笑った。
会社で見せる愛想笑いではない。
獲物を前にした、捕食者の笑みだ。
「あら、課長。
マリア様は金髪の美女なんでしょう?
私みたいな地味なOLが、そんな女神様なわけないじゃないですか」
私は血のついた包丁を、課長の鼻先に突きつけた。
「これは『業務外』の活動ですので。
……残業代、弾んでくださいね?」
課長は「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、そのまま白目を剥いて気絶した。
◇
騒動が収束し、駆けつけた冒険者ギルドの救助隊が到着した頃。
私たちは無事にダンジョンの外へと脱出した。
助かった社員たちは、私を遠巻きに見ながらヒソヒソと話している。
もう誰も、私を「無能な久住」とは見ていない。
「英雄」「怪物」「謎の美女」……そんな畏怖の視線だ。
社長が、ふらふらと私に近づいてきた。
「く、久住くん……いや、久住様……」
「社長、なんですか? まだゴミ拾いさせますか?」
「め、滅相もない!
き、君は……我が社の救世主だ!
ボーナスを出そう! 昇進もさせよう! だから……!」
社長が私の手を取ろうとする。
私はそれをスッと避けた。
「結構です。
それより社長、一つお願いがあるんですけど」
「な、なんだ!? なんでも言ってくれ!」
「今日のこれ、私がやったってことは内緒にしてくださいね?
あくまで『通りすがりの正義の味方』が助けてくれたってことで」
「えっ? 名乗り出ないのか?」
「はい。目立つのは嫌いなので」
私は嘘をついた。
今さら隠しても手遅れだが、マスコミに騒がれるのは面倒だ。
それに……。
私は気絶して運ばれていく課長を横目に見ながら、小さく呟いた。
「……辞める準備が整うまでは、ね」
こうして、私の「正体バレ」イベントは幕を閉じた。
社員全員にバレてしまった今、もはや平穏な社畜生活に戻ることは不可能だ。
私の退職へのカウントダウンが、音を立てて進み始めた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
ついに正体バレ!?
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