社長が思いついた「最悪の汚名返上プラン」
水曜日。
緊急の全社朝礼で、社長が壇上で拳を突き上げていた。
「我が社は変わる! 失墜した信頼を取り戻すのだ!」
社員たちは死んだような目でそれを聞いていた。
先週末の「異臭BBQ事件」で、近隣住民やSNSからの批判はピークに達している。
「ブラック企業」「公害企業」「味覚音痴」と散々な言われようだ。
「そこでだ! 今週末、全社員で『ダンジョン清掃ボランティア』を行う!」
ざわっ……。
会場がどよめいた。
「場所は、都心から一時間の『木漏れ日の森』だ!
あそこは初心者向けの安全なダンジョンだ。そこでゴミ拾いを行い、その様子をSNSで拡散する!
『自然と共生するクリーンな会社』をアピールするのだ!」
社長が得意げに宣言する。
私はあくびを噛み殺した。
くだらない。
ダンジョンのゴミ拾いなんて、冒険者ギルドが定期的にやっている。
素人が大挙して押し寄せても、逆に足手まといになるだけだ。
それに、『木漏れ日の森』は確かにEランクの低難易度だが、ダンジョンである以上、絶対の安全はない。
「なお、これは業務の一環とする! 全員強制参加だ!
欠席者は査定に響くと思え!」
「うわぁ……」
あちこちから溜息が漏れる。
私も即座に「冠婚葬祭」の嘘をついて休もうとしたが、背後からヌッと影が現れた。
「おい久住。逃げようとしても無駄だぞ」
課長だ。
トイレ掃除当番のせいで、そこはかとなくサンポールの臭いがする。
「お前は特に参加必須だ。
先日のBBQで肉を用意したのはお前だからな。連帯責任だ」
「えっ、私は命令通りに……」
「口答えするな! とにかく来るんだ!
お前はゴミ袋係だ! 一番大きな袋を持って先頭を歩け!」
理不尽だ。
全ての責任を部下に押し付ける、この会社の体質そのものだ。
「……わかりましたよ。行けばいいんでしょう、行けば」
私は諦めた。
まあいい。どうせ「木漏れ日の森」だ。
出てくるのはスライムや弱いゴブリン程度。
ピクニック気分で適当にサボろう。
ただ、一つだけ気にかかることがあった。
最近、冒険者掲示板で「低ランクダンジョンの生態系がおかしい」という書き込みをちらほら見かけるのだ。
(……念のため、準備だけはしておくか)
私は胸元のネックレス(指輪)に触れた。
中には、レオンから貰った魔剣や、非常食、ポーションなどが満載だ。
備えあれば憂いなし。
社畜の基本スキルだ。
◇
そして日曜日。
私たちは『木漏れ日の森』の入り口に立っていた。
「よし! みんな、この緑のビブスを着ろ!」
社長の指示で、全員がペラペラの蛍光グリーンのビブスを着用させられる。
背中には『株式会社ヤマダ(仮)・環境保全隊』というダサい文字。
恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
すれ違う本職の冒険者たちが、「なんだあれ……」「サークルの罰ゲームか?」と冷ややかな視線を送ってくる。
「では出発だ! カメラ班、いい絵を撮れよ!」
「はいっ! 社長、笑顔でお願いします!」
広報の社員がビデオカメラを回す中、総勢50名の「社畜ボランティア隊」がダンジョンへと足を踏み入れた。
『木漏れ日の森』は、その名の通り、鬱蒼とした木々の間から日光が差し込む美しいダンジョンだ。
第一階層は「セーフティ・ゾーン」と呼ばれ、魔物の出現率が極めて低い。
普段なら、家族連れやカップルがピクニックをしている場所だ。
「おい久住! そこの空き缶を拾え!」
「はいはい」
私は火バサミで空き缶を拾い、ゴミ袋に入れた。
課長は腕を組んで指示を出すだけ。
社長はカメラに向かって「地球のために、我々は汗を流します!」と演説をしている。
茶番だ。
完全なる茶番。
しかし、歩き始めて30分ほど経った頃。
私はある「違和感」に気づいた。
(……静かすぎる)
鳥の声がしない。
虫の音もしない。
風の音さえ、どこか不気味に止まっている。
普通、この森には『ラビット・スライム』や『グリーン・キャタピラー』といった無害な小動物系魔物がたくさんいるはずだ。
それらが一匹も見当たらない。
まるで、何か「恐ろしいもの」から逃げて、隠れているような……。
「……ねえ、課長」
「あ? なんだサボるな」
「なんか変じゃないですか? 魔物が一匹もいませんよ」
私が忠告すると、課長は鼻で笑った。
「馬鹿かお前は。いない方がいいに決まってるだろう!
安全第一! 我々の日頃の行いがいいからだ!」
おめでたい頭だ。
日頃の行いがいいなら、BBQであんな大惨事は起きない。
私はこっそりと『索敵スキル』を発動させた。
半径1キロ以内の気配を探る。
……!?
背筋が凍った。
反応がない。
近くに小動物の反応が一切ない。
その代わり、森の奥深く――第二階層へと続く「深淵エリア」の方から、巨大な「何か」の気配が近づいてきている。
一つじゃない。
百、いや、千?
おびただしい数の「殺気」が、泥流のように押し寄せてくる感覚。
(……スタンピードだ!)
間違いない。
何らかの原因で奥地の魔物がパニックを起こし、一斉に出口へ向かって雪崩れ込んできているのだ。
マズい。
ここは初心者用ダンジョンだと思って、誰も武器を持っていない。
持っているのは火バサミとゴミ袋だけ。
こんな状態で魔物の群れに遭遇したら、全滅する。
「課長! 引き返しましょう!」
私は声を荒らげた。
「今すぐ撤退してください! 奥から何か来ます!」
「はぁ? 何を言ってるんだ急に。
まだゴミ袋がいっぱいになってないぞ! ノルマ達成まで帰れん!」
「そんなこと言ってる場合じゃ……!」
その時だった。
ズズズズズズ……。
地鳴りのような音が響いた。
地面が小刻みに震え、小石が跳ねる。
「な、なんだ? 地震か?」
社長がキョロキョロとする。
カメラマンがバランスを崩す。
次の瞬間。
前方の木々が、バキバキバキッ!!と音を立ててなぎ倒された。
「グルルルルッ!!」
「キシャァァァァッ!!」
砂煙の中から現れたのは、赤い目をした魔物の群れ。
ウルフ、ボア、ゴブリン、オーク……。
本来なら互いに争うはずの種族が、我先にと逃げるように走ってくる。
その数、数百。
「ひっ……!」
「う、嘘だろ……?」
社員たちが腰を抜かす。
課長が口をパクパクさせている。
社長がビブスを濡らした。
「ま、魔物だぁぁぁぁ!!」
「逃げろぉぉぉ!!」
パニック。
阿鼻叫喚。
我先にと出口へ走り出す社員たち。しかし、足が震えてまともに走れない者もいる。
魔物の足は速い。
このままでは、一番後ろにいる総務部の女子たちが追いつかれる。
(……チッ、面倒くさい!)
私は舌打ちをした。
見捨てるか?
いや、さすがに同僚(嫌な奴もいるが)が目の前で食われるのは寝覚めが悪い。
それに、ここで私が戦わなければ、私も含めて全員死ぬ。
私はゴミ袋を投げ捨てた。
そして、胸元の指輪に手をかけた。
「……あーもう! 特別残業手当、請求してやるからな!」
私は覚悟を決めた。
社畜OLの皮を脱ぎ捨て、Sランク冒険者「ハナ」として、その力を解放する時が来たのだ。
私の手の中に、レオンから譲り受けた『聖銀の包丁』が出現する。
さあ、残業の時間だ。




