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屋上BBQ

 土曜日。

 雲ひとつない青空の下、私は死んだ魚のような目で炭を運んでいた。


「おい久住! もっとキビキビ動け! マリア様をお待たせするな!」


 課長の怒号が飛んでくる。

 結局、私の有給申請は「主役のマリア様が来るのに、担当だったお前がいないのは失礼だ」という謎理論で却下された。

 今は屋上の隅で、バーベキューコンロのセッティングをさせられている。


「……はぁ。帰りたい」


 私は軍手で汗を拭った。

 屋上の中央には、特設ステージのようなキッチンセットが組まれている。

 そこに立っているのは、今日も派手なドレス(料理する気ゼロ)を着た偽物だ。


「皆様、今日は私の手料理を楽しんでいってね!」


 偽物が手を振ると、集まった社員たちから拍手が起こる。

 その足元には、クーラーボックスから出された**『巨大な肉の塊』**が置かれていた。


 先日、私が駐車場に出した『アイアン・ボアの脚』だ。

 重量にして約50キログラム。

 

 実はこの肉、冷蔵庫に入れられる前に、会社の食堂のおばちゃんたちが切り分けようと試みたらしい。

 しかし、「包丁が折れた」「ノコギリでも切れない」と大騒ぎになり、結局、誰も手出しできずに**「丸ごとのまま」**今日を迎えたという経緯がある。


 ……あーあ。

 私は遠目に見ながら、心の中で合掌した。

 

 プロの調理師おばちゃんたちですら刃が立たなかった鋼鉄の肉に、あの偽物が挑もうとしている。

 しかも、血抜きも筋切りもされていない、完全な「素材のまま」だ。


「では、調理を始めます!」


 偽物が、備え付けの包丁(100均)を振り上げた。


 ガンッ!!


 鈍い音が響いた。

 包丁が肉に弾かれたのだ。


「えっ……?」


 偽物が固まる。

 肉には傷ひとつついていない。


「あ、あら? ちょっと包丁の切れ味が悪いみたいね」

「すぐに別のものを用意します!」


 課長が慌てて別の包丁を持ってくるが、結果は同じ。

 ガンッ! ギンッ!

 何度叩きつけても、鋼鉄の肉はビクともしない。

 それどころか、包丁の刃が欠けて飛んだ。


「お、おかしいわね……。今日の私は調子が悪いのかな……」


 偽物が焦り始める。

 周りの社員たちも「食堂のおばちゃんも切れなかったらしいぞ」「マリア様でも無理なのか?」とざわつき始めた。

 すると、偽物は暴挙に出た。


「ええい! もう切らずに焼くわ! このまま豪快に!」

「えっ、この塊をですか!?」

「そうよ! シュラスコスタイルよ!

 男子たち、網に乗せなさい!」


 偽物の命令で、若手社員二人がかりで肉塊を持ち上げる。


「せーのっ! ぬおおっ! 重ぇ!」

「50キロはあるぞこれ!」


 彼らはプルプルと震えながら、なんとかコンロの上まで運び――


「乗せるぞ! そーれっ!」


 ドスンッ!!


 肉塊が網の上に投下された。

 その瞬間。


 **ベキョッ!!**


 悲鳴のような金属音が響いた。

 ホームセンターで売っている安物のバーベキュー網が、50キロの重量に耐えられるはずがない。

 網は無残にもV字にひしゃげ、肉塊はそのまま下の炭火にダイブした。


 ジュワワワワワワッ!!


「ああっ!? 網が!」

「直火焼きになっちゃいましたけど!?」


 社員たちが叫ぶ中、偽物は引きつった笑顔で強弁した。


「い、いいのよ! これが本場の『直火ロースト』スタイルだから!」


 無理がある。

 そして数分後。屋上に異変が起きた。


「……ん? なんか臭くないか?」

「うっ、なんだこの臭い……獣くさいというか……」

「トイレの臭いがするぞ……」


 強烈な悪臭が立ち込めた。

 血抜きをしていない肉が炭火で直に焼かれ、獣臭とアンモニア臭が爆発的に拡散されたのだ。

 それは「料理」の香りではなく、「事件」の臭いだった。


「オウェッ……!」

「目が、目がチカチカする……!」


 風下にいた女子社員たちがハンカチで口を押さえて逃げ出す。

 私も慌ててタオルの上からマスクをした。

 これは化学兵器だ。


「マ、マリア様!? これは一体!?」


 さすがの課長も鼻をつまんで問いかける。

 偽物は煙の中で涙目になりながら叫んだ。


「こ、これは熟成肉の香りよ! フランスではこれが最先端なの!」

「そ、そうなんですか!? さすが本場!」


 信じるんかい。

 課長の信仰心が強すぎる。


「さあ、焼けたわよ! 召し上がれ!」


 偽物は、表面だけ焦げて中は生焼けの肉を、なんとか削ぎ切りにして皿に盛った。

 見た目は黒い炭。臭いは公衆便所。


「さあ、まずは課長からどうぞ!」

「えっ、わ、私からですか……?」


 課長の手が震えている。

 しかし、女神からの指名を断るわけにはいかない。

 彼は決死の覚悟で、肉片を口に運んだ。


 ガリッ。

 グニッ。


 咀嚼音が響く。

 課長の顔色が、土気色から紫色へと変わっていく。


「んぐぐぐ……!」

「どうですか、課長!?」

「か、硬い……! タイヤを噛んでいるようだ……!

 それに、この鼻に抜ける香りは……お、オェッ……!」


 課長がリバース寸前で口を押さえる。

 しかし、ここで吐き出せば女神への冒涜になる。

 彼は白目を剥きながら、無理やり飲み込んだ。


「う、美味いです……! 野性味あふれる、大人の味です……!」

「まあ、よかった! さあ、皆さんもどうぞ!」


 地獄の配給が始まった。

 社員たちは涙目で肉を受け取り、必死に噛み切ろうとしている。

 あちこちで「顎が外れそう」「飲み込めない」という悲鳴が上がる。


 私は離れた場所で、ウーロン茶を飲みながらその光景を見ていた。


(……馬鹿だなぁ)


 本物のマリア(私)なら、薄くスライスして生姜醤油に漬け込み、サッと炙って提供するのに。

 あれじゃあ食材が可哀想だ。


 その時だった。

 屋上のドアが、バーン!!と蹴り破られた。


「誰だ!?」


 全員が振り返る。

 そこに立っていたのは、純白のコートを風になびかせた、長身の男。

 背中には巨大な剣。

 その全身からは、周囲の空気を凍らせるほどの冷たい殺気が放たれていた。


「……異臭がすると思えば。

 貴様か、神聖な食材を冒涜している愚か者は」


「け、剣聖レオン!?」


 社員の誰かが叫んだ。

 本物のSランク冒険者の登場に、場が凍りつく。

 レオンは、かつかつと足音を立ててステージへと歩み寄った。


 その目力に射すくめられ、偽物が後ずさりする。


「な、なによあんた! 部外者は立ち入り禁止よ!」

「部外者? 私は『OLの節約ごはん』のファンだ。

 彼女の料理は、こんな腐臭を放ったりしない」


 レオンはテーブルの上の「黒焦げタイヤ肉」を指先で摘まみ上げ、軽蔑の眼差しで見つめた。


「これは料理ではない。ただの殺戮だ。

 貴様、本当にマリアなのか?」


「と、当然でしょ! 私が本物よ!」

「ならば証明してみせろ」


 レオンが背中の大剣を抜き放った。

 ジャキッ!

 切っ先が偽物の鼻先に突きつけられる。


「ひぃっ!?」

「マリアならば、剣技の心得があるはずだ。

 私の剣を一度でも受け止められたら、本物と認めてやろう」


「え、ちょ、待って! 私、料理人よ!? 戦えないわよ!」

「嘘をつくな。

 動画の彼女は、アイアン・ボアの突進を包丁一本で受け流していたぞ」


 レオンが一歩踏み込む。

 偽物は腰を抜かしてへたり込んだ。

 その股間から、じわりとシミが広がっていく。


「た、助けてぇぇぇ! 課長ぉぉぉ!」


 偽物が助けを求める。

 しかし、課長は「タイヤ肉」のダメージで腹を押さえてうずくまっていた。

 誰も助けに来ない。


 私は炭の山の陰から、その様子をじっと見ていた。

 レオン、やりすぎだ。

 一般人を剣で脅すのはルール違反だ。

 でもまあ、偽物にはいい薬だろう。


(……さて、どう収拾をつけようか)


 このままでは警察沙汰だ。

 レオンが逮捕されたら、私の10億円の指輪のメンテナンス(魔力充填)を頼めなくなる。

 

 私は溜息をつき、ポケットの中の「小石」を握った。

 ただの小石ではない。

 昨晩、指輪の中でアイアン・ボアの骨を削って作った『簡易麻痺弾』だ。


 私は指で弾く構えを取った。

 狙うは、偽物の足元にある「炭火」。


「……それっ」


 デコピンの要領で弾き飛ばす。

 ヒュンッ!

 小石は見えない弾丸となって飛び、コンロの脚に直撃した。


 ガシャンッ!!


 コンロがバランスを崩し、大量の炭火と、熱々の肉塊が、偽物の目の前に崩れ落ちた。


「キャァァァァッ!!」


 偽物が悲鳴を上げて転がり、その拍子にカツラが外れた。

 

 パラリ。

 金髪のウィッグの下から現れたのは、茶髪のショートヘア。

 そして、厚化粧が熱気で溶け落ち、その素顔が露わになる。


「……あ」


 社員の誰かが呟いた。


「あれ、隣の営業部の高橋じゃね?」


 静寂。

 

「……は?」

「本当だ、高橋だ! 今日、病欠してるはずの!」


 正体見たり。

 偽物の正体は、うちの会社の別部署の社員だったのだ。

 魔道具なんて高尚なものは使っていない。

 ただのカツラと化粧で化けていただけ。


 課長が、腹痛を忘れて呆然と立ち尽くす。

 レオンが、興味を失ったように剣を収める。


「……なんだ。ただの茶番か」


 レオンは私の方(炭置き場)を一瞥し、フッと笑った気がした。

 バレてる。

 絶対に、私が小石を投げたことに気づいてる。


 こうして、地獄のバーベキュー大会は、最悪の形で幕を閉じた。

 残されたのは、食中毒予備軍の社員たちと、社内処分確定の偽物(高橋)、そして大量の生ゴミ(元ボア)だけだった。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


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