オフィスに降臨した「自称・女神様」
週明けの月曜日。
私が「直行直帰」という名のダンジョン三昧から出社すると、オフィスは異様な熱気に包まれていた。
「おい、見たか?」
「ああ、すげぇ美人だ……」
「まさかご本人が来るなんて!」
社員たちがヒソヒソと噂話をしている。
嫌な予感がした。
私が自分の席に着こうとすると、課長がドスドスと歩み寄ってきた。
その顔は、勝ち誇ったような、歪んだ笑みを浮かべている。
「おい久住! 遅かったな!」
「おはようございます。何かあったんですか?」
「何かあった、ではない! 奇跡が起きたのだ!」
課長はバッと手を広げ、応接室の方を指差した。
「紹介しよう! 彼女こそが、あの『OLの節約ごはん』の配信主……マリア様だ!」
「……はい?」
私は間の抜けた声を出した。
マリア様?
いや、それは私が適当に名乗った偽名だ。中身はこの私だ。
それが、どうして「あそこ」にいる?
応接室から出てきたのは、金髪のウィッグを被り、露出度の高い真っ赤なドレスを着た女性だった。
年齢は二十代後半だろうか。
化粧が濃く、香水の匂いがキツい。
「ごきげんよう。私がマリアよ」
女性が芝居がかった口調で挨拶する。
社員たちから「おおーっ!」と歓声が上がる。
……誰だ、こいつ。
私はポカンと口を開けていた。
金髪? 派手なドレス?
先日の接待で、私が演じた「黒髪のシックな美女」とは似ても似つかない。
いくらなんでも、別人だと気づくだろう。
私は課長の顔を見た。
しかし、課長は疑うどころか、完全に信じ切って熱い視線を送っている。
(……ああ、そうか)
私は合点がいった。
『幻影のチョーカー』だ。
あの魔道具の効果は「認識阻害」。相手の脳内に「理想の姿」を見せるが、同時に**「具体的な特徴を記憶に残させない」**という副作用があると言っていた。
つまり課長の記憶の中には、「黒髪の美女」という事実は残っておらず、「とにかく凄まじい美女だった」という曖昧な概念しか残っていないのだ。
そこに、この派手な「自称・美女」が現れ、「イメチェンしました」とでも言えば――。
「久住! 今までご苦労だったな!
マリア様は、お前のような無能を介さず、直接我が社と契約を結びたいと仰ってくださったのだ!」
「えっ、そうなんですか?」
「そうだ! なんでも、スマホをダンジョンで紛失してしまい、お前への連絡が途絶えていたらしい。
そこで、直接本社まで足を運んでくださったというわけだ!
金髪もお似合いだ……さすが女神、変幻自在の美しさだ!」
案の定だ。
課長は自分の都合のいいように記憶を書き換えている。
私の魔道具が高性能すぎたせいで、こんな偽物が入り込む隙を作ってしまったとは。皮肉な話だ。
偽物が、私の方を見てフンと鼻を鳴らした。
「あなたが久住さん?
今まで私の代理を務めてくれてありがとう。でも、もう結構よ。
仕事が遅いって、山田課長も嘆いていたわよ?」
「……」
イラッとした。
初対面の、しかも私の名を騙る詐欺師に「仕事が遅い」と言われる筋合いはない。
私は一瞬、指輪から「アイアン・ボア」を出してこの女を圧死させてやろうかと思ったが、踏みとどまった。
(……待てよ?)
私は冷静になった。
これは、チャンスなんじゃないか?
今まで私は、課長と「女神(私)」との板挟みになっていた。
接待のたびにトイレで着替えるのも疲れるし、ボロが出るリスクもあった。
でも、この女が「女神」として振る舞ってくれるなら?
私は面倒な「女神担当」から解放される。
課長のウザい絡みもなくなる。
そして、もしバレても、悪いのは全部この偽物だ。
(……最高じゃん)
私はニヤリと笑うのを必死に堪え、殊勝な顔を作った。
「そ、そうですか……。私の力不足で申し訳ありません。
では、今後のマリア様の担当は外させていただいても?」
「当たり前だ! お前はクビだ!」
「承知いたしました。引き継ぎ資料などは一切ありませんので、あとはご自由にどうぞ」
私が深々と頭を下げると、課長は「フン、清々したわ!」と吐き捨て、偽物の方へ媚びへつらいに行った。
「ささ、マリア様! こちらへどうぞ!
社長もお待ちです!」
偽物は、私を見下すような笑みを残して、社長室へと消えていった。
◇
その日の午後。
オフィスは、偽物のお披露目パーティー会場と化していた。
仕事そっちのけで、高級なケーキや紅茶が振る舞われている。
私は自分のデスクで、淡々とエクセルの入力をしながら、その様子を観察していた。
「いやぁ、さすがマリア様! オーラが違いますなぁ!」
「あの動画の包丁さばき、どうやって身につけたんですか?」
社員たちの質問に、偽物は適当に答えている。
「あら、あれくらい普通よ。
私、フランスの三ツ星レストランで修行していたから」
(……嘘だ。私の包丁術は、我流の『魔物解体術』だ)
「あのドラゴンのお肉は、どんな味でしたか?」
「ええ、とってもジューシーで、イチゴのような甘みがあったわ」
(……嘘だ。ドラゴン肉は筋肉質で、正しく調理しないとタイヤみたいに硬い。甘みなんてない)
出るわ出るわ、ボロの山。
少し詳しい人が聞けば即座にバレる嘘ばかりだが、舞い上がっている課長たちは「へぇー!」「すごーい!」と拍手喝采だ。
これぞ集団催眠。
そんな中、課長がとんでもない提案をした。
「マリア様! ぜひ、その神の料理を我々に振る舞っていただけないでしょうか!
今週末、会社の屋上で『青空キッチン』を開催しましょう!」
「えっ……?」
偽物の顔が一瞬引きつったのが見えた。
そりゃそうだ。料理なんてできるわけがない。
しかし、引くに引けない状況だ。
「も、もちろんよ。簡単なものなら……」
「いやいや! せっかくですから、動画で話題の『魔物料理』をお願いします!
食材は我が社で用意します!
ちょうど、先日久住が運んできた『アイアン・ボア』の肉が大量にありますから!」
課長が私の手柄(猪肉)を勝手に提供した。
偽物は「あ、アイアン・ボア……?」と目を白黒させている。
あの肉は、下処理が命だ。
血抜きと筋切りを完璧にやらないと、獣臭くて食べられたものじゃない。
「楽しみだなぁ! マリア様の手料理が食べられるなんて!」
「全社員招集かけますね!」
盛り上がる社内。
偽物は額に脂汗をかきながら、「え、ええ……楽しみにしていて」と引きつった笑顔を見せている。
私はPCのモニター越しに、その様子を見てほくそ笑んだ。
(……詰んだな)
アイアン・ボアの調理難易度はAランク。
素人が手を出せば、間違いなく大惨事になる。
集団食中毒か、あるいは硬すぎて歯が折れるか。
私は「我関せず」を貫くため、こっそりと有給申請を出した。
週末は高みの見物といこう。
◇
その夜。
私は自宅で、一人祝杯を上げていた。
指輪から取り出した『ロックバードの焼き鳥』と、ビール。
最高だ。
面倒な係を押し付けられ、しかも自爆してくれるなんて、あの偽物には感謝しかない。
「あー、美味しい。
週末の『青空キッチン』、楽しみだなぁ(棒読み)」
その時、スマホが震えた。
レオンからだ。
『剣聖レオン:変な噂を聞いた。
君が、とある企業のイベントで料理を振る舞うというのは本当か?』
情報が早い。
さすがストーカー……じゃなくて、Sランク冒険者だ。
私は返信を打った。
『私じゃないわ。偽物よ』
送信。
すぐに既読がつく。
『剣聖レオン:偽物?
……そうか。君の名を騙る不届き者がいるのか。
許せないな』
文面から、静かな殺気が滲み出ている。
『剣聖レオン:そのイベント、私も顔を出していいか?
ちょうど、新しい剣の試し切りがしたかったところだ』
「……ひぇっ」
私はスマホを取り落としそうになった。
試し切り? 何を斬る気だ? 偽物を? それとも課長を?
どちらにせよ、週末の屋上が地獄絵図になることは確定した。
「……南無」
私は見知らぬ偽物のために、小さく合掌した。
欲をかいて「女神」の名を語った代償は、彼女が想像するよりも遥かに高くつきそうだった。
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