第一章:崩れゆく屋敷
冬の風が、グレイブリー家の屋敷の窓を震わせた。
壁にひびが入り、暖炉の火も弱く、かつての栄華を物語る絵画は埃を被っている。
キャサリン・グレイブリーは、鏡の前に立っていた。
金糸を混ぜたような銀髪を結い上げ、青みがかった瞳に冷たい光を宿して。
「今日の晩餐会に、お出でくださいとの、御達しでございます」
召使いの少女が震える声で伝える。
「ノルトハウゼン侯爵家からの招待状です」
キャサリンは唇の端を上げた。
笑っているように見えるが、その目は笑っていない。
「もちろん、行くわ」
彼女の声は甘く、優雅で、まるで蜜を垂らしたよう。
だが、その心の奥底では、歯ぎしりが響いていた。
三年前──父は冤罪で牢獄に繋がれ、母は悲しみのあまり病に倒れ、家は国から援助を断たれた。
そして今、かつての友人たちが開く舞踏会に、彼女は「見世物」として招かれているのだ。
「悪女令嬢」と呼ばれるようになったのは、昨年の舞踏会がきっかけだった。
彼女が王太子に毒を盛ったと噂され、証拠こそなかったが、その瞬間から、キャサリンは「危険な女」として貴族社会に烙印を押された。
だが、それはすべて罠だった。
真の黒幕は、今の王妃──かつての親友、ヴレンダだった。
キャサリンはドレスに着替え、鏡に映る自分を見つめる。
「今日、私はまた“悪女”になるわ」
そして、微笑んだ。
完璧な、偽りの微笑みで。