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星が結んだ永遠の約束  作者: 廻野 久彩
異世界編
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第7話 星が墜ちるとき

東の平野は、もう霧を失っていた。

朝日が昇る前に、戦場は黒い影と赤い土に覆われている。

墜ちた星たちの群れは、まるで空の裂け目から流れ出した墨のように広がり、

人の形を模したものもあれば、翼や尾を引く異形もあった。


リオスは盾兵の列から踏み出し、背の高い影──鉄仮面の巨影と剣を交える。

刃がぶつかるたび、腕に痺れが走る。

仮面の隙間から噴き出す闇は冷たく、息を吸うだけで肺が凍るようだった。


(まだ倒れるわけにはいかない)

背後には仲間たちがいる。

前には、王都へ通じる平野の道。

この道を破られれば、あの塔のある街も、あの人も……。


巨影の腕が振り下ろされる。

剣で受けた衝撃が肩を焼き、足元の土が抉れる。

その時、遠くの鐘がひとつ鳴った。



塔の天文室。

セラは星図に両手を押し当て、必死に銀糸の線をずらしていた。

死の座標はリオスを中心に据えたまま、黒い印の群れの中へと向かっている。


「……お願い、動いて」


息を詰め、星の配列を逆転させる。

方位を入れ替え、時刻を削り、別の星座を起点に組み直す。

だが線は、何度も戻った。

まるで運命そのものが、彼を掴んで離さないかのように。


(なら、最後の手を使うしかない)


星詠みの巫女に禁じられた術──命の交換。

支払う者を、自分に置き換える術だ。


机の上に白布を敷き、蜂蝋を溶かす。

そこに自分の髪と血を混ぜ、星図から抜いた銀糸を沈める。

護符の中心に鏡片を置き、自らの名を刻み始めた。


「ここに来るのは、私」

「支払うのは、私」



戦場。


リオスの脇腹に鋭い痛みが走る。

視線を下げると、鎧の隙間から血が滲み、足元へ落ちていた。

それでも退かない。

巨影が再び剣を振り上げる。


(ああ、これで終わるのか)


一瞬だけ、塔の窓辺で笑うセラの顔が浮かんだ。

その光景があまりにも鮮やかで、口の端が僅かに上がる。


「まだ……終わらせない」


全身の力を剣に込め、前へ踏み込んだ。



天文室。


護符の鏡片が震え、ひびが走る。

セラはその上から両手で押さえ込み、魔力を流し込む。

視界が白く霞み、耳の奥で星の鼓動が速くなる。


──もうすぐ届く。


指先の熱が、線を塗り替え始めた。


だが、その時。

星図の上で黒い印が膨れ上がり、護符の鏡片が砕けた。


「っ……!」


破片が飛び散り、指先に小さな切り傷が走る。

血が紙に落ち、その赤が銀糸に染み込む。



戦場。


巨影の剣が振り下ろされる。

避けきれない──そう思った瞬間、

リオスの視界の端で光が弾けた。

その光は星の破片のように白く、温かかった。


体を包む何かに押され、刃はわずかに逸れる。

代わりに、胸の奥で強い衝撃が弾けた。

息が詰まり、膝が土を打つ。


(……セラ?)


遠ざかる意識の中で、確かに彼女の声を聞いた気がした。


「また、必ず会おう」


あの夜と同じ言葉が、光と一緒に胸に残った。



天文室。


星図の中心から、リオスの名がゆっくりと消えていく。

代わりに、セラの名が浮かび上がる。

死の座標は、彼から外れ、自分へと繋がった。


膝が震え、机にもたれかかる。

窓の外では、東の空が薄く明るくなっていた。

星々はもうほとんど見えない。

けれど、自分の胸の中には、彼の光がまだ残っていた。


「今度は……あなたが生きる番」


風が塔を抜け、紙の端を揺らす。

星図の銀糸は静かに震えながら、夜明けを迎えた。

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