第6話 墜ちた星の影
夜明け前、王都を包む霧が低く垂れ込めていた。
東の平野では、槍の列が整い、盾を構えた歩兵たちが互いの呼吸を合わせている。
西の峡谷では、弓兵が崖際に並び、まだ見ぬ敵影に矢を番えていた。
街門の内側には避難を終えた市民たちが集まり、鐘の音を待っている。
塔の最上階、セラは星図と王都の地図を並べ、銀糸で結ばれた座標を睨んでいた。
北から東へ、黒い点の群れが押し寄せてくる。
それは地図の上では墨のしみのようだが、実際には無数の“墜ちた星”たち──
天から堕ち、肉と影をまとったものたちだ。
人であった者も、魔であった者も、光を失えば同じ姿になる。
霧の向こうで、敵軍の角笛が低く鳴った。
同時に、星図の上で一本の銀の線が震える。
その線はリオスの名を刻んだ座標から伸び、死の印の群れの方へと滲んでいく。
★
東の平野。
リオスは槍兵の前に立ち、剣を抜いた。
刃は朝日を受けて短く光り、すぐに黒い影の奔流が迫る。
墜ちた星たちの目は闇色に沈み、その手は槍や刃や、時には素手のまま振り上げられる。
甲冑の継ぎ目から冷気が入り込み、呼吸を白く濁らせた。
「前へ!」
声が響く。
土が震え、盾が衝撃を受けて軋む音が連なる。
リオスはその隙間から一歩踏み出し、迫る影を切り払った。
黒い血が地面に散り、すぐに霧に溶ける。
★
塔の天文室。
セラは指先で星図の線をずらし、彼を死の座標から外そうとした。
けれど、動かしたそばから線は戻る。
まるで見えない手が、彼をそこへ引き戻しているようだった。
──違う入口を探して。
星の配列を頭の中で組み替え、方位と時刻を合わせ直す。
「まだ……まだ、変えられる」
息を詰め、銀糸に魔力を通す。
だが星図の上で、黒い印がひとつ、彼の目前に現れた。
その形は、他の墜ちた星よりも大きく、鋭く歪んでいる。
指先から冷たさが背骨へ駆け上がった。
★
平野の戦列。
影の群れが割れ、異様に背の高い影が歩み出る。
顔の半分が鉄の仮面で覆われ、その隙間から闇が噴き出している。
剣を構えたリオスに、その影は低く唸り声をあげた。
一瞬、空気が凍りつく。
そして次の瞬間、衝突の音が響き、二人の間に火花が散った。
★
塔の上でセラは、その火花を星図の上に見た。
銀の線が大きく揺れ、死の座標がリオスを飲み込もうとしている。
「いや……まだよ!」
両手で星図を押さえ込み、座標の刻印に自分の名を重ねる術を再び試みた。
指先が熱を帯び、視界の端が白く霞む。
──行け、私の代わりに。
だが、刻印は薄く揺れるだけで、完全には塗り替わらない。
遠くで鐘が鳴り、戦場の喧騒が霧を破って押し寄せてきた。
セラは目を開け、星図を睨む。
彼の名はまだ中心にあり、その線は黒い印へと向かって伸び続けていた。