第5話 背中合わせの光
決戦前夜。
塔の外、王都の街灯はもう消えかけ、冷えた空気が肌を刺す。
空だけが淡く輝き、冬の星々は地上を見下ろしていた。
セラは塔の中庭にひとり、膝に星図を広げていた。
風が羊皮紙を揺らし、端を押さえる指先がかじかむ。
最後の改変を試みるが、線は何度動かしても、銀糸の中心に彼の名を戻す。
その周囲を囲むのは、黒く塗り潰された星々──“墜ちた星”と呼ばれる印だ。
あれは天から堕ち、肉を持った闇となったもの。
かつて人だった者も、魔であった者も、その影に飲まれれば同じ姿に変わる。
まるで星々が、彼をそこに縫いつけているかのようだった。
「巫女様」
背後から声がして、セラは振り向いた。
鎧の隙間から冷たい夜気が白く漏れる。
リオスが立っていた。
「明日は……」
「分かってる。行くよ」
短い言葉の奥に、揺るがない決意があった。
けれど、その決意が彼を死の座標へ押し出していくようで、セラの胸は締め付けられた。
「絶対に、生きて帰ってきて」
言葉を選びかけて、結局まっすぐ告げた。
自分の声が思ったよりも震えていたことに気づく。
リオスは微笑み、そして珍しく視線を外した。
「……また、必ず会おう」
「どんな世界でも、必ず」
その「また」という言葉に、セラはほんの一瞬、未来が二つに割れるのを感じた。
生きて会う未来と、死んでから巡り合う未来。
彼がどちらを想っているのかは、聞けなかった。
二人は背中合わせに立ち、同じ星を見上げた。
甲冑越しに伝わる体温は心細いほど遠く、けれど確かにそこにあった。
風が木立を揺らし、遠くで鐘がひとつ鳴る。
その音が夜空に溶けるまで、二人は言葉を交わさず、ただ星の光を肩越しに分け合っていた。
その光は、二人だけの誓いを、凍りつく夜に包み込んでいた。