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星が結んだ永遠の約束  作者: 廻野 久彩
異世界編
3/16

第3話 剣は笑い、星は黙す

石畳を踏む音が、昼の市場に軽やかに響く。

冬の日差しは冷たさの奥に温もりを潜ませ、屋台からは焼きたてのパンや香草の匂いが漂っていた。


露店の女将が、大きな籠を抱えた青年に手を振る。


「おや、リオスじゃないか! また剣の手入れかい?」

「ええ。刃が鈍れば命に関わりますから」


朗らかな笑みと共に返す声は、通りのざわめきにすぐ溶けていった。

籠の中には磨き終えた剣や小刀が光を返している。きっと城下の鍛冶屋に向かうのだろう。


少し離れた角の陰からそれを見ていたセラは、胸の奥で小さな棘が刺さるのを感じた。

──あんなふうに笑う人を、私は失うのか。

その思いが喉元まで上がってきて、冷たい空気と一緒に飲み込む。


角を曲がると、リオスの隣には弓手のナランがいた。


「巫女様、いい天気ですね」

「ええ」


笑顔を返すと、ナランが悪戯っぽく眉を上げる。


「お前、最近この人の顔ばかり見てないか?」

「バカ言え」


リオスの耳がわずかに赤くなる。


その赤みすら愛おしいと思う自分を、セラは叱った。

感情に名前を与えれば、運命を覆す力が弱まる気がした。

名前をつければ、それはただの個人的な想いになってしまう──星の線を動かす力ではなく。



夜、塔に戻ったセラは星図を開く。

昨日試みた位相ずらしは、彼を外せなかった。

けれど記録の中に、一瞬だけナランの名が“死の座標”に現れた瞬間がある。

それは偶然か、それとも……。


彼を救うために、代わりに誰かを座標に置く。


──それなら、運命を逸らせるかもしれない。

その発想に、自分でも背筋が冷える。

だが運命は等しく残酷だ。選ばれる者が変わるだけなら、その選び先を変えるのもまた手段だ。


翌朝、ナランに声をかけた。


「明日の布陣、あなたの位置を少し変えたいの」

「え? まぁ、巫女様が言うなら」


軽く頷いたその笑顔は、何も疑っていない者の笑顔だった。

喉の奥がひりつく。

この変更が彼の死に繋がるかもしれない。

戦場では、一歩の位置、一瞬の遅れが命を奪う。

それを誰より知っているのは自分なのに──私は今、その一歩を彼に踏ませようとしている。


リオスを救うために。

星図の線の上で、彼を“犠牲”と書き換えているのは私だ。


それでも、唇は頷きを返していた。


「お願いね」


その言葉が、彼を崖へ近づける命令になるのだとわかっていても。



作戦は、一瞬だけ成功した。

死の座標はナランに移動し、彼が矢で敵の注意を引く間に、リオスは安全圏にいた。

矢羽根が朝日を反射し、戦場の空気を切り裂く。

セラは塔の上から、その動きを息を詰めて見守った。

──このまま、流れが変わる。そう思った。


だが、星図の線が揺れた。

銀の糸が二つに割れ、座標が二人分に広がる。

ナランとリオス、同時に死の位置へ移動する。

何が起きたのか理解するより早く、リオスはナランを庇って飛び込み、刃を受け止めていた。



治療所の窓から、雪混じりの光が差し込む。

包帯の上からじわりと赤が滲むのを見て、セラは息を飲んだ。

指先が震える。


「俺は大丈夫です」


そう笑った唇の端が、少しだけ青ざめていた。

その笑みは、痛みに耐えている者の笑みだった。

ナランは無傷でそこにいた。

その事実に、安堵と罪悪感が同時に押し寄せる。


──結局、私は二人とも死の座標に押しやってしまっただけ。



塔に戻り、星図を広げる。


運命は、誰かを救えば必ず代償を求める。

そして、その代償は等価ではない──望まれる者を最初に選ぶ。

線を繋ぐ針先が、冷たく揺れていた。

その“望まれる者”の名が、星図に何度も記されるのを、もう見たくなかった。

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