第4話 星見台の鍵
星野凌央は、手のひらでネジを転がしていた。
錆びついた架台は想像以上に手強い。工具箱からレンチを選び、無意識のうちに体が“ちょうどいい力”で締め、弛め、また締める。
湊が横でLEDライトを照らしながら笑う。
「やっぱ器用だよな、お前。映研より向いてるんじゃ」
「褒めてるのか、それ」
「褒めてる褒めてる。で、当日ここ使う? 校舎屋上と迷うけど」
「ここ、いいな。空が抜けてる」
ネジの感触が指の腹になじむ。
(前にも、似たようなことをしていた気がする)
錆びた鉄じゃない。もっと重く、長く、手入れを必要とする何か。
刃。
その語の輪郭が喉にひっかかったとき、石段を上がる足音がした。
「こんにちは」
振り向くと、図書館の女性──紗良が立っていた。
湊がすぐに空気を読んでライトを渡し、反対側のボルトをいじり始める。
「ここ、知ってた?」
「今日、初めて。華代さんに星図を見せてもらって……」
紗良は鞄から紙筒をそっと取り出し、広げた。
薄茶の紙に、見覚えのない文様が細く連なっている。
凌央は思わず息を呑んだ。
(これ、見たことが……)
針で布を綴じるみたいに、線と線が結ばれている。
目で追っているうち、頭のどこかが熱を帯びた。
「面白いよね」
紗良が言う。
「星座じゃないっぽい。けど、どこか“使い方”のある線で……」
「使い方」
言葉の響きに、凌央は手の中のナットを強く握った。
彼女の“使い方”という言い方が、やけにしっくり来た。
何かが鍵穴に触れたみたいに、胸の奥でカチリと音がした。
★
凌央の手つきに、見入ってしまった。
道具の扱い方が無駄なくて、力の入れ所と抜き所を体が覚えている。
(剣、みたい)
突然浮かんだ単語に、自分で驚く。
剣なんて、持ったこともないのに。
でも、彼の指がネジを締める角度と呼吸が、「守る」ために使われてきたものの動きに見えた。
星見台の古い筒を空へ向けると、まだ青い昼の空が丸く切り取られる。
「週末、流星群なんだって」
「うん。屋上、行く?」
言葉が自然に重なって、二人とも笑った。
湊が遠くで手を振る。
「段取りは俺がやっとく。二人は当日、上がるだけでOK」
風が冷えてきたので紙を巻き直す。
古い星図は手に乗せると、妙に温度を持っていた。
(鍵は、ここにある)
そんな直感が、理由もなく確信に近づいていく。
帰り際、石段で足を止める。
凌央が少し前を歩いていて、夕陽がその輪郭を金色に縁取っていた。
呼びかけようとして、やめる。
今はまだ、名前じゃない何かが、喉元にひとつ引っかかったままだった。




