表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

第4話 星見台の鍵

星野凌央は、手のひらでネジを転がしていた。


錆びついた架台は想像以上に手強い。工具箱からレンチを選び、無意識のうちに体が“ちょうどいい力”で締め、弛め、また締める。

湊が横でLEDライトを照らしながら笑う。


「やっぱ器用だよな、お前。映研より向いてるんじゃ」

「褒めてるのか、それ」

「褒めてる褒めてる。で、当日ここ使う? 校舎屋上と迷うけど」

「ここ、いいな。空が抜けてる」


ネジの感触が指の腹になじむ。


(前にも、似たようなことをしていた気がする)


錆びた鉄じゃない。もっと重く、長く、手入れを必要とする何か。

刃。

その語の輪郭が喉にひっかかったとき、石段を上がる足音がした。


「こんにちは」


振り向くと、図書館の女性──紗良が立っていた。

湊がすぐに空気を読んでライトを渡し、反対側のボルトをいじり始める。


「ここ、知ってた?」

「今日、初めて。華代さんに星図を見せてもらって……」


紗良は鞄から紙筒をそっと取り出し、広げた。

薄茶の紙に、見覚えのない文様が細く連なっている。

凌央は思わず息を呑んだ。


(これ、見たことが……)


針で布を綴じるみたいに、線と線が結ばれている。

目で追っているうち、頭のどこかが熱を帯びた。


「面白いよね」


紗良が言う。


「星座じゃないっぽい。けど、どこか“使い方”のある線で……」

「使い方」


言葉の響きに、凌央は手の中のナットを強く握った。

彼女の“使い方”という言い方が、やけにしっくり来た。

何かが鍵穴に触れたみたいに、胸の奥でカチリと音がした。



凌央の手つきに、見入ってしまった。

道具の扱い方が無駄なくて、力の入れ所と抜き所を体が覚えている。


(剣、みたい)


突然浮かんだ単語に、自分で驚く。

剣なんて、持ったこともないのに。

でも、彼の指がネジを締める角度と呼吸が、「守る」ために使われてきたものの動きに見えた。


星見台の古い筒を空へ向けると、まだ青い昼の空が丸く切り取られる。


「週末、流星群なんだって」

「うん。屋上、行く?」


言葉が自然に重なって、二人とも笑った。

湊が遠くで手を振る。


「段取りは俺がやっとく。二人は当日、上がるだけでOK」


風が冷えてきたので紙を巻き直す。

古い星図は手に乗せると、妙に温度を持っていた。


(鍵は、ここにある)


そんな直感が、理由もなく確信に近づいていく。


帰り際、石段で足を止める。

凌央が少し前を歩いていて、夕陽がその輪郭を金色に縁取っていた。

呼びかけようとして、やめる。

今はまだ、名前じゃない何かが、喉元にひとつ引っかかったままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ