第3話 夢に、剣の匂い
夢を見た。
金属が擦れる乾いた音。皮革の匂い。背中に同じリズムの呼吸。
目を開ける直前、誰かが誰かの名を呼んだ。音の形だけが胸に刺さって、目覚めの枕に涙を落とした。
紗良は洗面所で顔を洗い、鏡に映る自分をまじまじと見つめる。
「……変な夢」
そう言い切ってしまうには、あまりに具体的だった。剣の重み。星術の光。背中合わせの温度。言葉にできない既視感が、朝の光よりもはっきりと残っている。
講義のあと、ふと足が向いたのはキャンパス外れの小さな星見台だった。
古い石段、錆びた手すり。山茶花の影に、管理をしているという華代さんが座っていた。
「めずらしいね、若い子」
「星……見たくなって」
紗良がそう言うと、華代は柔らかく目を細め、物置から巻物のような筒を持ってきた。
「これ、昔の星図。壊れかけてるけど、模様がきれいでね」
広げられた紙には、意味のわからない文様が細い線で結ばれていた。
見た瞬間、胸の奥がざわついた。
(……知ってる)
理由もないまま、指先が勝手に並びをたどる。線が、星座ではない何かの「術式」になっている。
「これ、どこから?」
「ね、面白いでしょう。私もわからないの。
ここを任されるずっと前から物置にあってね。誰かが忘れていったんだろうけど」
華代は笑って、紙の端を押さえた。
「あなた、こういうの好き?」
「……はい。すごく」
帰り道、ポケットの中でスマホが震える。
〈今度の週末、流星群だって。屋上で見る?〉
いろはから。
返事を打つ指は、いつもより少しだけ早かった。
〈行く。〉
夜、布団に潜りながら、紗良はもう一度夢の匂いを探した。
背中合わせの呼吸。たしかにいた、誰か。
名前を呼ぼうとすると、そこだけ霧が立って、音がほどけた。
「……会いたい」
誰に、とは言わないまま、紗良は目を閉じた。




