第2話 日常に紛れたリフレイン
あの日の図書館で見かけた女性──名前も知らないのに、妙に印象が残っていた。
星野凌央は、その理由を説明できなかった。
ただ、彼女の瞳に一瞬映った光が、胸の奥に刺さったままだった。
三日後、大学近くのカフェ。
窓際の席でコーヒーを飲みながら資料を読もうとしたとき、その人がいた。
カップを両手で包み、ノートを開いて文字を書き連ねている。
横顔は真剣で、唇の端がわずかに結ばれている。
(……やっぱり、図書館の人だ)
席を選ぶふりをして、彼女の斜め向かいに腰を下ろす。
互いに視線を合わせることはなく、ページをめくる音と外の車の音だけが流れた。
しばらくして、ほぼ同時に小さくため息をつく。
思わず顔を上げ、目が合う。
不意に笑いがこみ上げ、二人とも口元が緩んだ。
「もしかして、図書館でも……」
「……やっぱり、覚えてました?」
それだけで、なぜか会話が続いた。
専攻の話、本の趣味、コーヒーの好み。
驚くほど重なる部分が多く、互いに何度も「同じですね」と笑った。
その日を境に、不思議なくらい偶然が重なった。
講義の教室が隣だったり、駅のホームで並んで立っていたり。
昼休みに立ち寄ったコンビニで同じおにぎりに手を伸ばしたときは、二人とも声を上げて笑った。
「お前、最近よく笑ってんな」
肩を小突いてきたのは日下部湊。
映研仲間で、気の合う友人だ。
「そんなことない」
「あるって。……あー、もしかして例の人?」
「例のってなんだよ」
はぐらかすようにコーヒーを飲むと、湊がスマホを差し出す。
「ほら、今週末、流星群来るらしい。撮影会やろうぜ」
画面には冬の夜空と流れる星の写真。
「講堂の屋上か星見台でやろうと思ってるから、お前も来いよ。……なんなら、例の人も誘ってさ」
湊の悪戯っぽい笑みに、返す言葉が詰まった。
誘う理由も勇気も、まだ足りない。
けれど、「星」という単語が耳に残った。
(……なぜだろう。星を見るって、やけに心がざわつく)
湊が去った後も、しばらくその画面を見つめていた。
夜空に流れる光は、なぜか「会いたい」という感情と直結しているように感じた。




