第1話 星詠みの予兆
塔の最上階にある天文室は、夜ごと冷たい静けさに包まれていた。
壁一面に掛けられた星図、窓際に置かれた真鍮の天球儀。
そのすべてが、千年の間この国の空を見続けてきた証だった。
セラはその中央にひとり、広げた羊皮紙の上に視線を落とす。
指先でなぞるたび、星々を結ぶ線がわずかに震え、微かな光を帯びる。
それは星詠みの巫女にだけ許された、未来を覗く術。
そして──その未来は、いつも同じ結末を映し出す。
青年、リオス。
剣を手に、最後の戦場に立つ姿。
空を裂く光と、世界を覆う闇の狭間で──彼は世界を救い、そして命を落とす。
王都に来てから、彼と直接言葉を交わしたのは、ほんの数度。
訓練場で汗を拭い、仲間の冗談に笑う姿。
見張り台で一人、街を見下ろす横顔。
星図に名が現れるより前から、その佇まいは不思議と記憶に残っていた。
運命の書を読むうちに、その名前は何度も、何度も出てきた。
同じ人間の名がこれほど繰り返されることは稀だ。
それだけでも胸に棘が刺さるのに──
その名が必ず「命を落とす者」の欄に記されるのだ。
何度星を読み返しても、結末は変わらなかった。
言い回しや光の揺らぎが変わることはあっても、意味は頑として動かない。
まるで本の頁をめくっても、同じ頁に戻されるように。
胸の奥がじわりと痛む。
彼の名を声にすれば、痛みはきっと鋭くなる。
だからセラは唇を閉じ、ただ星を見上げた。
星々は瞬き、何も答えない。
それでも──
「変えてみせる」
誰にも聞こえないほどの声で、セラは誓った。
これは職務や義務ではない。
一度見てしまった彼の笑顔を、もう二度と消えゆく未来に渡したくないだけだ。
運命が頑固なら、自分はそれ以上に頑固であればいい。
窓外では、冬の風が塔壁を打ち、遠くで鐘がひとつ鳴った。
その音は、運命の刻限が静かに近づいていることを告げていた。