大好きだった祖母が死んだ
大好きだった祖母が死んだ。
享年80歳だった。
父方の母であった祖母ひさ子は夫である祖父が死んでからというもの田舎の人里離れた山奥に一人で暮らしていた。
義理の娘に当たる私の母や父の妹である叔母からは大変に嫌われて煙たがられていたが、私はそんな祖母が大好きだった。
なぜなら祖母の話は面白かったからだ。
祖母は、生まれつき幽霊や呪いが見えると言っていた。
そしてそういう霊的なものを惹きつけやすい体質だとも言っていた。
幼い私はそういった怪談話に非常に興味を持ったので、祖母に話してほしいとせがんだ。
祖母は少し躊躇ったが、私が何度もしつこく食い下がると観念したかのようにこれまでの人生経験を幼い私に話してくれた。
自分がどうやってこれまで生きて来たか、見えてしまう妖怪とどうやって付き合ってきたか。
詳細に話してくれた。
それは危険なことや、ぞわりと鳥肌の立つ怪奇譚ばかり。
私はそんな面白い話をしてくれた祖母が大好きだったし。
尊敬もしていた。
私が高校二年生の頃。
そんな人が死んだ。
医者が言うには心臓発作だったらしい。
祖母は家族から煙たがれていたから、山奥で一人で暮らしていた。
私はそんな祖母をみかねて一緒に暮らすと提案したこともあったが、それは祖母自身から止められてしまった。
そんな祖母だ、正直心配事は多かった。
もうそれなりの年齢だったし、何時なくなってもおかしくない状況だった。
父もそんな祖母を一人にしたくはなかったらしく、老人ホームなどに入ることを迫ったりしたがどれもことごとく祖母は拒否した。
その結果がこれだ。
祖母は孤独死のような死に方をしていたという、夏場だということもあって祖母の遺体はひとりでに腐り、ドロドロに溶けていた状態だったという。
父は無理矢理にでも老人ホームに入れればよかったと非常に後悔していた。
母はそんな父の肩をだき慰めつつも死んでなお家族に迷惑をかける祖母を恨んでいた。
私はというと。
妖怪が見えるようになっていた。
・・・
母とともに祖母の家の遺品整理をしていると、祖母がよく使っていた引き出しの中から一通の遺書を発見した。
それは祖母が唯一残した家族に向けての遺書。
他でもなく、私にあてた手紙だった。
母は、その遺書の中身を気になったようで早く私に封を開けろと急かしたが。
私はソレに取り合わなかった。
なぜなら生前祖母が言っていたから、
もし自分がなくなくなった際、貴方だけ(私だけ)知らなくてはいけない事があると。
多分、その「だけ」というのが大事なのだろうと私は感じていた。
だからその遺書は私以外に読ませる気がなかった。
母は、そんな私の態度に不機嫌になったが、私も頑固を貫いていれば、母は次第に興味を無くして諦めた。
ひとりでに遺書を開けば、そこにはこんなことが書いてあった。
貴方は、
近森 ひさ子の孫である、私の血を引いてしまった貴方、
近森 双葉は近いうち呪われるだろう。
それは我々、引いて古来より、
先祖代々伝え流れる呪いのせい。
遥か昔、私たちの祖先は妖怪退治を生業にしていた。
数多くの妖怪を祓ってきた祖先、
そのせいで今の私達が呪われ、妖怪共から命を狙われている。
貴方は昔の私に似てるから。
私の死後、近いうちにその症状が出るでしょう。
まず初めに瞳が緑に染まる。
次に、視えなかったものが見えてくる。
それは昔、貴方に語った妖怪とかそういったもの。
けど、大丈夫、心配はしないで。
あなたを護ってくれる人がいる。
準備は怠らないで、その日はきっとくる。
私の目が、日本人特有の黒色からおかしな緑色に変わったのはそれからすぐのことだった。朝、目覚めれば、突然瞳の色が変わっていたのだからいやがおうにも気がついた。
鏡をじっと見つめて暫く考えた結果、
この緑の目は祖母の遺言通りのものであり。
さらに祖母の持っていた目と非常に似ていたことに気が付いた。
今ここで私は継承したのだろう。
祖母の妖怪を感知する力を、血で受け継がれてしまった呪いを。
だってその証拠に、ホラ。
『ふたばちゃぁぁ〜〜〜ん』
ナニカが取り憑いていた。
私の肩に、何か重たくのしかかる人の脳味噌のような形をしたそれ。
間違いなく妖怪だ。
どの種類とかは詳しくないから分からない。
初めて触れ、そして感じた妖怪はとても恐ろしく感じたが、私は普段通りの平常心を取り繕った。
昔、祖母が言っていたことだ。
干渉し。
付き合うということは。
憑き合うということでもある。
対処方なら、無視をすればいい。
無反応を装えばいい。
彼等に、妖怪に付き合わなければ、憑かれない。
やがて飽きて、私から離れていく。
逆にだ。
繋がって仕舞えば、終わりだ。
こちらから関われば、取り憑かれる。
だから私は無視をする。
寝巻きをおろし、制服に着替え、ピンで前髪を止める。
何事もないように、
普通の人間のように。
瞳の色だけは、目立ってしまうのでカラコンで誤魔化すことにした。
いつまで誤魔化せるかなんて分からないが。
私は祖母のように人から嫌われるのはごめんだった。人里離れた田舎でひっそりと死んでいくなんてごめんだ。
祖母は嫌いじゃないけど、そんなところは反面教師としている。悪いニュアンスじゃない。先人の経験を糧にしてより良い方向に私は進むということ。
こんな呪いに屈してたまるか。
私は私として生きていく、
そこに呪いだ妖怪だのは関係ない。
今まで通り、近森 双葉として生きていく。
それが、亡き祖母が望んでいることだと思うから。