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ただいま  作者: 口羽龍
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6

 その夜、勇夫は約束の居酒屋にやってきた。その居酒屋は家の近くにある。両親と行った事があるが、今回は文香と一緒だ。まさか、2人でここで飲むとは思わなかった。


「ここだったな」


 勇夫は入り口の前で文香を待っている。そろそろ来る時間だ。勇夫は緊張していた。これまで何度もフラれてきた。今度こそ恋を成就させるんだ。そのためには、第一印象が大切だ。


「お待たせ!」


 勇夫は左を向いた。そこには文香がいる。文香は嬉しそうだ。勇夫と飲むからだろう。


「文ちゃん!」

「じゃあ、行こうか?」

「うん」


 2人は居酒屋に入った。居酒屋はそこそこ客がいる。席は文香があらかじめ予約していた。2人が入ると、店員がやってきた。何人か聞くようだ。


「いらっしゃいませ、2名様ですか?」

「はい。予約してました、岡田です」

「どうぞ」


 2人は店員に案内されて、予約した席に向かった。店内は客の話し声で少し騒がしい。


「急でごめんね」


 文香は謝った。今日のお昼に久々に会って、いきなり飲もうと誘ってしまった。突然の事で、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。突発的だけど、許してくれるか心配だ。


「いいよ」


 勇夫は許してくれた。文香はほっとした。


 2人が予約していた席に座ると、店員がやってきた。お飲み物を聞くようだ。


「いらっしゃいませ、お飲み物をお伺いします」

「生中で」

「私も生中で」


 2人とも生中だ。文香も飲む時はまず生中のようだ。


「かしこまりました」


 店員は厨房に向かった。その様子を、勇夫は見ている。ラーメン屋で働いているためか、厨房を見てしまう。


「生中2本!」


 注文を待っている間、勇夫は聞きたい事がたくさんあった。大阪でどんな生活を送ってきたのか。大阪ではうまくいっていたんだろうか? 高校を卒業してからの日々を教えてほしいな。


「どんな日々を歩んできたの?」

「大阪にやってきたんだけど、大学で落第して、まともな仕事に就けなかった」


 勇夫は驚いた。こんなに大変だったんだな。もし和歌山に残っていれば、もっと安定した生活を送れたかもしれないのに。東京で成功した自分とは正反対の人生を送ってきたんだな。


「そうなんだ」

「親に怒られて、つらかった。何とか就職したんだけど、アルバイトで、低賃金だったんだ」


 大学を卒業してから、しばらく職に就けなかった。4年生を前に就活セミナーがあったものの、自分は参加しなかった。今思えば、それが自分と他の生徒との差だったんだなと。卒業後、いい企業に就職して成功を収めている同期に対して、自分はなかなか職に就けない。そして、就職しろ、就職しろと両親からくどくど言われる。やっと就職たものの、使い物にはならなかった。給料は低かった。そして、入退社を繰り返し、どの企業でも低賃金。生活するのがやっとの状態だった。そしてそんな日々が続いたために、親が無理やり和歌山に引き戻したのだ。


「大変だったんだね」

「その事を隠してたんだけど、両親にばれて、故郷に返されたの」


 勇夫は文香のこれまでの日々を真剣に聞いていた。こんなにも大変だったとは。


「ふーん」

「そっちでも就職活動をしたんだけど、結局アルバイトだった。で、もっとまともな仕事に就きなさいと今でも言われてる」


 だが、そこでも低賃金な仕事しかしてもらえない。そして、父からもっと高い給料の仕事をしなさいと言われる。


「つらいよね。大丈夫?」

「何とか」


 文香は落ち込んでいる。大丈夫だろうか? 勇夫は肩を叩いた。


「何かあったら、相談してもいいんだよ」

「うん・・・」 


 そこに、店員がやってきた。生中を2本持っている。


「お待たせしました、生中です」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 注文していた生中が目の前にある。つらい日々を忘れて、今日は飲もう。


「カンパーイ!」

「カンパーイ!」


 2人は乾杯をして、生中を飲み始めた。本当においしい。


「今日は忘れて飲もうじゃん!」

「うん・・・」


 だが、文香は浮かれない表情だ。生中を飲んでもいい気分にならない。よほど日々がつらいんだろうな。


「忘れられないの?」

「うん」


 勇夫は文香の肩を揺らした。大丈夫。つらい事があったら、僕が相談に乗ってやるよ。だって、高校時代の友人なんだから。


「大丈夫大丈夫。僕がついてるから」

「ありがとう」


 だが、文香は落ち込んでいる。大学で頑張っていれば、あんな事にならなかったのでは。今でも大阪で頑張っていたかもしれないのに。だが、後悔後先たたずだ。


「今でも後悔してるの。あの時、落第していなければ、もっといい人生を送っていたのかなと」

「そうかもしれないね」


 勇夫はその話に共感した。あの時、就職活動を頑張っていれば、文香は安定した企業に就職できて、高収入を得て、今でも大阪で暮らしていたかもしれないのに。二度と戻ってこない日々に後悔していた。


「まぁ、過ぎてしまった事はもう戻らないんだから、もういいじゃないか。前を向いて生きて行けよ」

「うん」


 そして、勇夫は生中を再び飲んだ。文香はその様子を、じっと見ている。そして、文香も生中を口に含んだ。

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