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ただいま  作者: 口羽龍
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 車で走って10分程度、3人は実家に併設したラーメン屋にやってきた。そのラーメン屋の名前は『〇吉』。『吉』は、和歌山県出身の江戸幕府八代将軍、徳川吉宗にちなんだものだという。かつては車庫前駅で屋台を営業していたが、和歌山市電の廃止後、ここに店を構えた。屋台の頃からの変わらぬ人気で、90年代になってからはメディアでも取り上げられるようになったという。和歌山ラーメンには、『〇高』や『〇宮』など、『〇』のつく店が多く、この店も『〇』を付けている。


「着いた・・・」


 勇夫はため息をついた。また帰ってきてしまったからだ。本当は帰りたくなかったのに。


「もう再び住むとは思わなかったけど」

「そうだね。でも、頑張ってね」


 だが、三枝子は応援している。三枝子の応援に応えないと。だが、本当は東京にいたかった。


「うん」


 と、三枝子は店内の屋台の写真が目に入った。白黒の写真だが、よく見ると、『〇吉』と書かれている。これが、屋台で営業していた頃の写真だろう。


「これが、車庫前での屋台の写真」

「こんな時代もあったんだね」


 それを見て、三枝子はこんな時代もあったんだと感じた。はじめはこんな店だったのが、1件の店になり、そして全国から注目されるようになった。


「すごいだろ? 路面電車も、名前もなくなっちゃったけど」


 和歌山市電は昭和46年の3月末で廃止になってしまった。多くの鉄道ファンがやってきて、まるで全盛期の朝ラッシュのようだったという。車両基地はなくなっても、車庫前という名前はバス停に、そして車庫前系という名称にその名前は残り続けた。だが、今や車庫前という名前は和歌山ラーメンの流派にしか残っていない。


「だけど、この名前に車庫前は残り続ける」


 智は拳を握り締めた。車庫前系と名乗る店がある限り、車庫前という名前は消えない。そして、その味は受け継がれていくのだ。


「さて、寝室に行こうか?」

「ああ」


 3人は勇夫の部屋に向かった。18で家を出た時と家具の位置が全かなり変わっている。まるで、まるで別の人の部屋のようだ。時々実家に帰省した時は、そんなに変わっていなかったのに。


「懐かしいなー」


 勇夫は少しほころんだ。懐かしいものを見ると、どうして心が和むんだろう。


「懐かしいでしょ?」

「うん」


 よく見ると、少し内装が変わっている部分もある。木目調だった壁が白くなり、どことなく近代的な雰囲気だ。


「また帰ってくるから、わざわざリフォームしたのよ」

「そうなんだ。ありがとう」

「また帰ってくるんだもん」


 と、智は下を向いた。隆利のことを思い出したからだ。あまりにも突然、この世からいなくなってしまったからだ。しばらく経ち、ようやくその生活に慣れてきたように見えるが、まだまだ思い出して落ち込み、涙が出てしまう。


「継がせたかった隆利が突然亡くなったからね。勇夫に継がせたいと思ったんだ。で、修行が目的なんだよ」

「うん。覚悟はできてる」


 だが、今はそんなことを思っていてはいけない。ここで頑張って、店を継ぐために頑張らなければならないんだ。


「ある程度、中国料理店で修業を積んだんだから、できるよな?」

「うん」


 と、三枝子は勇夫の肩を叩いた。ここで頑張ってほしいと思っているようだ。


「これから頑張ってね」

「うん」


 と、三枝子はある事が気になった。勇夫はなかなか恋が成就しなかった。恋人を作ってはフラれてばかりで、なかなか結婚には至らなかった。ここではどうだろう。


「恋に恵まれなかったけど、きっとここではうまくいくと思うから」

「そうだね。何度フラれた事か」


 勇夫も気にしていた。ここでは成就するんだろうか? 自信はないけど、やってみないと。


「大丈夫。ここならきっと恋も成就するよ」

「本当かな?」


 と、智は勇夫の肩を叩いた。智も勇夫に期待しているようだ。


「きっとそうなるって」

「そうなるのかなぁ」


 勇夫は照れている。本当に大丈夫だろうか?


「信じようよ。故郷だもん」

「うん・・・」


 2人は部屋を出て、1階に向っていった。それを見て、勇夫はベッドに仰向けになった。長距離の移動で疲れたのだ。今日はゆっくり休んで、新しい仕事で頑張ろう。




 その夜、勇夫は和歌山市の夜景を見ていた。東京に比べると、そんなに広くないし、明かりが少ない。どこか物足りなさを感じる。ここが東京ではないという事を証明しているようだ。


「どうしたの? 外を見て」


 勇夫は振り向いた。そこには三枝子がいる。どうして夜景を見ているんだろう。三枝子は気になっているようだ。


「明かりが少ないなって思って」

「東京が恋しいの?」


 三枝子は思った。やはり、勇夫は東京が恋しいんだろうか? ずっと東京に住みたいと思っていたんだろうか?


「うん。夢を持って東京に行ったのに、また戻ってきてしまったんだもん」

「そうね。だけど、今日からここで頑張ってね」

「うん」


 と、勇夫は気になった。高校時代の同級生で初恋の相手だった、岡田文香おかだふみかだ。高校を卒業して以来、全く会っていない。元気しているんだろうか? 今でもここに住んでいるんだろうか? もし住んでいたら、また会いたいな。


「今頃、あの子はどうしているんだろう」


 それを聞いて、三枝子は思った。三枝子は、文香の事を全く知らなかった。


「気になるの?」

「うん」


 三枝子は思った。勇夫は高校時代、初恋をしたことがあるんだろうか?

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