いまわのきわで君に出会った
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(楽しんで終わりまで読んでくれると嬉しい)
「あー、退屈よ!」
「といっても暇なのはいいことだと思うけどね。ほら、あの星のある国では『便りがないのはいい便り』などというらしいしね」
「でも、いい年頃の思春期真っ盛りな娘をこんなところに閉じ込めさすなんてひどいこと」
「アハハ、そういうシャアが勝手に乗り込んできたじゃないか」
宇宙船内は船員たちの(シャアを除いた)笑い声で満たされた。それがますますシャアにとって不満である。
この船はとある星からやってきた地球の監視船である。未開拓である地球の発展をあくまで『見守る』ことが使命である。一定の水準まで技術が進歩しない限りは、接触はせずにひたすら隠れることが義務付けられている。
シャアはもとは孤児である。自分の星が戦争で焼かれ、両親を失った。その星も、どうやら地球のように監視員がいたらしい。種の保存やらなんかで、幼かったシャアは運よく何人かの人々とともに保護された。しかし、シャアは目的の星に着いても、船を降りなかった。シャアが船員たちに見つかったのは、宇宙空間に出てからだった。
お腹がすいたので、隠れていたコンテナから出るとあっさり船長に見つかった。船内が大パニックで満たされる中、船長は立派な白髭を整えながら豪快に笑った。
「良かったな、嬢ちゃん。この船に残って正解だったぞ。この船の乗組員は宇宙で一番、仲がいいからな。それに、あのまま星に残っていたら、解剖でもされていたかも知れねーぞ」
「かいぼー、って?」
「まあいい。お前がなかなかやるやつだって話だ。これからお前もこの船の家族だ」
こうしてシャアはこの船に加わり、そのまま地球の監視船で過ごしている。シャアはこの船の家族が大好きだ。
皆にネタにされたので、とぼとぼとシャアは自室に戻った。そして、自室にある望遠鏡の方へ近づく。『地球を監視する』といっても、とくに何をするわけでもなく、記録映像はすべてロボットが自動でとってくれる。そのため、船員はとても暇であり、望遠鏡で地球人の生活を除くくらいしか暇つぶしがない。
シャアは適当に座標を決め、覗き込んだ。地球人の生活は、非常に遅れているが、イキイキとしていてとても楽しそうである。シャアはふと、機械に管理され、人々が穏やかな笑みをずっと貼り付けているある星を思い出した。
望遠鏡は、どうやら日本と呼ばれている国に照準があったらしい。
望遠鏡は、放課後の学校を映し出した。一組のカップルが、手をつないで家に帰っている。そして、途中で路地裏に入り、キスをした。それを見て、シャアはニヤニヤする。彼らも宇宙人に自分の恋愛が見られているなんて想像もしていないだろう。これ以上のぞくのは悪い気がしたので、シャアは望遠鏡から目を離す。
「いいなあ……わたしも恋愛とかしてみたいなぁ……」
ちょうどそのとき、部屋のドアが開いた。
「おい、シャア晩飯が出来たぞ」
「部屋を開けるときはノックしてっていったでしょ!」
船員の一人はクスリと笑って去っていった。
「まあ宇宙船内に出会いなんてないよね……」
シャアは、最近下腹が出てきた、いい年の中年おじさんである船員たちを思い浮かべ、盛大なため息をついた。
***◆◇◆***
異変が起きたのは、突然だった。前兆も何もなく、それは起こった。
シャアは鳴り響く警報で目を覚ました。こんなことははじめてだった。慌てて、船員たちが集う集会室に行くと、すでに全員がそろって座っていた。
「ええ、皆に大事な通達がある」
船長が重々しく口を開く。
「オメガ星のやつらがやりおった」
ホログラムで映し出されたそれは、隕石の形をしていた。しかし、通常の隕石と決定的に違うところは、大量のエネルギーの反応と、機械的な見た目である。これは、隕石に見せかけた兵器だ。
「この兵器が、昨日未明太陽系内部でオメガ星の船から発射された。行先は地球。衝突すれば、地球の文明は崩壊するだろう」
シャアは顔をしかめた。オメガ星と言えば、宇宙のなかでも過激な考えを持つことで有名な国だ。今回も、地球を植民地にしようとして、文明が邪魔だったから消そうという考えに至ったのだろう。オメガ星の十八番ともよべる手段だ。
「わたしたちはどうすればいいのでしょうか」
船員の一人が質問した。船長は、しばらくの沈黙の後、丁寧に言った。
「どうすることもできない。地球が滅びるのを見ることしかできない」
「なんでよ!?」
シャアが立ち上がる。
「今すぐその兵器を打ち落とせばいいじゃないの! 幸運なことにこの船にはそれをできるだけのエネルギーキャノンがあるわ!」
「落ち着いて考えろシャア」
ずっと静かにしていた副船長が静かに口を開いた。
「もしも、わたしたちがオメガ星のアレを打ち落としたらオメガ星はどう思う?」
「……オメガ星からは確実に恨まれるわね」
「そうだ。オメガ星への宣戦布告と捉えられてもおかしくない。それにこの船はあくまで極秘の船だ。宇宙法にも抵触している。お互い違法だからあまりかかわることもし難いのだ」
シャアはおとなしく席にもどる。オメガ星は宇宙の中でも軍事力はずば抜けていて、おおきな力を持っている。その一方で、シャアたちの星はあまり権力の中枢とはいい難い。もしオメガ星と戦争になったら確実に負けるだろう。
「……じゃあなにもせずに見捨てればいいの?」
「違う。そうではない」
こんどは船長が否定した。
「われらの船の原則として、異常事態があったときは『種の保存』が義務付けられている。われらがいまからやらなくてはいけないことは、内密に一人でも多くの地球人を保護することだ」
一つの機械が光る。船員の一人が確認する。
「船長、地球人たちも兵器に気づいたようです! 大混乱が起きています」
「よし。皆位置につけ、着陸するぞ」
***◆◇◆***
星川優は部活に行く途中でその知らせを見た。
スマホの通知がうるさかったので、腕時計についているボタンを押して目の前にホログラムの画面を開く。SNSのメッセージや通知は、総理大臣の会見一色だった。
適当に総理大臣の会見を検索にかけ、ライブ映像を見る。
総理大臣が語ったのはにわかには信じがたい内容だった。
まず、今日の23時に地球は滅亡するということ。どうやら隕石が原因のようで、宇宙人の兵器という説が有力らしい。そして、それを防ぐためには23世紀の技術を用いても不可能。優は舌打ちをする。最近の科学がどれほど素晴らしいか大々的に宣伝していたのはお前らじゃないのか。結局肝心なところでは役に立たない。それと同時に総理大臣に対し、同情の意を抱いた。こんな時まであんな場に立たないといけないなんて、ストレスで胃に穴が開くだろう。
会見が混乱する記者たちの質疑応答に入ると、優は電源を落とし、空を見上げた。雲一つない、きれいなみずいろの青空。自分の人生は、今日、高2という大人でも子供でもない微妙な時間で終わるのだ。人生を振り返ると、深い虚無感に襲われた。
優は持っていたカバンを置いた。部活に行こうという気持ちはとうになくなっていた。カバンを開けると、フルートが入っていた。星川優は吹奏楽部員だった。小学生のころからフルートをやっていたのでそのまま入ったはいいものの、あまり楽しくは感じられなかった。フルートを取り出し、床にたたきつけ何度も何度も踏みつけた。そして、カバンの中身を極限まで減らし、その場を後にした。
どうせこんな”いまわのきわ”だ。人生の清算を済ませてしまおう。
***◆◇◆***
シャアをのせた宇宙船は、日本のある地域に着陸した。この辺りの地域は、人口密度が多く、健康的な人間が多い。着陸する場がなかったので、とりあえず建物の少し上で待機する。
宇宙船内からシャアが見下ろすと、人々が指をさして何かを叫んでいるのが聞こえた。
《えー、地球の皆さんこんにちは》
船長が人々に向けてアナウンスをする。もちろん、翻訳機を通しているため日本語になっている。
《我々は、とある星からやってきた宇宙人です。まあ、見たらわかるでしょうね。安心してください、我々に敵意はありません。隕石型の兵器を打った宇宙人とも別です。我々は皆さんを保護しにまいりました》
地上から歓声があがる。表情は、喜ぶもの疑うものなど多種多様だが、このような救済を待っていたのはたぶん共通だろう。
《しかしながら、この船にも乗員制限というものがあるので約1000人ほどしか乗れないのはご了承を》
そう言った瞬間、人々の顔は凍り付いた。つまり、乗れない可能性があるのだ。群衆の中で暴動が起こり始めた。船長は、マイクから離れた。
「もういいの? 結構大変なことになっているけど」
「まあ、今のところはこのくらいでいいだろう」
「で、船に乗せる人はどうやって選ぶの?」
「適当に選べばいいさ。地球人にじゃんけんでもさせておけ」
船長の豪快な笑いにつられて、シャアも笑った。
「ねえ船長、わたしちょっと下の様子見てきていいかな?」
「いいとも。もうすぐ壊れてしまうから最後の機会だしな。念のためドロイドだけ連れていけ」
「はーい」
シャアは走って準備に出かけた。
***◆◇◆***
星川優は血の付いたナイフを拾った。街中にはもう混沌があふれている。
ナイフが落ちてるのだってそう珍しくもないことだ。至る所に死体が転がっていて、火災なんてあちこちで起きている。車はそこらじゅうで故障して停止し、煙を上げている。
優はそれがおかしくてたまらなかった。これが人間の本性ってやつなのか。やはり人っていうのはリミットが外れるとこんなにも醜い生物なのだ。同じ生物として少し悲しくなった。
それでも、辛うじて機能を保とうと努力すものもあった。あそこのラーメン屋はいまも営業を続けているみたいだし、先程消防ドローンが空を飛んでいるのを見かけた。優はお腹がすいたので近くのコンビニに入った。コンビニの中には誰もおらず、ただ倒れた棚と商品が床に散らばっている。レジには数多の硬貨や紙幣が散乱していて、こんな時にもお金を欲しがる奴がいるなんて、少しおかしく思った。優はかがみこんで商品の山の中からまだ食べれそうなものを漁る。そんなとき、優は様々な色のパッケージの中に妙な鈍い赤茶色があることに気づいた。
「うぇ!?」
商品をまとめてどけると、中から頭から血を流した男が現れた。けれど、その目はどこにも焦点が合ってなく、なんの光も浮かべていない。コンビニの店員の服装をしているところを見るに、きっと客ともみ合いににでもなったのだろう。その姿を見た時、優は腹の底が冷えるような恐怖に駆られた。
逃げるようにコンビニからでる。無我夢中でしばらく走った後、どこかもわからない路地裏で座り込む。息を整えているうちに、あの会見を見てから高揚して壊れていた理性や感情がまともに戻った。
星川優は一言でいうのなら、平凡な優等生だった。小さい頃は、優しい子と周囲の大人に評されていたが、実際はそんなに気が強くなく、周りに合わせている方が楽なだけだと優本人は思っていた。言われたことは、あまり破ることはなく先生や親にとりあえず従っていた。破るということは非常に労力がいるし、幼いころからそうしていたので当然だとしか思わなかった。そのおかげで学校の成績はかなり良いほうの部類で、中学の先生からは県有数の名門校を進められた。しかし、優は近くにあった公立の高校に進学した。一人親である母にあまり負担をかけたくなかったからである。母が唯一無理をして、子に習わせたかったフルートを続けるため、吹奏楽部に入り、友達もでき、順風満帆とも言える高校生活をスタートした。そんなとき、歯車がやや狂い始める。
簡単に言えば、急にいじめられはじめたということである。そう、言ってしまえば、ただそれだけの話である。吹部の細田をはじめ、クラスの男子の一部から無視や嫌がらせを受けるようになった。理由などは分からない。成績のいい優への嫉妬かもしれないし、そんなことは全く関係のないことだったのかもしれない。一番有力なのは、身に覚えもない色恋沙汰の説だった。ともかく、細身であまり体力もない優は格好の標的だった。そのいじめも悪質なもので、大きな嫌がらせと言えるものでもなく、小さくて先生に報告するにも半端な小さいものがねちねちと続くものだった。それが余計に優の神経を参らせた。
そして、優にとどめを刺すような出来事が起こった。母親の彼氏のことについてである。優は別に母親が恋するのは悪くはないと思う。父親が死んでからすでに15年が経っており、そろそろ再婚したいならしても別に気にしないと思っていた。けれど、優が許せなかったのは母親が金をその男に流していたことである。そんな関係が実に7年ほど続いていたと知り、母に失望した。幼い頃から貧乏で、生活の中でいくつものこと耐えていた優にとって、自分の息子に対し無理を強いながら、よく分からない男に金を流す親が理解できなかった。しかも、そんなに長い間付き合っていて籍も入れないなんて、母は彼によい金蔓として見られているということだろう。
そんなこんなで、深い絶望が続いたまま高2の夏まで過ごした優にとってこの隕石騒動は、ずっと抑えていた反抗心や興奮を呼び覚ました。すべてをぶっ壊してやりたい、そう心から思った。
だが、そんなドーピングも長らく続かなかった。やはり、自分にはそういうのは向いていないな、と誰もいない路地裏で一人優は苦笑する。実際にまじまじと死を実感すると、その恐ろしさにおののいた。
そのとき、悲鳴が聞こえてきた。声色から推測するに小さな女の子だと思う。
走って、声の出所に行ってみる。そこで、優は見てしまった。
裸にさせられた小学生ほどの女児。
そしてその上に覆いかぶさる制服の高校生とその取り巻き。
優をいじめてきた細田たちだった。
そのとき、一度は蓋をしたどす黒い破壊衝動ともいえる感情が再び心を満たす。
優はさっき拾ったナイフをカバンから取り出し、彼らのもとへ走りながら……
***◆◇◆***
シャアはドロイドを起動し、宇宙船から飛び降りた。小型の鳥のようなドロイドは小さな翼を広げ、衛星のようにシャアの周りをまわりだした。
《ピー、大気測定完了。窒素78%、酸素20%、二酸化炭素……》
「うるさいわね、害はないんだからそれでいいじゃないの」
《ピー、シャアの健康状態を確認中。特に異常ナシ》
「だからいちいち大丈夫なら報告しなくていいわよ」
シャアは息を吸って大気の状態を確かめる。やや煙臭いが、それほど悪いものではないと思う。いろいろな星をまわってきたシャアにとって、防護マスクなしで呼吸ができるだけましだ。
「それにしても気持ち悪い空の色ね」
みずいろの空はシャアにとっては新鮮だった。こんな色の空の星は見たことがない。大抵、ピンクとかオレンジとかいったところなのに。
ゆっくり落下した先は、建物と建物の隙間だった。
「嫌なところに降りてしまったものね」
《ピー、近くに生体反応あり、右前方に注意》
「そりゃ街なんだから生き物がいなくちゃおかしいじゃない。ここは猛獣がウヨウヨいる樹海みたいな星じゃないのよ」
シャアはくすりと笑って、とりあえずそっちの方に行ってみる。路地を曲がると、人々が集まっているのが見えた。一人の女児を囲むように数人の青年らがたっており、一人は女児に覆いかぶさっている。女児は裸にされ、必死に泣いてもがいていた。それをニヤニヤしながら、青年は抑えている。
「なんだか滑稽ね」
シャアは独り言のように呟いた。地球ではこれが普通なのだろうか。望遠鏡で覗いた時は、こんなのはあまりなかった気がしたのだが。
その時、後ろからだれかが覆いかぶさっていた青年を体当たりで突き飛ばした。そしてそのまま突き飛ばされた青年の方へ向かい、取っ組み合いが始まった。
「縺ェ繧薙□縲∬ェー縺九→諤昴∴縺ー縺励%逧ョ縺倥c縺ュ縺医°」
「蜿」繧帝哩縺倥m縺上◎繝ュ繝ェ繧ウ繝ウ」
「縺ェ繧薙□莉イ髢薙↓蜈・繧後※縺サ縺励>縺ョ縺九?√ワ繝上ワ」
互いに激しくののしりあいながら、殴りあっている。
《ピー、地球語を確認しました、翻訳しますか?》
「そういえば、翻訳機オンにしてなかったわね」
ちょうど翻訳機をオンにしたときに、罵りあいは終わった。ついさっきまで女児に覆いかぶさっていた青年の胸には深々とナイフが刺さり、シャツに赤いシミが出来ていた。それを見た先程まで騒いでいた取り巻きの集団が、リーダーが刺されたからだろう慌てて逃げていく。一方刺した方の青年は、ゆっくりと立ち上がり、こっちを見て驚愕の表情をうかべた。
シャアはその顔を見た瞬間、心に何かトキメキを感じた。そして、シャアの周りをぐるぐる回っていたドロイドが急に激しい警報音を響かせた。
《ピー。シャアの心拍数の乱れ、その他諸々の異常を確認……!》
シャアは自分が恋に落ちたことを知った。
***◆◇◆***
星川優は驚愕していた。自分の手で同級生を殺してしまったことと、そしてなにより目の前に宇宙人がいたことに対してだ。自分の手にはまだ、ナイフで肉を刺す感触が残っている。しかし、そんな情報が気にならないほど視覚の情報が特殊すぎる。
まず、顔や体つきは人間のように見える。だが、圧倒的な存在感を示す青いロングの髪。そしてなにより異質なのが、人間なら腕が生えているはずのところにある赤い大きな触手だ。
「やあこんにちは。わたしの名前はシャア。あなたは?」
目の前の宇宙人が話しかけてくる。優は一歩後ずさる。
「そんなに怖がらなくてもいいわよ、敵意はないわ」
「嘘だ。あの隕石は宇宙人の仕業だという情報もあるんだぞ」
「いや、わたしはあれを撃った星とは違う星の住人だから」
優は混乱する。そんなに宇宙人はいっぱいいるのだろうか。宇宙は本当に広いのだろう。そして今まで地球はその存在を知らなかったのが、やや愚かしかった。
「敵意がないという証拠は?」
「うーん、証拠ねぇ。信用って難しいねぇ」
宇宙人は考え込んでしまった。ますます優は混乱する。なんなんだこの宇宙人は。宇宙人ってそんな悩むものなのか。
ゆっくり後ずさっているうちに、裸の少女のところまで来てしまった。そうだ、この娘を何とかしなくてはいけないじゃないか。
細田を刺したことに罪悪感は感じていない。少女を犯すといった極めて下劣な行為にかっとして、そしてこんな細田に下に見られている自分を許せなくて、彼を刺した。特に人助けとかそういう気持ちではない。
「大丈夫?」
と聞いてみたが、少女は怯えるだけで、小さく縮こまっている。まああんなことがあったので無理もないだろう。彼女をどうしようか、優は迷った。服は絶対にないといけないだろうけど、あいにく優に少女の服を持ち歩く趣味はない。
「やあやあ、お困りのようだね」
宇宙人が話しかけてくる。気づけばすぐ隣まで来ていて、ぎょっとする。
「女の子物の服が欲しいんだ」
ダメもとで言ってみる。
「なるほどなるほど」
そういうと、宇宙人は服のポケットからビンを取りだし少女に投げたかと思うと、みるみるうちに煙に覆われ、気づけば少女は服を着ていた。
まじまじと眺めてみる。ちゃんとした布でデザインも普通のよく見るワンピースだ。どういう仕組みなんだろうと考えていくうちに、少女は立ち上がって走って逃げて行ってしまった。
「ねえ、すごいでしょ」
優は奇しくも宇宙人と二人きりという状況になってしまった。
「え……あ……はい。一体どういう仕組みなんでしょうか」
「ふふん。秘密だよ」
宇宙人は満足げに胸を張った。彼女を信用してもいいのだろうか。優は迷った。
「じゃあさ、君」
「え……はい。なんでしょう」
「わたしに地球を案内してよ」
「うえ!?」
「わたしは地球を調査しているんだからさ、もうどうせ見れることないんだし少し見ておきたいんだよ」
「といっても僕もこの身の回りくらいしか知りませんし……宇宙人さん的にはもっと文明の観光名所みたいなところがあればいいんでしょうけどあいにくこの近くには……」
「いいの。ただあなたの行動に興味があるだけ。いつも通り暮らしてもらって大丈夫だわ」
「ええ……」
どうやら宇宙人に興味を持たれてしまったらしい。そんなに行動が珍しかったのか? それともなんかの適合者かなんかなのだろうか。一体どういう意図なんだろうか。優は未知の恐怖に震えた。
「あ。そういえば宇宙人さんじゃなくて、シャアって呼んでほしいな」
「え。じゃあお願いしますシャアさん」
また満足そうな顔をしている。一体どうなっているんだこの宇宙人は。優は心の中で頭を抱えた。
***◆◇◆***
シャアは非常にワクワクしていた。好きな男子と一緒に出掛けるなんて、夢にまで見た光景だ。
「あの……シャアさん。その鳥をつかむのやめてもらっていいですか……」
シャアはびっくりして自分の手(触手)を見る。さっきそこらへんにいた鳩という鳥が気になったので掴んでみたのだ。船に帰って食べようとでも思っていたのだが、蛙化とかいうものをされたら困るので、とりあえず離す。
「ごめんなさい。つい気になったものだから」
「え、いえ……別に気にせずどうぞ……」
「あのさ、気になっていたけど敬語しなくてもいいよ」
「……はい。分かりまし……分かった」
シャアは再び満足して、優を見つめる。彼のどこに惹かれるんだろう。かわいい目、やや荒々しい動作、声もわたしの好みだ。そして、触手の代わりについている腕という器官。絶対触手の方が便利なのにな……
《ピー。船長からのメッセージが届いています》
「ああ、もううるさいわね」
《ピー。船長から着信が入ってきています。応答します》
「えー」
《もしもし、聞こえているか。シャア?》
「せんちょー、どうしたの?」
《真面目に答えてくれ、無事か?》
「え、こっちは至って平気だけど」
《さっきからすごい心拍数の乱れが送られてくるんだが大丈夫か》
「ああ、それなら大丈夫よ。これからも乱れるけど大丈夫」
《……ならいいんだが。そろそろ帰ってきてくれるとありがたい。こっちの船の方も大変なんだ》
「えーいやだ。もうすこしこっちにいるわ」
《……なるべく早く帰ってこい》
シャアは電話をいきなり切った。ふと優を見つめると、不思議そうな顔をしている。仕方ないか、宇宙共用語で話していた分けだし。
ふとシャアは優の心を読むことを思いついた。ドロイドのスキャナーを使えば簡単にわかるが、それを読んでしまったらつまらない。それでも計算機を使うのはいいだろう。
「ドロイド、電話。船長へ」
《ピー。分かりました…………え、なんだ? どうしたシャア》
「悪いけど船の計算機を貸してくれない?」
《今、使ってて大変なんだ。後にしてくれないか》
「大至急でやりたいの。お願い」
《……何に使うんだ》
「乙女の秘密よ」
《分かった……一瞬だけだぞ》
シャアは一息ついて、ドロイドと船の計算機を接続する。その中に様々な優の情報をいれて、複雑な計算をする。優はそれを不思議そうな顔で見つめていた。その顔がかわいくて、シャアは少し計算をする自分が誇らしくなった。
《ピー。計算結果が出ました。ホシカワユウがシャアを好きになる確率は2%です》
「……確率なんて頼りになんないわよ。それを覆すのが恋ってものでしょ」
シャアは計算機を船に返す。そして、優が角を曲がったのを見て、慌ててついていく。
「ねえ、これ何処に行く予定なの?」
「え……一度家に行く予定です」
「敬語」
「……家に一回帰る。ちょっと休憩をする予定」
シャアは満足げに鼻を鳴らす。シャアには優が胃を抑えているのが見えていない。
***◆◇◆***
家に帰ると、だれもいなかった。母はどうせ男のところに行ったのだろうと優は思った。宇宙人がいると説明するのも面倒だし、ちょうどいいとも思った。
休憩するといったが、目の前に宇宙人がいて気が休まるわけがない。彼女は高度な科学力を持っているのだ。細胞単位で消滅するようなビームを撃ってくるといった非現実的なことも、起こりうる可能性がある。
優は落ち着いて、目の前の宇宙人の真意を探ろうとする。襲ってこないことから、敵意はないと信用してもいいのかもしれない。敬語をいやがる意味は分からないが、そこも友好的な関係を結びたいのかもしれない。今のところ、彼女は従順である。一方的に押し付けるということはないので、そこは安心だ。だが、彼女にとって自分を気に掛ける意図がわからない。もうすぐ滅びる下級民族をここまで気に掛ける理由があるのだろうか。
「ねぇ、なに俯いてるの? 考え事?」
優は唾を飲み込む。冷汗が額を滑り落ちた。
「ねえ、黙ってないでなんか言ってよ」
優はこぶしを握り締め、決心した。機嫌を損ねて死のうが死なないが、どうせもうすぐ死ぬのだ。その半ば投げやりな思考が、宇宙人に対しても気楽にふるまおうと、気負いせず友達のように、まるで幼いころから一緒に育ってきた幼馴染のように接しようと決断させた。
おそるおそるでしゃべってみた。今度は敬語ではなく、普通にくだけた調子で。雑談は意外にも長く続いて、シャアはこちらの話をよく聞いてくれて、この宇宙人は気のいい宇宙人かもしれないと優は思い始めた。シャアは地球の星のことや、生活のことについて聞きたがった。それに一つ一つ丁寧に答えていく。シャアへの警戒心はなくなっていた。そして優はついに切り込むことを決めた。
「ずっと気になってたんだけどさ」
「うん」
「なんでシャアは僕についてきたの?」
「そんなの決まってるじゃん――」
シャアは笑った。それは、まるで堕天をそそのかす悪魔のように、魅力的ながらも心の奥底の琴線がうごかされるような気味悪さがあった。
「君のことが好きだからだよ」
優はひどく驚いた。しかし、その後すぐに、彼女は自分をからかっているのだろうと結論づけた。どうせ、僕は宇宙人の気まぐれに付き合わされているだけなんだろうと。
「あ、その顔信じていないね」
「……そりゃそうだよ。だって僕のことを好きになる理由がないじゃないか」
「恋に理由なんて必要かしら」
「人の行動にはすべて理由があるものだよ……あ、人じゃないか」
「じゃあ、わたしがどれほど君のことが好きか言ってあげよう」
シャアは息を大きく吸って、手(といっても触手だが)を大きく広げた。それはまるで食虫植物が大きい口を開けて虫を待っている姿を連想させた。
「まず、この星が素晴らしい」
「え?」
「生きるのに適した温度。それでいて水もあるし、豊かな緑もある。それでもって砂漠や氷河などまで環境の種類に富んでいる。また、自然だけでなく文化も独特ね。面白い古代の遺跡などがしっかり残っているし、それを活用していくのもうまい。宇宙と接することなく自分たちで守ると決断できたのは偉いわ」
「ちょっと待ってよ。この地球が褒められているだけじゃないか。全く僕には関係ないよ」
「宇宙では相手の星の良いところを最初に伝えるのがセオリーなのよ」
「そうなんだ……」
「そしてなんといっても特徴的なのがこの淡いみずいろの空ね。それはまるでグラフィスト星でとれるマッコロー二の宝石を彷彿させるわ。あまり見つめていると、溶けて消えて行ってその中にある雲に混ざっていってしまいそうね」
「よく分からない固有名詞を出されても……」
「青い海と緑の大陸の対比は、透き通っていくような深みと生きる活力を感じさせるわね。どちらもより深いところに行けば行くほど色が濃くなって、より存在が強調され、どっしりと構える力強さがあるわ」
「もうういいよ」
優はなぜか照れくさくなって、会話を中断した。
想像以上にシャアの言葉が詩的で、このまま自分のことまで言われ始めたら、聞いていられないだろう。それにしても宇宙人のからかいは度を過ぎている。話を逸らそうとシャアに話題をふる。
「シャアっていったいどんな宇宙人なの?」
「まあ、ずっと地球を監視する船にいたわ」
「地球を監視してたの!?」
「ええ、ずっと」
「本当に地球人は気づかなかったんだね……」
「さすがに気づかれるほどうちらの技術は遅れてわいないわ」
「ちょっとディスられている気がするんだけど……」
「ああ、ごめんなさい」
「別に気にしてないし、事実なんだろうからいいけど。それで、今その船は?」
「今は地球人を少しでも保ぞ……生き残ることができるように人々を乗せて違う星に移れるようにしているはずだわ」
「へぇー」
「そうだ! いいこと思いついたわ。ねえ、わたしと一緒に宇宙に来ない? こんな星を抜け出して」
シャアは一歩踏み出して、優の目線の先に顔を近づけた。優はあわてて顔を逸らす。
滅亡寸前の地球を抜け出して、宇宙へ逃げる。それはとても魅力的な提案に思えた。確かに、生き延びることのできる唯一の手段に思えた。目の前のシャアの対応からしても、あまり酷い対応はされないだろう。
だが、あくまで普通の人のようには生きさせてもらえはしないだろう。さっき保存とかも口走っていたことだし、管理されるのは承知の上で、見知らぬ常識も通じぬところへ連れて行かれることになるのだ。いっそあのとき死んでいれば、というような状況になったら目も当てられないだろう。何が起きるか、何をされるかを全く想像できないのだ。苦しみがただ長く続くだけの可能性だってあるのだ。
究極の選択である。このまま受け入れることのできる死を選ぶか、それとも受け入れることすらできないかもしれない生を選ぶのか。
優は下を向いて、しばらく考えていた。黙り込んでしまった優を、シャアはじっと眺めていた。やがて、優はひとつの結論をだした。
「僕は、その船には乗らないよ」
シャアは目を見開いた。
「なんで? あなたこのままだと死ぬのよ!?」
優はシャアを見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「もちろんそんなことは分かってる。今すぐにでも船に乗って生きていくのが正しい選択なんだろう。でも、僕はこの星に生まれて、この星に骨を埋めると思って生きてきたんだ。愛星心なんてものは意識したことはないけど、どうしてもこの星を離れて生きていくことを想像できないんだ。それに、生きていくのってつらいことなんだよ……」
シャアは微動だにしないで優の話を聞いている。
「この星が滅びるって聞いた時に、僕は心のどこかで喜んでしまったんだ。これでやっと解放されるってね。ずっと、自ら死ぬまでの勇気はなかったけれど、こうなることを心のどこかで望んでいたんだと思う。僕はダメなやつだね。生物学的にも、社会的にも、倫理的にも間違っている。その船に僕の席があるのなら、どうか本当に生きたいという人に譲ってくれよ。僕にはもう生きる理由を見つけられない。無理をして苦しい思いをしてまで長生きしようという気力がないんだ……僕は疲れた……」
優は再び俯いた。シャアはしばらく黙ったまま見つめていた後、
「そう」
とだけ言って立ち上がった。そして、ずっと閉めたままだったカーテンを開け、窓からベランダに出た。優がしばらくしてそちらを向いた時には、シャアはすでにそこにはいなかった。宇宙船に帰って行ってしまったのだろう。
優は長い間、茫然として窓の外を眺めていた。
やっと景色を認識できるようになった時には、窓からは沈みゆく太陽と影となって黒くなっている街並みが見えた。オレンジと藍色の、明と暗が境界線なく混ざるグラデーションがかかった空は、なぜだか泣きたくなるほどきれいに見えた。もうこの夕日を見ることはないのだろう。人々の狂ったような騒ぎの音は気づけば聞こえなくなっていた。全員がこの状況に疲弊してしまったのだろうか。それとも、全員がこの夕日に見惚れているのかもしれない。日は最後のきらめきを残して、地面に吞み込まれた。完全な藍色の空に星々が、今度は俺らの番だ、と弱弱しい光をそらにまき散らした。部屋の中は真っ暗になり、影の中、優はゆっくりと立ち上がり、玄関のとびらをあけ、家の外へ出て行った。
日は、二度と、昇らない。
***◆◇◆***
シャアが宇宙船内に戻ると、大混乱が起きていた。
「お前、どこ行ってたんだよ」
「おら、働けよ」
「こっちは今すごい忙しいんだ」
「ちょっと手伝ってくれ」
船員たちが船内を慌ただしく駆け回り、整備や受け入れの体制を作っている。シャアはそれらを無視して自分の部屋に直行しドアを閉めた。
「あいつ一体どうしたんだ……?」
「さぁ」
「それよりそこのバッテリー取ってくれ」
シャアはベッドに倒れ込んだ。
どうしてわたしと一緒に来ると言ってくれないのだ。生きたくないのか? いろんな疑問が泡となって現れては弾けてが繰り返される。それにしても悩んでる姿も可愛かった……
「シャア、入るぞ」
ノックをして部屋の中に入ってきたのは船長だった。
「なあ、シャア何かあったのか? それにあの異常な心拍数とその他諸々はなんだ? 地球て何か事件に巻き込まれたのか?」
「違うわ全然大丈夫よ」
「……本当にか。地球が予想外の技術、武器を持っていたとかじゃないのか」
「違うって言ってるじゃないの!」
「じゃあなんなんだ」
シャアは目をそらし、壁の模様を見つめる。
「わたしはね……恋に落ちてしまったの……」
「は?」
「しかも……地球人の男の子に」
船長は額に手を当てて、いささか困惑した表情を浮かべた。
「シャア、お前一回船医に頭診てもらうか? 何か変な影響でも受けたかも知れねえ」
「わたしはいたって真面目よ。狂ってなんかいないわ」
「そうか……」
船長は大きなため息をついた。
「じゃあなおさらやめとけ」
「なんでよ!」
「星々をまたぐ恋が成立するわけがない」
「そんなのわからないじゃないの。困難でも乗り越えてみせるわ」
「どうやってその地球人は生きていくんだ。もう4時間ほどでこの星は滅びるんだぞ」
「この船に地球人はいっぱい乗るんでしょ。それにまじればいいじゃない」
「馬鹿が。その地球人は実験に使われて終わりだぞ。船から降ろしたら二度と会うことはできん」
「わたしみたいにこの船に乗せちゃたままじゃだめなの?」
「お前が特別なだけだ。この船に人手は十分足りてる。地球人なぞの力を借りる必要もない。そんなに言うなら、お前が降りたら席が空くから考えてやるよ」
「酷いのね」
「もっと酷いこと言ってやろうか?」
「聞きたくないわ」
「じゃあ聞かせてやる。もしその地球人が危ないやつだったらどうする? この船に住ませている間に内部から壊されたら溜まったもんじゃない。ただでさえ、何考えてんのか奴らは分かりづれえんだ。一時の熱に浮かされて冷静さを失うな」
「わたしの目を疑うの?」
「もっともっと酷いこと言ってやろうか」
「…………」
「お前がしているのは恋じゃなねえよ。ただ恋に恋してるだけだ。丁度いい対象がいたから、大喜びで演じてんだ。心は小さい子のままごと遊びお同じだよ」
シャアは触手で船長の顔をはたこうと飛びつくが、ひらりとかわされ再びベッドの上へ投げ飛ばされた。
「しばらくそこにいろ。頭を冷やせ」
船長は部屋の外にでてドアを閉める。その場で待っていると、泣き声が聞こえてきた。
「あいつはまだまだ子供だな。甘やかしすぎたか」
しばらくシャアは泣き続けた。その間もいろんなことを考えていた。やがて、船内が慌ただしくなっていくのを感じた。1000人の地球人が乗ってきたのだろう。きっともうすぐこの船は出発する。衝突する1時間前ほどに離陸すると言っていた。最後にせめて、もうひと目彼を見たい。あわよくば……
シャアは立ち上がる。そして、急いで部屋を出て、外に出た。
地球滅亡まで、あと2時間ほど。
***◆◇◆***
優は一人で夜の街をブラブラと歩いていた。今考えると、宇宙人とついさっきまで一緒にいたのが夢のようである。
空を見上げる。この空から一筋の光が降りてきて、すべてを終わらすのだろう。想像するとなんだかあっさりしていて、清々しい。街は想像以上に静かである。みんな受け入れたのかあきらめたのか知らないが、街はいたって平和で、すれ違う人が挨拶をしてきた。
「こんにちは」
「え、あこんにちは」
「いやー滅びちゃいますね」
「そーですね。そんな気はしませんが」
「あなたなんかまだ若いでしょうに、残念なことですね」
「いやいや、べつに未来にも希望が持てなかったので」
「はー、そうですか。ではまた、冥界で」
なんという特殊な状況の会話だろう。優は一人で笑ってしまった。街に電気はもう通っていない。星明りと月明かりのみが頼りだ。時には、火事が光源となることすらあった。優は高台にある公園へ向かった。そこからは街が一望できるのだ。
公園に行くと、案の定人がたくさんいた。カップルが大多数を閉めている。結局、いつもの夜の公園と変わらないじゃないかと、一人で再び笑った。柵によりかかり、街の景色を眺める。人々が世代を超えて積み上げてきた街並みは、明るいところと暗いところ、建物が残っているところと残っていないところ、多様な形が混ざり合っている。優は腕時計を眺める。しかし、あと一時間とちょっと後にはこれらも焦土となって個性もなにもなくなってしまうのだろう。なんだか寂しい気持ちになった。
ふと優は上空に大きな円盤状の宇宙船があることに気が付いた。シャアはあそこからやってきたのかな、と思った。初めて見る宇宙船は無機質で、空に浮かぶ要塞のような印象を与えた。優はふと、妖精の話を思い出した。昔の人は妖精が見えていた。けれど、人々が妖精を信じなくなると次第に妖精は見えなくなった。宇宙人も意外とそこら中にいるのかもしれない。気づいていないだけで。
あの船に乗って宇宙へいくことは想像できない。あの船の中には地球の人たちが詰まっているのだろうか。どういう気持ちなのだろう。未知への期待か、恐怖か。
「やっと見つけた……」
優が後ろを振り返ると、そこには触手を持った宇宙人がいた。
「ねえ、一応聞くけど気持ちが変わってたりしないよね」
「僕の気持ちは変わらない。僕はこの星ですべてと一緒に朽ち果てる」
「すべてっていっても地球だけよ」
「僕にとってのすべてだ」
シャアは酷く悲しそうな目をした。
「仕方ないわね」
「……そうあきらめてくれ」
「じゃあ無理に連れて行くしかないわね」
そういうとシャアはにこりと笑った。優はぞっとした。シャアの黒い目には、鈍い光しかなかった。それは優に、広大で冷たい宇宙空間を連想させた。
シャアの触手が伸びてきて体に巻き付いてくる。気持ち悪い粘液でぬるぬるとした感触を一身に感じる。シャアはもう片方の触手で、反重力物質を起動させると、宙に飛び立った。優ははじめて感じる得体の知れない浮遊感に恐怖の表情を浮かべた。
「やめてくれよ。解放してくれよ」
「しょうがないわ。一緒にいられる方法はこれしかないのだもの」
話が通じない。あまりにも一方的である。
優は思い出した。彼女が宇宙人で、それに対し自分はどうすることもできない無力な人間だということ。そして、両者には地球最深であるマリアナ海溝よりも深い溝があるということを。
地球滅亡まであと一時間。
***◆◇◆***
そのころ宇宙船内は大混乱を起こしていた。
地球人たちを広い一室に閉じ込めたものはいいものの(もちろん船員たちが暮らすところには入れないようになっている)地球人たちの対応に追われていた。
一刻も早く離陸しろとわめく人々。扱いにぶつぶつ不平をいう人々。狂ったように泣き叫ぶ人々。他にも地球人の塊のいろいろなところでわめいたり暴動がおきている。船員たちは次第に疲弊していった。こんな奴らをのせたまま長い宇宙の航海をしなくてはならないと考えると、非常に面倒だった。
一方、離陸の準備は確実に進んでいた。だんだんと機械の電源を入れていく。もう、いつでも出航できる準備は整っていた。
船長は離陸の指示を出す。船のエンジンがかかり、ゆっくりと上昇し始めた。
船長は一息ついて、水を一口飲んだ。そして、シャアの部屋へ行く。
「おいお前、いつまで寝てんだ。とっととでてきて手伝え」
返事はない。
「シャア? 寝てるのか?」
船長はドアを開け、部屋の中に入り、驚愕する。部屋にいない。まさか、あのまま地球に置いてきてしまったのか……
慌てて位置情報を見るが、この部屋を指している。ベッドの下を覗くと、位置情報ビーコンが捨てられていた。
仕方がないので、内緒でシャアの持ち歩く反重力装置付けた位置情報を確認する。位置情報はこの船を指している。それにひとまず安心するが、様子がおかしいことに気づいた。位置情報は船ではない。正確に言うと船の上だ。
***◆◇◆***
ものすごい強風でまともに立つことができない。船の突起にしがみつくことがやっとである。それに対しシャアは全く揺らぎもせず、こちらを見ている。いきなり連れてこられた場所は、宇宙船の上など、本当に理解できない。
「どうして一緒に行くって言ってくれないの?」
「…………」
「死ぬのが怖くないの?」
「もういいんだ」
「あなたおかしいよ。考え直して」
「なんども言ってるだろ。僕は宇宙には行かない」
「そう」
その瞬間、宇宙船が揺れ優は宙に舞う。
「うわぁあ!」
視界がぐるりと回って情報が錯綜する。青、黒、銀色様々な色が高速で回る中、落ちていく感覚に内臓が縮む。
優の腕をシャアが掴み、優は宇宙船の外に宙吊りになった。シャアが腕を離せば、優は真っ逆さまに落ちてしまうだろう。激しい風で自分の体が揺れるのを感じる。
ふと真下を見ると、自分がものすごい高いところまで来てしまったことに気がついた。地面ははるか彼方で、地球が丸く見えるほどに。上から見る地球は綺麗だった。小さな生活の集合が気にならないほど、大陸は堂々としていて、圧倒的厳格さがあった。
優は呑まれると思った。大きな地球に対し、自分はなんとちっぽけなんだろう。そう思うとその星はおぞましい生物のように見えた。
けど、こんな星ももうすぐ、かの隕石によって壊されるのだろう。優は視界を上にあげてはっとする。シャアが優に向かって微笑んでいた。
***◆◇◆***
シャアは優を見下す。風で揺れて、今にも落ちそうな恐怖に顔を怯えさせている。その必死な姿はなんともいえない魅力があるようにシャアは感じた。
「ねえ、やっぱり死ぬのは怖いでしょ。わたしと一緒に行きましょ」
シャアは優しく、親が子供に言い聞かせるように言った。
「さあ、自分の考えを改めてね。行くって言いなさい。これは命令です」
優がぼそぼそとなにかを話した。
「え、なんて言った? もう一回行ってみなさい」
優がシャアを睨む。
「え? ねえなんでそんな目でわたしを見るの?」
「……シャアは僕のことをなんだと思っているの?」
「そりゃ大好きな恋人だと思っているわよ」
「……心の底からそう思ってる?」
「どういうことよ。何が言いたいの」
「まず、シャアは僕のことを絶対に対等な存在として見ていないよね」
優が泣きそうな声で言った。
「やっぱりシャアは僕を振れば音の鳴るおもちゃのように思っているんだろ。もし違うなら僕の意志をもう少し尊重してくれよ。分かるか? 分からないよね!」
「意志を尊重しているからこんな場までもうけているじゃない」
「僕とシャアではなにもかも違うんだ。考え方も、常識も。一方的に押し付けるのはフェアじゃない」
シャアは苛立ってきた。言葉遣いも強くなる。
「地球を離れた後のことが怖いの? 大丈夫よわたしがその安全を保障するわ!」
「それは嘘だね。どうせ実験とかに僕を使うんだろ!?」
「わたしが保証するっていってるじゃないの! 信じてよ!」
「わかった。信じるとしよう。それでも、シャアが僕のことを嫌いになったらどうするんだ!」
「そんなことは起きないわよ」
「シャアが僕のことを見捨てたら僕はどうなるんだ。僕はそれが怖い。そんな不安定な立場は御免だ」
優はきっぱりと言った。
「僕は行かない」
シャアは絶句する。なぜそこまでに頑固なのだ。シャアは次第に目の前の彼が憎くなった。
「じゃあもういいわ。さよなら」
シャアは笑った。ひと時の楽しみをくれた彼に最大限の感謝を思って、ずっと握っていた彼の手を放した。
彼は目を見開いて、ゆっくりと地球に吸い寄せられていった。
最後まで読んでくださりありがとうございます、月野ルサです
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5作目
前作↓ 水没都市と人魚たち
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シリーズ前作↓ いまわのきわの過ごし方
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