第7話 対話と会話
帝国歴199年
帝国西部ガラパゴス村 入口前
「君たちにとって赤獅子はそんなにちっぽけな人間だったのか?」
そう語る彼の声は、どこか悲しさを帯びていた。
「イスマイール・イスカンダルと結んだ誓いは彼の死によって破棄されるようなものだったのか?」
ヤン族はよく通る彼の声に、いつの間にか静まり返っていた。
この雰囲気の中、首長が口を開いた。
「違う。私たちは彼を尊敬している。我々の自由を認め、帝国の宗教ではなく、我らの地母神への信仰を許してくれた。彼には感謝しかない。しかし、こちらも生き残らなければならない!家族を食わせなければならないのだ。赤獅子はきっと許してくれるだろう。」
表情は仮面で見えないが、どこか憤りと憔悴したような様子がうかがえる。
きっと、部族の長として苦悩しているのだ。赤獅子の誓いを守って略奪をしなければ、部族が滅んでしまう。しかし、略奪をすれば誓いを破ることとなる。
神のように崇拝していたあの方の期待を裏切ってしまう。
そんな苦悩で彼は、部族の存続を選んだのだ。
「そうか。しかし、略奪は進められないな。こちらにも備えはしてある。恐らく半分は死ぬ。」
フィリッポスの言う通りで、この村は外敵に対して一定の備えをしていた。
町の周囲には2重の堀を構え、至る所に落とし穴がある。
騎馬民族であるヤン族にとっては、不利な地形だ。
「ならばどうする!こちらに出せるものなどないに等しい!」
首長は力強く吐き捨てる。
出せるものがあるなら、略奪なんて選択をすることはなかっただろうから。
それに対してフィリッポスは答えた。
「ものはいらないさ、とりあえず冬をしのげる食料は渡そう。後は、生き延びるために必要な作物の育て方なども教える。その代わり、この村に何かあったときは、戦士を連れて助けてほしい。乗るか?」
この提案に首長は少し驚いていた。
「本当に良いのか?」
「ああ、構わない。倉庫には約1.2年はしのげるくらいの食料はある。君たちの武力と引き換えなら安いもんさ」
ケネディは恐る恐るフィリッポスに近づいてきた。
「本当にいいのか?彼らにとって破格すぎやしないかい?」
「構いません、ケネディさんもわかるでしょう。今損をしたとしても、相手と長期的な関係を築けるなら利益になるはずです。少なくとも、戦よりはいい選択肢です。」
「確かにそうだが…」
ケネディは、少し困惑していたがとりあえずは納得していた。
「彼らだって望んで戦はしたくないはず、彼らにも理性はあります。誓いを守り続けてきた彼らにとっては苦渋の決断だったのでしょう。」
このフィリッポスの話を聞いて、ケネディとヘンリーはもはや畏怖すら覚えた。
(危機的状況でも、冷静に対応する胆力・情報処理力・交渉のための雰囲気作りや相手の心に語り掛ける力もある。本当に彼は何者なんだ?)
その後、ヤン族とガラパゴス村の交渉の末、提携を結び、食料の提供と作物の育て方などを伝授することになったかわりに、ヤン族の戦士が警備・狩りなどをすることになった。
フィリッポスは、ヤン族に同行することとなり、ケネディとヘンリーがついていく事が決まった。
ヤン族の村にたどり着いたフィリッポスたちは、早速、作物の育て方や農地の使い方、保存方法などを細かく教え始めた。
その一つ一つが、彼らにとって画期的なものであったため、みなフィリッポスに感謝していた。
その夜、歓迎を含めて村で宴をすることになり、同時並行でケネディとヘンリーを中心に準備が行なわれていた。
「ただ疲弊していく我らにとって、救いのような人物が現れた!今後ガラパゴス村とは定期的に交流を図る!この選択が最良の選択肢となるように祈ろう!」
首長がそう叫ぶと、宴が始まった。
焚火を囲んで、人々は踊り、食事を食べ、笑いながら楽しんでいた。
そんな中、フィリッポス・ヘンリー・ケネディは首長に呼ばれ、首長の部屋に来ていた。
「改めて礼を言わせてほしい。本当にすまないことをした。ありがとう。」
首長は3人に頭を下げた。
「礼には及びません。こちらも村の防備を固めることができました」
フィリッポスは優しく語りかけた。
「赤獅子の誓いを破ることは、われらにとっても苦渋の選択だった。」
「どんな方だったのですか?赤獅子は」
「…」
フィリッポスの質問に首長は少し黙っていたが、口を開いた。
「彼はとにかく強かった。人を率いる力・動かす力は並大抵ではなかった。しかし、帝国の人間とは思えない考え方をもっていた。」
「考え方?」
「彼はとにかく必要のない戦死者は出さなかった。的確に核となる人物を狙い、敵の戦意をくじくのがうまかった。どれだけ殺したかで戦火を決める帝国の将軍とは違った。また、彼は信仰の自由・自由自治を認めてくれた。帝国の将軍でありながら、帝国の制度を嫌っていた。崇拝したくなるような人間だった」
ヘンリー・ケネディはその話にうなずいていた。
「その通りです。彼は帝国の民から好かれ、慕われていました。そうでなければ、歌や劇のテーマにイスカンダル様が選ばれません」
「そうだったんですか、彼は幸せ者ですね」
「だからこそ、赤獅子様が処刑されたときは怒りが込みあがってきた。ヤン族の皆も泣いていた。なぜ彼が死ななければならなかったのか..」
首長は下を向いて、涙を流した。
それに感化されたのか、ヘンリー・ケネディも泣いていた。
「『赤獅子は決して倒れてはならない』だったっけ」
唐突に、フィリッポスはこの言葉を発した。
周囲の人間が一斉にフィリッポスの方を向いた。
「なんでその言葉を?」
「赤獅子の号令、皆さんはご存知ですよね?世間では、『赤獅子は、何物にも屈せず・何物にも負けない・決して倒れてはならない』の3つまでしか知られていない。しかし、それですべてではない。」
するとフィリッポスの声色・口調・纏う空気が明らかに変わった。
「なあ、ヘンリー?」
そう問いかけられたヘンリーは、無意識に立ち上がり、赤獅子隊の敬礼をしていた。
理由は分からない、ただ体がそう動けと命令されたと認識した。
「はい。」
「号令のつづきだ。」
「はい!」
「赤獅子は!」
「赤獅子は、何物にも屈せず・何物にも負けない・決して倒れてはならない!」
ここまでは、有名な赤獅子の号令だ。
ヘンリーは、続きを叫ぶ。
『赤獅子は、名誉の死などない・泥にまみれても生き残れ』
『生き残れば、勝利はわれらの手に』
「そうだ。赤獅子に名誉の死はない!お前が守る家族・国民のために泥水をすすっても生き残らなければならない!」
このやり取りを聞いて、ケネディは動揺していた。
自分の知っている赤獅子の号令とは違う。
後半部分なんて聞いたことがない。
ヘンリーの身体は考える間もなく、反応している。
明らかにフィリッポスの様子がおかしい。
自分達が知っているフィリッポスではない。
族長は、フィリッポスの言葉を聞いて空いた口がふさがっていない。
族長は知っていたのだ。
赤獅子に付き従ったものしか知らない本当の号令。
族長は明らかに狼狽していた。
すると、フィリッポスは自分の腰巾着の中から、とある物を取り出した。
「今から見る出来事は他言無用だ。頼む。」
その晩、族長の部屋から男たちがむせび泣いている声が聞こえてきたという。
いったい彼らは何を見たのか。なぜ泣いているのか。
あの姿を出すまでにここまで時間がかかるとは...!
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