殿下、こちらには愛の問題ではないと言っておいて、そちらは愛の問題と仰る。それは、どのような理屈ですの?
「ディアーナ・イグレシア!
下らない嫉妬は止めてもらおう!
このミリアーナ・ナーテルニは弁えた女性だ。
第二夫人で構わないと言ってくれている。
ミリアーナへの嫌がらせはよせ!」
社交シーズン真っ只中の王宮の夜会で、そのような声が上がりました。
非常識極まりないですが、声を上げたのが当の王族であるために、直接関係の無い貴族は黙って、波が引くように場を明け渡しました。
私も一緒に行きたいところですが、名指しされましたので、仕方なく逆に進み出ます。
「ジョルジオ殿下。
そちらの女性への嫌がらせなど身に覚えがありません。
それよりも、我が家へ婿入り予定の殿下の第二夫人、とはどういう事でしょうか?」
私は、ディアーナ・イグレシア。
イグレシア公爵家の一人娘です。
イグレシア公爵領はこのカステルニ王国の南端にほど近く、北端に近い王都とは非常に距離があります。
そのため、私が王都に参ったのはデビュタントを行った今期の社交シーズンが初めてです。
そして、婚約者であるジョルジオ第二王子殿下とお会いしたのも、先日のデビュタント前に招かれた王宮でのお茶会が初めてでした。
本当は、もっと前にジョルジオ殿下がイグレシア公爵領にやって来て下さることになっていましたけれど、結局果たされず。こちらも強く求めませんでしたので、そのままになっておりました。
「ハッ!
誤魔化せると思うな!
俺の色を常に身に纏ったお前が、俺に心底惚れているのは明白!
俺の愛するミリアーナに嫌がらせをして、気を引こうとしたのだろうが、逆効果だ。
残念だったな!」
……驚きました。
私が常に着ているのは喪服です。
顔合わせのお茶会こそ地味なだけのドレスでしたが、それ以外は常に喪服。
いつ、咎めだてられるかとは思っておりましたが、何も言われないのがそんな誤解によるものとは。
ジョルジオ殿下は、黒目黒髪をしておられます。
黒いドレス姿の私は、確かに殿下の色を纏ってはいます。
けれど、夜会用として仕立てられたなら、光沢のある正絹、贅沢なレース、金糸銀糸の刺繍、宝石を縫い留めることもあるでしょう。
私が身に着けているのは光沢の無い黒いドレスにジェッドのモーニングアクセサリー。
明らかに喪服です。
辛うじてヴェールを着けていないだけ。
この喪服姿を咎められたら、その理由を話すつもりでおりました。
予定と違いますので、様子を見ましょう。
「ジョルジオ殿下。
繰り返しますが、そちらの女性に嫌がらせなどしておりません。
正式にお会いした事もございません」
「言い逃れはいい加減にしろ!
このミリアーナは、もう何年も前から俺のパートナーを務めている。
お前が田舎に引っ込んでいた間ずっとな。
そのミリアーナをお前は主催の茶会に招待しなかったそうだな!」
これは、思い通りの効果が得られたのでは?
チラリと父を見ると、頷かれました。しかも、いつの間にかフォルニア辺境伯様が隣に移動しておられて、辺境伯様からも頷きが返されました。
「私主催のお茶会は、私の知り合いの方々を招待させていただいております。
そちらの女性は、殿下からのご紹介がありませんでしたので、ご招待は叶いませんでした」
「では、今後はミリアーナも招待するのだな。
この俺の第二夫人として、第一夫人のお前と近い立場に立つのだからな」
これは、完璧でしょう。
父とフォルニア辺境伯様が、私の所までこられました。
「では、我が娘ディアーナ・イグレシアとジョルジオ殿下との婚約は、ジョルジオ殿下の有責で破棄。
我がイグレシア家は、カステルニ王国から離脱します」
「我がフォルニア家もカステルニ王国から離脱します。
我が息子ルクレリオも返してもらう!」
「我が家も離脱します」
「我が家も」
「我が家も」……
各家の護衛騎士がなだれ込んできて、王宮を制圧し始めます。
数は圧倒的にこちらが有利ですから、余裕があります。
「何だと!
貴様ら!どういう了見だ?!」
「まぁ、嫌だ。
それはこちらの言いたい事ですわ」
「何だと?」
「今から五年前、私とルクレリオ様の婚約を申請した折、王家からは申請の受理ではなく、イグレシア公爵家の一人娘である私にジョルジオ殿下の婿入りの話がありました」
「それは、お前が俺を望んだからだと……」
「何故、お会いしたことも無い方を?
しかも、他の方と婚約を結ぼうとしているのに?」
「……」
「当時、我が家からは先に申請を出した婚約を再度要望いたしました。
婚約の背景には、私とルクレリオ様が相思相愛だった事もありましたが、政略結婚としての意義もありました。
イグレシア公爵領は肥沃な土地ですが、南からくる魔獣の被害のために思う様に収穫は上げられませんでした。
二代前にフォルニア辺境伯家が台頭し、イグレシア公爵領の南に領土を拡大してから、イグレシア公爵領の魔獣被害は劇的に減りました。
イグレシア公爵家の一人娘に、フォルニア辺境伯家の三男が婿入りするのは、妥当な政略結婚だと言えましょう。
けれど王家からは、イグレシア公爵家の王家の血を繋ぐための意義を説かれました。
当時は私も幼かったものですから、王家からの使者となっていた王弟殿下に『愛するルクレリオ様との仲を引き裂かないで』とすがったものです。
親戚の誼で不敬は不問にしていただけたものの『王侯貴族たるもの愛を行動の理由にすることは出来ない』と言われましたわ。当然ですわね?
ですので、お聞きしますわ。
婿入り予定の公爵家で、男爵家の庶子を第二夫人にしようとする、それはどのような意義をお持ちで?
殿下、こちらには愛の問題ではないと言っておいて、そちらは愛の問題と仰る。それは、どのような理屈ですの?」
まぁ、もうしゃべれませんわね。
「ディアーナ!」
「ルクレリオ様
良かった!ご無事で」
王命で婚約相手を挿げ替えられただけでなく、本来の相手であるルクレリオ様も連れていかれてしまいました。
表向きは、宮廷騎士団に従士としての出仕の話でしたが、亡き者にするための名目のようにしか思えませんでした。
以来、ルクレリオ様を思い、喪服を纏う事にしました。
もし生きていらっしゃったとして、もう結ばれる事がありません。
自分の恋心を弔ったのですわ。
ですが、フォルニア辺境伯様達は諦めませんでした。
人質のように取られた貴族子女は、ルクレリオ様以外にも大勢いたのです。
近年の王家の横暴に耐えかねた貴族家をまとめ、今日の反乱、いえ、革命の準備を進めたのです。
出来る限り犠牲を少なく、そのために、味方を増やしました。
そして、最後に王家側についていた家も、ジョルジオ元殿下によるイグレシア公爵家の乗っ取り宣言を意味する第二夫人の話で王家を見限りました。
以前からそのような話は回っておりましたので、今日は確認の日でした。
ジョルジオ殿下の婚約者である私が喪服で現れ、話の発端となるはずでした。
まさか、ジョルジオ殿下本人から、あのような切り出され方をするとは。
お陰で、各家の最後の決断からしばらく時間も稼げました。
しばらくは、血生臭い日々が続くでしょう。
憎まれ者の王家の血を継ぐ我が家も安泰とは言えません。
ですが乗り切って見せましょう。
こうして、愛する人を取り戻せましたから。
「ディアーナ。どこまでも一緒だよ。
仮令地獄の底でも」
「もちろんですわ。ルクレリオ様。
ですが、まず生き延びましょう」
愛する人と手を取り合って、進んでいきましょう。
仮令、血に濡れた道でも。
国王と王妃、成人済みの王子二人は捕らえられ、公式には病気療養のためとして実質的に幽閉されています。
王族の中で、王族の横暴に唯一対処しようとしていた王弟殿下に即位していただきました。
旧国王一家で王女殿下だけが、穏健派と思われた事と未成年であった事により、新たな国王陛下に保護されています。
隣国との交流の多いフォルニア辺境伯様達により、貴族家による議会、というものができました。
その議会で、憲法というものを作るそうです。
憲法は国王陛下でも守る必要のあるもの。憲法が出来れば、これまでのような王族の横暴に対処できます。
議会の立場は、国王陛下と同等になりますので、こちらでも王族の横暴に対応できます。
憲法など全てが整いましたら、幽閉された旧国王一家は裁判にかけられ、公式に処刑されることになるでしょう。
ルクレリオ様は助かりましたが、間に合わなかった方々も多く、旧王家は恨みを買いすぎました。
私は、イグレシア公爵家の次期後継として、忙しい毎日を送っています。
ルクレリオ様との婚姻を急いで済ませながら、ルクレリオ様と共に、憲法を作る側に加わらなければなりません。
今後の自分達を守るためにも、重要なものを作る場には参加する必要があります。
議会に参加する立場には殿方が多いですので、多くの貴族女性からは、数少ない女性議員となる予定の私に派閥を超えて期待が寄せられています。
手探りな事も多く大変ですが、今が正念場です。
頑張って参りましょう。
「ディアーナ、一人で頑張りすぎないで。
僕もいるから」
「ええ、ルクレリオ。
頼りにしているわ」
そっと抱き合い、口づけを交わしました。
このような時間を多くとる事が出来ない事だけが今の不満ですね。
読んで下さってありがとうございます。
アホな事を言う王子を口先だけでやり込める令嬢を書こうとして、なぜか革命になった。。。