表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
即身像  作者: 面映唯
第一章
6/48

「やっぱ二重尾行は快感だねえ。自分の方が強いと思いこんでる奴は、普段から周囲に気を払うやつでも簡単に成功しちまう。馬鹿だよなあ。ヒントなんていくらでもあったのに。後ろ振り返れば俺の負けでいいと思ってたのに振り返りもしねえ。よっぽどお前に気があったんだな。にゅーー羨ましいぜ。俺とは大違いだ」


 にゅーーってなんだ。浅比は足元に横たわった小春の身体に視線をやる。しゃがみ、ほっぺたをつんつんと人差し指で突ついた。人差し指には粉のようなものがついた。ファンデーションで上手く隠しているようだが、肌に弾力がない、化粧水だけ塗っているのか濡れて乾いた新聞紙のような触り、すなわち荒れていた。にもかかわらず、その荒れた肌でさえ男の肌に(かな)ってしまうとはどういった道理なのだろうか。浅比は数秒頭を悩ませた。


 至った結論は、女性だから、というものだ。生まれながらに男は力、女はそれと引き換えに肌や身体の曲線美を手にするというわけだ。大抵、運河に足を踏み入れる部外者は男なのだが、稀に女も現れることがある。その度に誰かが手を打つ。女、というものにほとんど触れてこなかった浅比は、女という存在に好奇心を抱いていた。女が路肩で気を失うたびに、身ぐるみをはがした。自分の裸は幾度となく見てきたが、女の身体はそうそう目にしてこなかった。闇に溶け、月明かりに透けた女の肌は、きめ細かい。目視だけでわかる肌の質感、柔らかさ、滑らかさによく驚嘆したものだった。


 この女、小春も同様だった。身ぐるみをはがせば、柔らかそうな白い肌が露になる。直接空気に触れることで質美が増す。白色の蛍光灯やLEDではなく、暖色の電球。月明かりが最高だ。月明かりに当てれば、きめ細かい肌の斜線に光が溶け込み、一層白く、赤ん坊の様な透けた乳白色に映る。


 しかし、それは身ぐるみをはがしてはじめてわかる事実だった。人間は普段から服を着る。肌を覆う。唯一露出しているのは手、足、顔ぐらいだ。長年露出してきた怠りか、小春の頬は鎖骨下の肌と比べて見れたものではなかった。見れたものではないが、男のそれとは違う。生まれ持ったものだからだ。生まれ持ったものはいくら劣ろうが、他人の上をいく。


 それにしても綺麗な裸体だ、と浅比は立ち上がって見下ろした。余計な脂肪がないのは胸だけではなく腹、脚も同様だった。うっすらと浮かぶ腹直筋の縦と横の筋。太腿も同様、大腿筋が目視できる。きっと何かスポーツでもやっていたのだろう。皮下脂肪が少ないのは全身どこを見ても明らかで、脚は細く、ひらめ筋は美しいという他ない。きっとどんなスポーツでも上の方に行けるだけの運動神経があるはずだ。


 人はやはり見かけによらない。覆った皮を剥いでやれば原石が現れるのだ。この小春という女はきっとそれを自覚していたのだろう。そしてそれを上手く使った。身体の作法は手慣れたものなのだろう。それだけにもったいない。それだけ頭が切れるのに、スポーツ選手にも起業して社長にもならなかった。この場で処分しなければならないというのが実にもったいない。


【雲河に立ち入った者は何人たりとも排除(デリート)】嘗てそれがここの(ことわり)だった。今では取引しに現れた者は生きて返すこともあるが、彼らは殺されても文句は言えない。


「さっさとやっちまうか? この女。それとも丑首(うしくび)の野郎にやって借り作っとくか?」


 伊都(いと)はそう言うが、丑首にやって女が喰われるのではもったいない気もした。


「さて、どうしましょうか」浅比はそう言いながらも、いつも通り、あらかたのことは頭の中で浮かんでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ