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即身像  作者: 面映唯
第一章
3/48

 数時間前のことだ。


 四限が空きコマだったため学食に立ち寄った。大学に入学してから学食に訪れたことは一度もない。浅比は大学のキャンパス内で食事をとることがほとんどなかった。大学生は皆コンビニや学食で昼食を済ませるらしい。空き教室やキャンパス内に複数置かれているベンチ。そこで昼食をとっているのをよく見かける。入学して一か月だったが、幾度となく見た光景だ。二限と三限の間、キャンパス内を歩けばベンチに誰かしらは座っている。講義を受けるために向かう教室の隣には、食事をとっている者をよく見かけた。その多くが複数人だった。


 一人で昼食をとっている者。確かに見かけなくはないが、多くが二人で一セットだった。


 浅比が学食を訪れたのは、経験の一部に過ぎない。好奇心――確かにそれもあったが……いや、それが一番の理由だった。


 そうして浅比は学食内に足を踏み入れた。


 基本的に飯を食べる行為すらも面倒だと捉える浅比にとって、そこは異様な光景だった。食券機の前にできる列。窓口で食事の完成を待つ列。テーブルに複数人が向かい合い、何か話している。打ち合わせをしている。一途にノートパソコンに向かう者。ただただ食事だけをとりに訪れ、数分後には席を立つ者。彼らは多様だった。「学食」という場所の多用さに心底驚いた。学食は、単に飯を食べに来るところなのかと思っていたからだった。


 浅比が何か食べようと思ったことに深い意味はない。寧ろ億劫に思ったくらいだが、「学食」という文字が頭に浮かんで消えない。学食に来たからには何か食べて帰らないと失礼だろう。前に一度入った洋服屋の記憶が蘇った。店員に話しかけられ、「これとか似合うんじゃないですか?」と言われてからは店員のペースだった。口下手な浅比には抵抗する術もなく、言われるがままに勝手に何着も試着させられ、ここまでしておきながら買わなければ出られない、といった印象を植え付けられた。


 その日は痛い出費だったが、ここはたかだか学食だ。数百円支払えば出られる。食券機に百円玉を二枚入れ、かけそばのボタンを押した。


 空いているテーブルに座ると、浅比はすぐにかけそばに手を付けた。大した量ではなかった。それもそのはずだ。この値段なのだから。数分で食べ終わり、箸を置いた。


 隣のテーブルでは六人の男女が楽しそうに話していた。その光景を少し眺めていたかったのだが、彼らたちにしてみれば、自分らの話を隣で一人座っている人間に聞かれるのも不快だろう。浅比は口に水を含んだ。水を含もうと顔を上げたときに、目線の奥に二人の女学生が見え、一瞬鼓動が高まった。しかしすぐに()む。入学して一か月だが、キャンパス内、講義室、大学内で話しかけられたことは一度たりともなかった。


『ねえ、あの人いいんじゃない?』


 女子生徒の一人の指が此方(こちら)を指しているように見える。相手は立って居て、自分は座っている。自分の後ろに彼女らが指差した人物がいるのだろうと浅比は思った。予想通り女学生二人は近づいてきた。通り過ぎて後ろの者に話しかけるだろう。その考えに反して、女学生二人は浅比の前で立ち止まった。一人が腰を折りながら「ここ空いてますか?」と問う。大学で人と話すことが久々だったからか、浅比は慌てて口にしていたコップをテーブルに置いた。コップ内の水がテーブルの上に弾けた。慌ててポケットからティッシュを取り出して忙しなく拭く。「あ、どうぞどうぞ。もう食べ終えたので」しわくちゃになったティッシュと残りのティッシュをポケットに押し込み、お盆を持って立ち去ろうとするが、「待って」と制止される。待ってと言われようが立ち去ればよかったのだが、浅比は振り向いてしまっていた。


「今日の夜空いてますか?」


 これも経験の一部だと浅比は思った。


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