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そっとドアノブに手を伸ばした。
引いた。
軋んだ音とともに扉が手前に動く。
鍵はかかっていなかった。
扉の隙間に自分の身体を刷り込ませるように入り、音を立てないようにゆっくりと扉を閉めた。
振り返る。
部屋の明かりは灯っていない。ワンルームのようだ。三和土と床のフローリングに段差はなく、上がるとすぐ右手にコンロがあった。奥には六畳程度の部屋があった。律儀に靴を脱いで上がる。
埃臭かった。誰も出入りしていないのだろう。部屋で目立ったものはブラウン管のテレビくらいだった。VHS一体化のものの様で、テレビの下にはビデオテープを入れる穴があった。電源が入っているのか、画面は砂嵐だった。ザー、という砂嵐特有の音が聞こえている。
沢田は床に転がっている免許証を手に取る。
「麻村忠義……」
有効期限は平成34年になっていた。顔写真も大学生くらいの若い男性の顔立ちであり、比較的新しいもののようだが、雲河の人間は戸籍を持っているのだろうかと疑問に思った。運転でもしたかったのだろうか、なんて馬鹿な疑問も浮かべた。運転したいなら免許なんか持たずに運転すればいいし、一から教習所に通って免許を取りたいなら彼らには取引がある。誰かを殺す代わりに免許をくれ、と言えば、喜んで承諾する人間が多くいるはずだ。
思い出した。この麻村という男、あおり運転の常習犯として沢田から紹介された男だった。ではなぜ、その男の免許証がこんなところに……。
「気に、いった?」
沢田は咄嗟に免許証を隠すようにポケットにしまい、即座に振り返った。人が立っていた。無意識に後退ろうとしたとき、フローリングにたまった埃に足を滑らせ尻もちをついた。
立っていたのは女の子の様だった。髪は伸びきっており、腰まで長さがあった。白かっただろうウサギなのかクマなのか、よれよれのぬいぐるみを抱いている。顔立ちも伴って幼いように見えた。着ている白のタンクトップはくすんでおり、焼け焦げたように破けて臍が露になっている。部屋着のような丈の短い黒のショーツ履いているせいか、ほっそりとした足がすっと伸びていた。腿の側面には刺青が入っているようでショーツからはみ出している。裸足のようだが、爪にマニキュアのようなものが塗ってあった。
「わた、しの、趣味なの」
彼女は、ぬいぐるみと一緒に手に持っていたコンビニのビニール袋をひっくり返した。ばらばらと中身が埃まみれの床に散乱する。その一つがフローリングに跳ねて沢田の元にまで届いた。沢田はそれを手に取った。
「これ……」
見上げると、ぼさぼさの髪に似合わず彼女は微笑んだ。
「かわ、いいでしょ。あん、なちゃん」
手を伸ばし別の免許証を手に取る。
「かっこいい、でしょ。たく、みくん」
「これ全部免許証か?」
どうやって集めたのかはわからないが、彼女の趣味はどうやら免許証を集めることの様だった。
「さわ、だくん。どうして、このへや、きたの?」
「えっと、どうしてっていうか……」その前になぜ俺の名前を知っているのだ、と聞きたかった。が、喉まで出かかって言葉を飲み込む。
「丑首さんに言われて……」
「うん。しって、る。にげて、るんで、しょ?」
「え、なんで?」
「さっき、話してたから」
もしかして、丑首の部屋にこの子はさっきまでいたのだろうか。
「うし、くびさ、んが私の部屋、しょう介す、るのは、私を、たよっ、てくれて、る、とき」
「う、うん?」
「ご、ごめんね。しばらく、話してなかった、から、つっかえちゃう。きき、づらい、よね」
「いや、そんなことないそんなことない」沢田は咄嗟に否定していた。「全然言ってることわかるよ」
「そっか、よか、った」
彼女は頬を引きつらせながら微笑んだ。




