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即身像  作者: 面映唯
第一章
13/48

13

 体が震えた。夜の寒さではない。今は昼だ。


 何度立ち入っても思うことは同じだった。沢田は何度か雲河に訪れていた。理由は当たり屋として己の偽善を満たすため。正当な方法で不届き者を更生させることができるのは、物語の熱血教師ぐらいだ。現代に不届き者を更生させた大人は何人いるだろうか。何人だろうとその全員が反面教師。教えを諭す鑑には程遠いはずだ。たかだか数人更生させたところでこの世界は変わらない。たとえ誰かが日本を平和な国にしたところで変わらない。死刑制度のない海外の人間たちはこぞって日本を目指し、船に乗るだろう。治外法権も領事裁判権もあればの話だ。その二つを撤廃したところで拉致られるのは目に見えている。平和ボケするにはまだ早い。


 人間は奥が深い。


 万人が平和な世界に賛同するなどありえないことだ。社会主義を取り入れようとしたどっかの国は消えた。


 でかい夢を抱くことは悪くない。ただ、沢田には性に合わなかった。手短な幸福を手に入れた方が心地よい。だから、雲河に足を踏み入れた。あおり運転をする人間を脅してみたかった。たったそれだけのことだが、沢田はあおり運転の常習犯と対峙して脅すたびに、満たされた。


 沢田も反面教師だ。神ですら複数いるのだから、この世で尊敬に値する存在は皆無だった。信じられるものは何もなかった。じゃあどうして生きる? 心臓が動いてしまうからだ。止まってもいい、そう思うから法の向こう側へと足を踏み入れられた。


 何度立ち入っても身体は寒気を感じた。沢田は神でも殺し屋でもない。度胸は周りの人間に比べればある方かもしれないが、それでも一般人だ。死にそうになったら死にたくないと訳もわからず乞うだろう。恐怖を感じたら反射的に逃げるだろう。それが人間だ。死など恐るるに足らない――しかし体は正直だ。思想と普遍的人間の代償の相違。じれったいが、受け入れる他ない。


 住宅街の一角を曲がれば現れる塵溜めの山。そこに上って見る景色はさぞ汚いことだろう。塵溜めの山を囲うように建つ古びた高層住宅。明かりはどの部屋にも灯っていない。それもそのはずだ。今は昼だ。


 昼に来ても夜のような景観を抱かせること自体がおかしいのだ。物理的にあり得ない。


 それだけ雲河は異質だった。


「やっぱ、何度来ても慣れないわね」片丘が胸の前で腕を組んでいた。今日は一段と化粧が濃い。先日とは似ても似つかない。ギャルの様で別人のようだ。


「みんなそうなのか。昼なのに震えがやまない」和久井が膝を震わせた。和久井は来るのが初めてのはずだ。それもそのはず。


 沢田は溜息をついた。そして意を決したかのように目を見開いた。本来一人で来るはずだった場所に三人で来ることに決まったのはつい昨日のことだった。沢田は雲河に来る今の今まで寒気は感じないだろうと半ばやけくそに思い込んでいた。覚悟を決めて訪れたはずだったが、この様だ。三人で来た。他人など信用しない沢田だが、そのことにひどく安心感を抱いた。同時に寂寥感を抱く。信頼していないとはいえ、顔見知りが目の前でぐちゃぐちゃになるのは見たいと思わなかった。


 二人は多分知らない。雲河の本性を。沢田ですら素性は知り切れていない。


 素性の知らない場所に飛び込むのはひどく怖いことだ。沢田の身体が言っている。膝が痙攣したかのような錯覚を抱かせた。この、人間が抱かずにはいられない恐怖感を取り除けたらきっと心地よく逝けるのだろう。鳴り響く警音を無視して無謀な対象へと飛び込み、返り討ちに会ったとしても息の根が止まるまでの数秒、間近に迫った死への恐怖はないのだろう。


 沢田は口角を上げた。


 ――やってやる。


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