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即身像  作者: 面映唯
第一章
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「廣瀬、来れなくなったらしいよ」

「知ってるよ。さっき一人断られた」

「あーなに? それで機嫌悪いの?」

「違うわよ。物騒なことする輩もいるんだなあって怒ってんの!」


 昨日昼頃、栃木のパチンコ店で現金輸送車を強奪して逃走。現金輸送車の中には約三百万円が――と学食内にあるテレビからちょうど報道が聞こえ、小春(こはる)咄嗟(とっさ)にごまかした。


 黎明(れいめい)大学――学食の券売機で小春と香奈(かな)は食券を買っていた。小春の取り出した財布がブランドものだったため、香奈が「また財布新しくしたの?」とにやにやしている。


「自分で財布なんて買う訳ないじゃない」当然、香奈もそれは承知の上で聞いていた。「珍しく気に入ったデザインだったから使ってるだけ」取り出した小銭を入れ、小春は二回ボタンを押した。吐き出された食券を取り、学食内に入ろうとしたが、取っ手に掛けようとしていた手を引っ込める。ドアのガラスに香奈が腕を組んでいる姿が薄っすらと映っていた。香奈は品定めするような目つきでガラスの向こうにある学食内を眺めていた。


「誰かいい人でも見つけた?」

「そんな人、この大学にいる訳ないじゃない」香奈はそれが当然といったように答えた。


 しかし、学食内を眺める目つきは変わらなかった。そこで小春は気づいた。香奈はいい人を探しているのではなく、廣瀬の穴を埋める人物を探しているのだと。勿論、外見重視のはずだ。


 廣瀬は外見はいいが、性格に少し難があった。単刀直入に言えばむっつりというやつだった。正直何を考えているのか傍目からではわからない。こちらが話しかければそれなりに返ってくるのだが、話題は盛り上がらない。外見がいいだけに実にもったいのない男だった。


 おまけにむっつりの後にはすけべが続く。話は盛り上がらない割に飲み会の後に女を家に連れて帰ることだけは考えているようで、「今日、どう?」と訊かれた女子生徒は数多に上った。誰でもいい、やることしか考えていない、せめて前戯の前戯、飲み会での会話くらい付き合ってくれてもいいものだ。それくらい素っ気なく、他人と会話することに興味を示さなかった。けれども、家に女は持ち帰りたい。図々しいったりゃありゃしない。おまけに行為は自分任せ、下手糞。強く刺激すれば快感を覚えると思っている典型だった。快感を覚えるのはそんなところではないと一生気がつかないのだろう。


 顔はよくてもそれ以外が猿以下。比べられる猿にも失礼だ。それでもやはり、人間の顔というのはプライオリティの一番上に位置する。前提条件みたいなものだった。どれだけ優しくても鼻息が荒ければ()える。行為の最中にふと見たその顔が不細工であれば、一瞬で目が覚める。恍惚(こうこつ)に達していなくても、小春であればその場から逃げ出すことになるだろう。であれば、行為が下手糞であったとしても顔がよければいくらか許せるはずだ。乱雑に扱われても、いくらか許せる気がするのだ。当然小春は、の話だが。


 廣瀬は例外だが、経験上優しい人間というのは大抵顔が整っているように思えた。その逆、顔がよくても扱いが雑な男はいても、顔がブスで優しい男はそうそう見ない。きっと顔がブスなら心まで歪んでしまうのだろう。勿論、小春の生きてきた二十数年の中での話だ。ニ十数年の中で出会っていないというだけで、例外は腐るほどあるだろう。


 人に優しくしていればきっと顔も誰かにとっては綺麗に見える。それがカリスマ性であったり、芸能人の本質なのだろう。渋谷に行けば、ハチ公前で可愛いティーンネイジャーを五人は見つけられるだろう。銀座を歩けば、大人の色気を漂わせた美人ばかりだと知ることになる。ではなぜ彼らは芸能人ではないのだろうか。なれるけどなりたいと思わないという実に不愉快な理由か? 芸能人はブランド化されているから? オーディションで受かる人材、オーディションで見極める側の心情、根源は不明だが――。


 そのときふと先日小春の受けた講義で出てきた秋葉原の事件を思い出し、世の中言い切れることなどないのだろうと我に返る。


 ブスはどう生きればいい。実際、小春も顔が整っているとはお世辞にも言い難いことを自覚していた。汚い女に男は振り向かない。しかし、男は金を持っていれば女に振り向いてもらえる可能性がある。男はもし顔が汚くても金を稼げばいいのだ。じゃあ女は? ブスで汚い女はどうすればいい。


 どうしようもない。せめて心だけは清潔でいようと志し、いつの日にか愛嬌を褒められる日を待つ。高校時代、好きな先輩に告白し振られたあの日、小春は確かに誓ったはずだったが、今の小春は待つどころか心が綺麗ですらない。


 汚い女には汚いやり方の方が当然理に(かな)う。態々(わざわざ)綺麗にならなくとも、汚いままで大輪を咲かせる華だってあってもいいはずだ。それがたとえ枯れたようにみすぼらしく咲く華であっても。

「あの人、顔はいいね」と香奈が呟く。どこどこ、と小春が聞く。小春は香奈が指す人物を見つけると、「ああ確かに」とは思った。が、遠くから見ても分かった。六人掛けの席に一人で座り、服装は小学生の頃に母親から買い与えられたような柄だった。見るからに挙動不審で、被害妄想が強そうに思えた。所謂(いわゆる)、現代で言う陰キャという人物に当て()まっていた。


 そのことは香奈も重々承知の上でだろう。顔がいい人を探しているのだから、「顔がいい」その一点に当て嵌まってさえすれば陰キャ陽キャなんて関係ない。極論、クズでも犯罪者でもいいのだ。


「意外と多いのよねえ、陰キャだけど顔がいい奴。化粧と同じで、髪型とか眉毛で結構変わるのにやらないのよねえ男は」

「でもあいつにするの? 見てるだけで笑っちゃうんだけど」小春の見ていた男は、隣のテーブルに座っている六人の会話を盗み聞きしているように見えた。突然きょろきょろと左右に首を振った。そして口元に手を当て、にやにやと笑みをこぼした。それを見た小春は、思わず噴き出した。「きもっ」つられて香奈もぎゃはぎゃはと笑った。「ひとりでニタニタしてるー。うけるー」


 笑い終えた香奈が手を叩いた。


「きめた。あの人で行こう。明らかにきもいけど、水飲んでるときに話しかけたら水こぼし出しそうでわろける。散々人を見定めてきた私の勘が言ってる。あの人ただならぬオーラ発してるわ」

「あーただならない人だねあの人は。確実に」小春は賛同した。同時にオーラ――そんなものが目に見えてわかるのだったら、きっと私は誰にも相手にされなくなるのだろうなと思った。オーディションで見極める側の人間や、原宿のスカウトマンはすでにその能力を手にしているのだろうか――。手にしていた食券は手汗でくしゃくしゃになっていた。それを見て我に返る。


「早く声掛けに行こう」



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