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第7話 祭りの後



「夢……だったのかしら?」


 私は寝室のベッドの上で目を覚ました。


 目を擦りながらベッドを下り、カーテンを開けると太陽の光がまぶしく部屋の中に差し込んできた。

 その日の高さから今はお昼時という事が分かる。


 どうやら寝坊してしまったようだ。

 でも昨日は一日中働いてたから仕方ないよね。

 それにいつも朝早く私を起こしにきてくれるメイドも今日は来た様子がない。

 昨日は夜遅くまで宴が続いていたはずだ。

 きっと屋敷中の皆が私のような状態なのだろう。


 これは珍しい事ではなく、【お盆(ソウルトレイ)】の翌日は本人たちが望めば無条件で休暇を取る事が認められておりそれを咎める者は誰もいない。


 しかし寝ていてもお腹は空く。

 私のお腹の虫が昼ご飯を催促するようにぐうと鳴った。


「さすがに料理人ぐらいは働いていてくれるといいけど」


 私は急いで身支度を整えて寝室から出るとそのまま食堂へと足を運んだ。


 それにしても静かだ。

 いつも屋敷の中ですれ違う使用人の姿も今日は見えない。


 おかしい。


「何かあったのかしら?」


 私は胸騒ぎがして食堂へ走ったが誰ともすれ違わない。


 食堂にも人の姿もなかった。


 このサンクタス王国では【お盆(ソウルトレイ)】の翌日は自宅に籠ってご先祖様の霊魂が天に帰るのを見送るという風習がある。

 伯爵家の身内全員が外出しているとは考えられない。


「いったいどういう事なの!?」


 何らかの異常事態が起こっているのは間違いないけど、人がいない以外に何の手がかりもない。

 現状を打破する為にどうすればいいのか必死で考える。


「あ、そうだ。私には巫女の力があったんだ」


 困った時は霊頼みだ。


 近くを漂っている霊魂に何があったのか聞いてみればいいんだ。


 術式に必要な道具は祭壇の部屋に置いてある。

 私は昨日【口寄せ】を行った祭壇の部屋へ向かい勢いよく扉を開いた。


 ガラッ。


「え!? 何これ……」


 祭壇の部屋の中は異様な熱気に包まれていた。

 辺り一面人、人、人。

 屋敷中の人間がこの部屋の中に集まっているようだ。


「だから誰ともすれ違わなかったのね……」


「これはシルヴィアお嬢様、昨日はお疲れ様でした。お身体は大丈夫ですか?」


「はい私は平気です。それよりも皆さんは何をされているんでしょうか?」


「あそこをご覧下さい」


 私は使用人が指差す方向に視線を移した。


「いくら殿下と言えどもそう簡単に娘をやれませんぞ! 欲しければ私の屍を越えて行かれよ」


「望むところですエルリーン卿!」


 家人たちの狂騒の中央では祭壇の部屋の中央でリストリア殿下とお父様が真剣な眼差しでチェスを差していた。


 二人が私に気付いて声を掛ける。


「おう、目が覚めたかシルヴィア。今良いところだから邪魔をしないでくれ」


「シルヴィア、俺は必ずエルリーン卿を倒してみせる。そこで見守っていてくれ」


「……お二人は何をされているんですか?」


「旦那様がリストリア殿下に試練をお与えになったのですよシルヴィアお嬢様」


 私の疑問に答えたのは老執事セルバンティウスだ。


「試練?」


「エルリーン伯爵家を継ぐ資格があるのは智勇を兼ね備えた者のみと決まっています。リストリア殿下の武勇は存じていますので、後は軍略にも通じるチェスというゲームで旦那様に勝つ事でその智謀を示すよう旦那様が課題をお与えになったのです」


「え? リストリア殿下が伯爵家を継ぐんですか?」


「シルヴィアお嬢様の婿となれば必然的にそのようになりましょう」


「婿? あっ、昨日のは夢じゃなかったんだ……」


 あの出来事が現実だと理解した瞬間私は恥ずかしくなり顔が真っ赤に染まった。


「でも伯爵家を継ぐのは私じゃなくてクローディアの配偶者となる人じゃありませんでした?」


「はい、それについてですが……」


 セルバンティウスは一瞬間を取り、言いにくそうに口を開いた。


「ラング殿下が次期国王となった暁には婚約者であるシルヴィアお嬢様は王妃となるはずだったのでそのような話になっておりましたが……」


「そっか、私ラング殿下から婚約を破棄されて帰ってきちゃいましたからね。クローディアには悪い事をしてしまったかしら?」


 私は意図せずクローディアからエルリーン伯爵家の次期当主の妻となるはずの立場を奪い取ってしまったようだ。


 そもそも私は伯爵家令嬢という身分に固執している訳ではない。

 もしクローディアが望めば私は喜んでその立場を妹に譲ろうと思う。


「それにしてもお父様も酷いです。私の意思を無視して勝手にそんな話を進めるなんて……」


「シルヴィアお嬢様はリストリア殿下がお相手ではご不満ですか?」


「別に嫌ではないですけど……まだ心の準備が……」


 元々ラング殿下との婚約を結ばされた時は貴族の結婚とは周りの都合で好きでもない相手と一緒になるのが当然だと諦めの気持ちが先に出ていたけど、リストリア殿下が相手となると話が違う。

 まるで初めて恋をした少女のように高鳴る胸の内に私は戸惑った。


「これでチェックメイトですな」


「ぐっ……そんな手があるとは……」


 一進一退の攻防はお父様に軍配が上がった。


「もう一度手合わせを願います!」


「宜しいでしょう」


 その後もお父様とリストリア殿下の対戦は幾度となく行われたが結局お父様の全勝で終わった。


 がっくりと項垂れるリストリア殿下に対してお父様はふふんと得意満面な笑みを浮かべながら言った。


「この屋敷においでなさった頃と比べると一段と腕を上げられましたな殿下。しかしまだまだ詰めが甘いですぞ」


「くっ……さすがはエルリーン卿、一筋縄ではいかないようですね。だがこれで諦めた訳ではない、次こそは必ず勝たせて頂きます」


「ふふふ、何時でも受けて立ちますぞ」


 両者はお互いの健闘を称え合いガッチリと握手をする。

 その瞬間周りで試合を観戦していた使用人たちの歓声が一段と大きくなった


 よく分からないけど皆楽しそうだ。


 その時私のお腹の虫が一段と大きく悲鳴を上げた。


「皆さんそろそろお食事にしませんか?」




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