第38話 革命
ハインケルたちの聞き取り調査を開始してから半日後には彼らが保有しているほぼ全ての情報を聞き出す事ができていた。
それによってレイチェルやエクスディア侯爵が王国を牛耳る為に行ってきた悪事の数々、そしてそれに協力していた者たちの全容が一気に明るみになった。
特に消息が分からなかった第四王子レントンと第五王子ロンドが王宮の地下に幽閉されている事が分かったのが大きい。
王都から次々と人がいなくなっていく中で彼らの世話係は残って世話を続けていたそうで、獄中とはいえ病に蝕まれたりする事もなく健在だそうだ。
これもラングと違って良識を持っている二人の王子の人徳によるものだろう。
お父様がアルス伯爵へ使いの者を送り入手した情報を共有させると翌日にはルーク殿下が弟たちの救出の為に兵を率いて王都へ向かった。
少し遅れてラングがサルモン川で水神ヒュドラを鎮める儀式の最中にやらかして行方不明になったというニュースがエルリーン伯爵領にも入ってきた。
「ああ、だから事故が怖いから儀式は素人なんかには任せずに私たち巫女に依頼するように忠告したのに……」
私は案の定な結末に溜息をついた。
ラングがいなくなった事によって、中立を保っていたテティス公爵も重い腰を上げてルーク殿下への恭順の意を表明した。
王妃レイチェルはサルモン川のほとりで魂が抜けた様な状態で発見され、家臣たちに連れられてエクスディア侯爵領に帰っていったそうだ。
時折何かに取り憑かれたように「シルヴィアに嵌められた! ラングが水神に連れ去られたのはシルヴィアの陰謀だ」と大声で喚いている姿が目撃されていたそうだが誰からも相手にされず、ついには屋敷の地下室に隔離されたという。
それよりも民衆の関心は既に次期聖女の選出に移っている。
レイチェルが女神への祈りを放置していた為に王国を包んでいた結界は殆ど消滅しており辺境では魔物達が我が物顔で闊歩している。
近々教会の司祭たちが各地のシスターを集めて大規模なオーディションを行うらしい。
そしてラング派の筆頭であったエクスディア侯爵本人は今更独立勢の盟主であるルーク派に鞍替えする事も許されず完全に孤立した状態になっている。
既に多くの領民たちが領主を見限って地方へ流出しており、この国の地図からエクスディア侯爵領が消えるのは時間の問題だろう。
領民を失った領主の末路は悲惨の一言だ。
地下に隔離されているレイチェルともども物乞いや奴隷などに身を落とすのが関の山。
かつてその格差に耐えられずに自害を選んだという没落貴族の話も珍しくない。
ルーク派からラング派に乗換えたエディー公爵も同様の状態だ。
諸侯からは裏切り者として吊し上げられるばかりか、領民に課していた過酷な労働も問題になり、公爵家の取り潰しは免れないと聞いた。
私は彼らの行く末を想像して一瞬憐みの感情を覚えたけど、良く考えれば自業自得なので直ぐに忘れた。
そんなこんなで私がラングから婚約破棄を告げられて実家に帰ってから僅か数ヶ月の間に国内の政情は急変し、全ての人達にとって目まぐるしく多忙な時間が流れていった。
最後の王であるラングがいなくなった事でサンクタス王国は消滅し、新たにルークを盟主としたサンクタス諸侯連合国家が誕生した。
ルークは自らを王とは称さず、あくまで諸侯のひとりとしてかつて王都と呼ばれていた都市に入ると、救出した二人の弟たちと共に荒廃した街の再建に着手した。
ラングたちによって追放されていた旧サンクタス王国の臣下たちも次々とルークの下に集いそれを助ける。
それから一年という歳月をかけて漸く数々の後始末が片づいてきたある日、リストリア様がお父様の前に歩み出て自分の右手の手袋を外してお父様の足元に投げつけた。
「エルリーン伯爵、今日こそ決着を付けさせて頂きますよ」
お父様はそれを拾い上げて答える。
「リストリア殿、そろそろ来る頃だと思っておりましたぞ。受けて立ちましょう」
二人は数秒睨み合った後に並んで祭壇の部屋へと移動する。
屋敷の使用人たちも皆仕事どころではないと手を止めてその後に続いた。
その様子を私は冷めた目で眺める。
「何なのこの茶番劇」
老執事セルバンティウスが祭壇の部屋の中央にチェス盤と駒を置くと、お父様とリストリア様の二人はチェス盤を挟んで腰を下ろす。
「リストリア殿、私に勝つまでは決して娘はやれませんぞ」
「エルリーン伯爵、今日こそあなたの連勝記録に土を付けさせてもらいますよ」
二人の周囲の空気がピリピリと張り詰める。
使用人たちが固唾をのんで見守る中、遅れて祭壇の部屋にやってきたクローディアが開口一番エールを送る。
「がんばってリストリアお兄ちゃん!」
「おう、絶対に勝つから見ていてくれクローディア」
この勝負は私にとっても他人事ではない。
私もクローディアに負けない大きさでリストリア様にエールを送った。
「リストリア様もお父様も頑張って下さいね」
「……」
「……」
しかし盤面を睨むように凝視している二人からの返事はない。
どうやらお互い既に真剣モードのスイッチが入って外部からの情報が遮断されているらしい。
「……え? 私には一言もないの?」




