第24話 王の最期
「リストリア様、そろそろ帰りますよ。って、ええっ!?」
サイクリア陛下の部屋に戻った私は目を疑う光景に遭遇した。
がっくりと項垂れているリストリア殿下の隣にもう一つの魂が浮かんでいる。
おぼろげに浮かんでいるその魂は紛れもなくすぐ隣のベッドの上で横になっているサイクリア陛下の物だ。
私がアクリア王妃の部屋に忍び込んでいる間にサイクリア陛下が崩御されていたのだ。
サイクリア陛下の魂は部屋に飛び込んできた私に気付いて視線を向けた。
私は咄嗟に頭を下げて謝罪の言葉を述べた。
「サイクリア陛下……寝所に忍び込んだ無礼をお詫びします……」
しかしサイクリア陛下の魂は微笑みを浮かべながら優しく語りかけた。
「よい。余はずっとこの部屋で一人誰からも看取られる事なく憐れな最期を迎えたと思っていた。しかしリストリアが見届けてくれていたと知って少しは気が晴れたというものだ。サンクタス王国の王サイクリアの名においてそなた達が王宮に忍び込んだ事は不問とする」
「陛下、格別のご配慮感謝いたします」
「リストリアから事情は聞いた。ラングの奴め、勝手にリストリアを王室から除名し、そなた達を追放処分にするとは……もちろんそのような横暴は余が認めぬ、全て無効だ」
「有難うございます」
「さて、余も死んでしまった以上はこのまま天に還るが自然の摂理というものだが気がかりなのは王国の行く末だ。逝く前にこの国の様子を見て回ってくるとしよう」
「ちょ……それはお待ち下さいサイクリア陛下」
今隣の部屋ではアクリア王妃とエクスディア侯爵の逢引きの真っ最中だ。
とてもそんな場面を見せられない。
最悪の場合サイクリア陛下が憎しみを募らせて怨霊化してしまう恐れがある。
それだけは何としても阻止しなければ。
私はサイクリア陛下を隣の部屋にいかせないようにとリストリア殿下にアイコンタクトをとる。
「サイクリア陛下、それでしたら大通りを見て回りませんか? 都市開発が進んで王都の様子もすっかり変わりましたよ」
「父上、国立公園へ行きましょう。今は母上が好きだったコスモスの花が満開で……」
「いや、そなた達はそろそろ元の身体に戻らないと危険な状態なのであろう? そこまで案内をする時間はあるまい。余の事なら構わずとも良い」
私たちの気も知らずにサイクリア陛下はあろう事か隣の王妃の部屋に行こうとしている。
自分の妻の事が一番に気になるのは夫として当然と言えば当然だけど少しは空気を読んでもらいたいものだ。
「へ……陛下、ご夫婦といえども淑女の部屋に黙って侵入するのは少々礼を欠く行為かと……」
自分は陛下や王妃の部屋に忍び込んでおいてどの口が言うのかと思いながらも、最悪の事態を阻止する為に形振り構わず陛下をお止めする。
しかし必死の形相でサイクリア陛下をお止めする私とは対照的にサイクリア陛下の魂は涼しい顔で微笑みながら言った。
「ふふふ、アクリアの事を心配しているのならば心配はいらん。あやつの不貞などとうの昔に存じておる」
「え……? ご存じだったんですか?」
「元々あやつを娶ったのも政略結婚によるものだ。端から愛情など無かった。あやつにも色々と思うところもあったのだろうが故に一度は許したのだが……」
「……何度も繰り返されたのですね」
「うむ。リストリアよ、そなたの母親であるアステナがそれを見兼ねて何度もアクリアを諫めたのだが、アクリアの奴それを疎ましく思ってついには取り巻きどもとアステナの虐待を始めおった」
「そんな事情があったのですか……くそっ、あの女め……!」
「リストリア様、お気を静めて下さい」
「あ、ああ……分かっているシルヴィア。俺は絶対に怨霊などになるつもりはない」
「リストリアよすまなかったな。あの時は余も我慢の限界であった。本来ならばアステナが亡くなった後にアクリアとの婚姻を解消して罪に問うつもりだったのだが……奴の実家であるエディー公爵家の妨害があってしばらくの間アクリアを離宮に幽閉するのが精一杯だったのだ。エディー公爵家の力は王家でも無視できないほど大きく、アクリアを裁く事で公爵家が反旗を翻す事を恐れた元老院どもも公爵家側につきおった」
「父上、そのような事があったのですか……」
「リストリアよ、お前には王家のしがらみとは無縁の自由な生を歩んでほしい。それが父としての最期の願いだ」
「はい……」
「さあ分かったらそろそろ帰るがいい。そしてシルヴィアよ、そなたをラングの婚約者と定めた余が言うのもなんだがリストリアの事を宜しく頼むぞ」
「は、はい、サイクリア陛下」
サイクリア陛下は私とリストリア殿下に優しい笑みを浮かべた。
そろそろ私たちも元の肉体に戻らないと本当に死んでしまう。
私はぺこり頭を下げ、退散する前に最後の挨拶を交わした。
「……それにしてもサイクリア陛下は本当に寛大なお方です。アクリア王妃の不貞をお許しになり、血の繋がらないラング殿下も我が子としてお育てになるなんて私のような凡人にはとても出来ない事です」
「なんだと……シルヴィア、今何と申した?」
「え?」
私の言葉を聞いたサイクリア陛下の霊魂がどす黒く変色し、空気がピリピリと張り詰めだした。
「ラングが余の子ではないとは本当なのか?」
「え……それはご存じではなかったのですか!? 陛下、どうかお鎮まり下さい!」
「父上それ以上憎悪の心を燃やしてはいけません! 怨霊になってしまいます!」
時間がないと言っている傍から私とリストリア殿下は必死でサイクリア陛下の怒りを鎮める事に尽力する羽目になった。
余計な失言をしてしまったばかりに危うく陛下を怨霊化させてしまうところだったと猛省した。




