第2話 第二王子リストリア
リストリア殿下は飄々とした掴みどころがない性格で、王侯貴族の嗜みである文学や音楽、舞踏等には一切の関心を示さない一方で剣術を好むといった凡そ王族らしくないやんちゃな人物だ。
その蒼く凛々しい目に鼻筋の通った顔立ちは控え目に言って美しく、性格さえまともなら世のご令嬢方が放っておかなかっただろう。
彼は王妃アクリア様の子であるラング殿下たち他の兄弟とは異なり側室の子だったので王位継承順位が低かった事もあり、ある程度自由気ままに育てられてきた。
いつもふらっと王宮を出ていっては日が暮れる頃になってその身に纏っている煌びやかな王族の服を泥や埃で汚しながら戻ってくる。
まったくどこで何をしているのやら。
王宮内でも彼の放蕩ぶりには皆呆れ返っており、今では教育係の爺やですら諦めて見て見ぬ振りをしている。
王室きっての問題児だ。
そして私と顔を合わせれば決まって大袈裟な冗談を言ってからかってくる。
正直私はこの人の事が苦手だった。
リストリア殿下は今日も気安い調子で私に話しかける。
「シルヴィアちゃん、護衛も着けずに外出なんかしちゃダメだよ。君はサンクタス王国の宝なんだからね。万が一暴漢に襲われでもしたらこの国の未来は真っ暗だぞ」
悪いけど今日は冗談に付き合っている様な気分じゃない。
私は「はぁ……」とわざとらしく大きな溜息をついて答えた。
「いつも通り大袈裟な物言いですねリストリア様。でももう私を心配する必要はありませんよ。たった今王宮務めをクビになって実家に帰るところですから」
「は? 何だって!?」
リストリア殿下の顔からいつもの笑みが消えた。
真顔になったリストリア殿下を見たのは今日が初めてかもしれない。
「どういう事だ、詳しく話してくれ」
リストリア殿下は私の両肩を掴みながら強い調子で問い詰める。
「痛いですリストリア様」
「あっ、すまない……つい力が入ってしまった。それにしても本当にいったい何があったんだ?」
「近い! 顔が近いですよリストリア様! ちゃんと話しますから……」
私はぐいぐいと迫ってくるリストリア殿下の勢いに押されてついさっきまで繰り広げられていた婚約破棄からの追放劇を事細かに伝えた。
それを聞いていたリストリア殿下の眉毛がつり上がり、見る見る内に怒りに満ちた表情に変化していった。
「あの馬鹿兄貴め何を考えてやがる! 俺が今から馬鹿兄貴と話をつけてくる!」
リストリア殿下は肩まで届く亜麻色の髪の毛を逆立たせて怒りを露わにする。
気が付けば口調もいつものような軽いものではなくなっている。
私はその豹変ぶりに少し怖くなってきた。
ラング殿下とリストリア殿下の仲が悪いという噂は何度も耳にしている。
今まで二人の口からもお互いの話題が出たのを聞いた事はない。
そして今のリストリア殿下の様子でそれは事実だったと確信した。
でも今はとにかくリストリア殿下を落ち着かせないと。
リストリア殿下はこのままラングの部屋に殴りこみに行きそうな勢いだ。
「あの……もう済んだ事なのでそこまでして頂かなくても結構ですよ?」
「止めてくれるな! こんな馬鹿な事を許していたらこの国は終わりだ!」
「だから大袈裟ですって……あっ、リストリア様!」
リストリア殿下は私の説得に全く耳を貸そうとせず一直線にラングの部屋の方向へ走っていった。
「ふう、せっかちな人だなあ」
仕方なく私は部屋に戻るとテーブルの上に荷物を置き、リストリア殿下が戻ってくるのを待った。
◇◇◇◇
「くそっ、あんな馬鹿野郎の事などもう知らん!」
しばらくしてリストリア殿下が鼻息を荒げながら戻ってきた。
私は扉を開けてリストリア殿下を部屋の中に迎え入れる。
「あの……大丈夫ですかリストリア様?」
リストリア殿下は私の顔を見るなり両手を合わせて頭を下げ、心底申し訳なさそうに言った。
「すまないシルヴィア。カッコつけて行ったものの君の国外追放を撤回させる事は出来なかった。くそっ、あの馬鹿兄貴め! 父上の容態が良くない事をこれ幸いにと、もうこの国の王になったつもりで好き放題やりやがる」
「頭を上げて下さい。私の為に抗議までして下さるなんてそのお気持ちだけで十分です。それに、あんな人と結婚しなくて済むのならむしろ……あっ、こんな事を言っては不敬罪になってしまうかしら?」
「いや、俺も同じ気持ちだ。あんな馬鹿の顔を二度と見なくて済むのなら誰だってせいせいずるさ。そんな事よりも実家に帰るならばエルリーン伯爵領までの道中ひとりでは危険だろう。良かったら俺が屋敷まで送るよ」
「何を言ってるんですか、王都からどれだけ距離があると思っているんですか? リストリア様にそんな事お願いできる訳がないじゃないですか。私は一人で実家に帰ります。見送りは必要ありませんのでもうご自分のお部屋にお戻りになって下さい。今日のお礼は後日必ずしますから」
「あー、それなんだけどな」
リストリア殿下はバツが悪そうに頭を掻きながら言った。
「俺もたった今兄貴から王室からの除名を言い渡されたところなんだ。魔女の肩を持つような人間は例え王族と言えども許されない、命だけは助けてやるからさっさと王宮から出て行けってさ」
「は? ……えええええええええええええ!?」