第12話 残念な手紙
【お盆】の祭日から四日後、私シルヴィアは屋敷の中でいつもと変わらぬ日常を満喫していた。
リストリア殿下は今日もお父様にチェスを挑み、そして玉砕していた。
リストリア殿下はがっくりと肩を落とし意気消沈しながら横で観戦していた私に声を掛ける。
「すまないシルヴィア。もう少しで勝てそうな気はするのだが……まだ修行が足りないらしい。もう少し待っていてくれないだろうか?」
「別に何も急いではいませんけど」
私はチェスの事は詳しくないのでリストリア殿下がお父様に負け続けているという事は理解できても現時点で両者にどのくらいの差があるのかはさっぱり分からない。
その時がやってくるのが明日なのか来週なのか一年後なのかはたまた永久にお父様を超えられないのかまるで予想がつかず、結婚すると言われても実感が湧かないのだ。
「それよりもリストリア様が私の事を愛しているだなんていまだ信じられません。大体王宮にいた頃はいつも私の顔を見る度にからかってきたじゃないですか」
「うっ……それはだな……」
リストリア殿下は私から視線を逸らし照れくさそうに困った顔をしている。
何ですかその反応は。
普段の活力的な彼からは想像できない様子に私は戸惑いを隠せない。
そこへお母様が割り込んできた。
「リストリア殿下、そろそろお昼にしませんか?」
「はい、では俺も手伝います」
リストリア殿下はこれ幸いにと逃げるように食堂へと走っていった。
「シルヴィア、あまりリストリア殿下を困らせるような事を言ってはいけませんよ」
「何がですかお母様?」
「いいですかシルヴィア、男の子というものは好きな女の子には素直になれないものなのです。それにあなたが王宮にいた頃あなたはラング殿下の婚約者でしたからね。リストリア殿下も面と向かって好意を伝える事もできなかったでしょう」
「はあ……そういうものなのかな?」
リストリア殿下は立派な大人であり決して男の子と言われるような歳ではないけど、お母様から見ればまだまだ子供の内ということか。
「それに、リストリア殿下は本当に王宮であなたをからかっていたのですか?」
「本当よ! いつも私の顔を見る度に大袈裟な冗談を言って笑うんです。王国の未来は私に掛かっているだとかさ。ちょっと町に出ようとしただけでいちいち外は危ないから護衛をつけろだの言うし……子供扱いされてるみたい……」
「それって本当に冗談で言っていたのかしら?」
「冗談に決まってるじゃない。そんなお世辞とも受け取れないような冗談を真に受ける程私は単純な女じゃありません!」
「はぁ……まあいいわ。そのうちリストリア殿下が本当の気持ちを話してくれるでしょう」
「むー……」
私は釈然としないまま食堂へと足を運んだ。
◇◇◇◇
王都から早馬に乗った使者が私宛の書状を手にやってきたのはお昼下がりのティータイムだ。
「うわあ……」
私は封筒に描かれた紋章を見て顔を引き攣らせた。
太陽を中心にしてその周囲を回る八つの惑星が描かれているこの紋章はサンクタス王室の物だ。
だとしたら差出人はひとりしかいない。
サンクタス王国第一王子ラング。
国王陛下が取り決めた私との婚約を一方的に破棄し、あまつさえ王都からの追放まで言い渡してきたあの人が今更私に何の用事があるというのか。
どうせ碌でもない内容に決まっている。
「シルヴィア、誰からの手紙だ?」
一緒に紅茶を飲んでいたリストリア殿下も私の様子がおかしい事に気付き、真剣なまなざしを向ける。
「これです」
差出人の名前を見せるとリストリア殿下は「ああ……」と呟き私と同じような反応を示した。
できる事なら内容を見ずにゴミ箱にでも放り込みたいところだけど、王室からの正式な使者の手前そんな事は許されない。
私は気を落ち着かせる為に紅茶を口に含み、しぶしぶ封を開けて中身を検めた。
『親愛なるシルヴィアへ』
どの口が言う。
一行目から突っ込みどころ満載で紅茶を噴き出しそうになった。
私はむせて数回咳き込んだ後に気を取り直して視線を二行目に移した。
『君が私の下を去ってから一ヶ月が過ぎた。その後変わりはないだろうか?』
去ったんじゃなくてあなたに追い出されたんです。
この人は一体何を言っているんだ。
『あの時は私も少し頭に血が昇っていたようだ。君には王都追放の刑を言い渡したが、恩赦を与える事にした。お互い過去の事は水に流してもう一度じっくりと話をしようじゃないか』
私『も』?
『お互い』って何?
そもそも私何か悪いことした?
『婚約破棄を撤回する事はできないが、君があのおぞましい巫女の力を私の許可なく使用しない事を約束してくれれば王宮に戻り私の側室として迎えてあげても良い。君もよく知っている通り私は女性には優しいんだ』
「……」
『私の愛が理解できたのなら感謝の気持ちを忘れずに急ぎ王宮へ戻るように』
「……」
「どうしたシルヴィア? 手紙には何と書いてある?」
顔を紅潮させ無言で震えている私にリストリア殿下が心配そうに声を掛けた。
「……てんじゃない……」
「シルヴィア?」
「ふざけた事言ってんじゃないわよ!」
あまりも人を馬鹿にした内容に私の怒りは一瞬にして頂点に達した。
いや、あのラング殿下の事だ。
本人は決して悪気があっての事ではないかもしれない。
だからと言ってこんな手紙を渡されてはいそうですか大人しくと言う事を聞けるはずがない。
気が付いた時には私が手にしていた手紙はビリビリに破れて周囲に舞っていた。
我ながらそのあまりの迫力にリストリア殿下と使者は目を丸くしている。
私は使者を睨みつけながら宣言した。
「ご使者様、ラング殿下にはシルヴィアは王宮には戻らないと言っていたとお伝え下さい」




