第10話 元老院
正に青天の霹靂。
元老院の筆頭であるサナトスに面と向かって王太子の座から降りるよう言われた私は戸惑い上ずった声でサナトスに問い詰めた。
「サナトス殿、何故この私が王太子の座から降りなければならないのですか? 納得がいく説明をして頂きたい」
「ラング殿下、あなたが政務を執られるようになってから王都内の統治が上手くいっておらず民衆が困惑しております事はご存じでしょう」
「国の主が病で倒れられたのだ。一時的に国内が混乱するのは当然でありましょう」
「一時的? 陛下が倒れられてから既に一ヶ月以上経っているのに未だに改善の兆しが見えないようですが。失礼ながら若く経験が浅いラング殿下ではこのサンクタス王国を統治されるのは荷が重いかと存じます」
サナトスは眉を顰め、心底見下したような表情でラングを見る。
「ぐぬ……いくらサナトス殿といえども言葉が過ぎましょうぞ!」
「ラング殿下、これは私一人の意見ではありませぬ。我ら元老院の総意で御座います」
「な……何だと!?」
それが本当ならば事態は深刻だ。
このサンクタス王国では元老院の持つ力は大きく、彼らの意志を無視して国王の座に就く事はできない。
「私が……王太子ではなくなる……?」
私が王太子でなくなれば弟の誰かが王位を継承する事となる。
そして継承者から外れた者の末路は悲惨の一言だ。
何の権限も与えられず王宮で飼い殺しにされるならまだ良い方だ。
野心を持つ者に擁立されて国が割れる事を恐れられ一生離宮に幽閉される者もまだましである。
最悪の場合は適当な罪をでっち上げられて粛清される事も珍しくない。
そして私は父上から王太子と認められる為に隠れて弟たちを蹴落とす工作を続けてきた。
弟たちは私の事を怨んでいるだろう。
私以外の者が王座に就けば私は間違いなく粛清される。
私は目の前が真っ暗になった。
「サナトス様、私も発言をしても宜しいかしら?」
その時、私の前に救いの女神が現れた。
「聖女レイチェルですか。どうぞ」
「国内の統治が上手くいっていないとの事ですが、その原因の調査は既に終わっており改善の目途はついております。後一ヶ月程お待ちいただければ目に見えて成果が現れるでしょう」
「ふむ……それは誠ですかラング殿下」
「え?」
私はレイチェルの言っている意味が分からずに戸惑った。
私が臣下たちに命じたのは結果を出せという事だけだ。
そこには何の策もありはしない。
レイチェルを見ると私に合図を送るようにウインクをしていた。
そうかレイチェルに何か考えがあるんだな。
「あ、ああ。レイチェルの言う通りだ後一ヶ月あれば元老院の皆も納得するだけの成果を出して見せる。それまで猶予を頂きたい」
「ふむ……」
サナトスは顎髭を摩りながら思考を巡らし、やがて「あい分かった」と首を縦に振った。
「ではラング殿下、一か月後ですな。結果を楽しみにしておりますぞ」
「あ、ああ……」
しかし当然だがサナトスの表情には疑いの色が強い。
私はサナトスの退出を見送った後レイチェルを問い詰めた。
「レイチェル、君を疑う訳ではないが本当に大丈夫なのか? もし一か月後に結果を出せなければ私は王太子の座を下ろされてしまう」
レイチェルは子をあやす母親のように穏やかな笑みを浮かべながら言った。
「心配はご無用ですわラング様。原因ははっきりしていますもの。利用できるものは何でも利用させていただきましょう」




