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第1話 婚約破棄からの追放劇



「ラング様、今何と?」


「何度も言わせるなシルヴィア。お前との婚約を破棄させて貰うと言ったのだ」


 ある日の昼下がり、私は婚約者であるここサンクタス王国の第一王子ラング殿下の部屋に呼び出されて一方的な婚約破棄を突き付けられた。


「……どうしてそのような事を仰られるのですか?」


 婚約を破棄されるような振る舞いを仕出かした覚えは全くない。

 まさに寝耳に水であり、私がその理由を尋ねるのは当然の流れだろう。


 ラング王子は顔を顰め、語尾を荒げながら答えた。


「いちいち言われなければ分からんのか!? お前のその【口寄せ(スピリチュアリズム)】とかいう気持ち悪い能力(スキル)には心底虫唾が走る!」


「は?」


 私は絶句した。


 【口寄せ】とは自分の身体に死者の霊魂を憑依させ、生者にその言葉を伝える能力である。


 代々優れたシャーマンを輩出してきたエルリーン伯爵家の生まれである私は一族の中でも特に【口寄せ】の才能が優れていたようで、日々人々の為にこの能力を惜しげもなく披露していた。


 この能力は現国王であるサイクリア陛下からもお墨付きを頂いており、以前陛下の前で先代国王の魂を呼び寄せてその言葉を伝えた事もある。


 あの時は先代国王が生前サイクリア陛下に伝えられなかった子に対しての親の想いを余すことなく語り、その魂が私の身体を離れた時には感極まって人目も憚らずに嗚咽と共に大粒の涙を流されていた陛下の姿があった。


 以降国王陛下に認められた私は王宮内に一室を与えられ王室御用達の巫女として王侯貴族や民衆たちに分け隔てなくその力を振る舞っていた。


 エルリーン伯爵領では私たちシャーマンは身近な存在だが王都では珍しかったらしく最初は奇異の目で見られる事もあったが、実際に皆の前でその力を披露する事で少しずつ受け入れられていった。


 私がラングの婚約者となるよう話を進めたのも国王陛下である。


 そういった経緯があったにも関わらず、この人は突然何を言い出すのだろう。


 ラングは私に軽蔑の眼差しを向けながら言った。


「つまりお前はいつもゴーストやゾンビみたいな化け物連中と自分を同化させているのだろう? そんなキモい女を妻に娶るなどできるはずがなかろうが」


「な、なんて事を……」


 ゴーストは悪しき心を持った魂の成れの果て、ゾンビは死者の肉体が何らかの力で操られているものであり既に故人の意識や魂はそこには存在しない。


 どちらも普段私が呼び寄せている善良な死者の魂とは無関係だ。


 私の事を悪く言うのはまだ良い。

 でも何の罪もない故人の霊魂を化け物呼ばわりした事は見過ごせない。

 私は思わず反論に出た。


「彼らは化け物なんかじゃありません! 私はただこの世に未練を残して亡くなられた善良な魂の声をせめて残された人達に伝えようとしているだけで……」


「うるさい、口答えをするな! いいか、死んだ者はそのまま土に還るのが自然の摂理と言うものだ。お前のやっている事はあの悪名高いネクロマンサーどもと同様に死者を冒涜するものだ」


 ラングは私の反論をシャットアウトして鼻息を荒げがなりたてる。

 取りつく島もない。

 それにその主張は支離滅裂でどこから突っ込めばいいのかも分からない。


「ラング様の仰る通りですわシルヴィアさん」


 その時ラングの後ろから宝石が散りばめられた派手なドレスで身を包んだひとりの女性が姿を現わして口を挟んだ。


 彼女の名前はレイチェル。

 私と同様に王家御用達の聖女としてこの王宮内での暮らしを認められている人物である。


 聖女とは女神の加護を受け、その神聖な力で人々の暮らしを助ける役目を担う者だ。

 本来は国民の模範となるべき質素な生活を推奨されているはずだが、悪名高いエクスディア侯爵家の令嬢である彼女はそんな事はお構いなしに国民の血税を湯水のように使い贅沢な暮らしを満喫している。


 到底聖女に選ばれるような人格者ではない。

 そんな彼女を聖女にする為にエクスディア侯爵家が裏で暗躍していたであろう事は想像に難くない。


 身内から聖女を輩出したとなればエクスディア侯爵家の名も上がるというものだ。

 今ではエクスディア侯爵家の人間は王国内を我が物顔で闊歩している。


 レイチェルは不必要にベタベタとラングに身体を密着させながら言葉を続けた。


「神聖なる王宮の中に死という()()を持ち込むのは聖女としても見逃せませんわ。ねえラング様、このような()()を王宮内に置いていたら後々の災いになりましてよ」


「あなたが聖女らしい活動をしているところなんて見た事もないんだけど」と、私は心の中で突っ込みを入れた。


 ラングはにこやかにうんうんと頷いてレイチェルの言葉に賛同の意を示した後、今度は鬼の首を取ったような顔で私を糾弾する。


「正しくレイチェルの言う通りだ。いずれこの国の王となる私が将来の禍根を残す事は出来ん。シルヴィア、お前には即刻王宮からの退去を命ずる。……いや、それでは足りないな。お前には王都からの追放を言い渡す!」


「え……!?」


「さあ今すぐ荷物を纏めてこの王宮から出ていけ。なんなら力ずくで追い出してやってもいいんだぞ?」


「……分かりました。それでは失礼します」


 私は反論するのも馬鹿馬鹿しくなったのでそれ以上何も言わずにその場から立ち去った。

 去り際に勝ち誇ったようにニヤニヤと嫌な笑みを浮かべているレイチェルの顔が目に入った。


 考えるまでもない。

 ラングを(そそのか)しているのはレイチェルだ。


 第一王子であるラングが王座に就けば私は王妃となるはずだった。

 侯爵家の令嬢であるレイチェルから見れば伯爵家の娘である私は格下の存在だが、私が王妃となれば立場が逆転する。

 プライドが高いレイチェルにはそれが我慢ならないのだろう。

 彼女の性格を考えれば私を陥らせるには十分過ぎる動機と言える。


 それにしてもラング王子は元々頭の切れる人物ではなかったけど、こんなに簡単にレイチェルの讒言(ざんげん)を真に受けるなんて思わなかった。


 本来ならば国王サイクリア陛下にもきちんと挨拶をしてから王宮を出ていくべきだけど、高齢である陛下は近頃体調を崩されて床に伏せており、とても面会なんてできる状態じゃない。


 私は溜息をつきながら部屋に戻り、荷物を纏めて王宮から退去する準備を進めた。


 と言ってもそもそもあまり物欲が無かった私の部屋の中には私物は殆どない。

 せいぜい王宮で暮らすのに必要だった数着分の衣服と仕事用の巫女装束程度だ。

 よく周りからは令嬢らしくないとからかわれたものだ。


 思えば今までラング王子からはアクセサリー等のプレゼントを貰った記憶すらない。

 しかし今では逆に王宮を去るに当たって捨てたり返却する手間が省けて良かったとすら考えてしまう自分がいる。


 立つ鳥跡を濁さず。


 私は部屋の中の清掃を済ませた後荷物を詰め込んだ鞄を背負って部屋から出た。


「おっ、シルヴィアちゃんじゃないか」


 そこで私を呼び止める聞き覚えがある声に私は思わず身構える。


「お出かけ……にしてはずいぶんと荷物が多いな。何かあったのか?」


「これはリストリア様。ごきげんよう」


 部屋の前でばったりと会ったその人物の名はリストリア・シーザー・サンクタス。

 サンクタス王国の第二王子であり、ラングの弟に当たる人物だ。



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