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第八話

「お嫌いでしたか?」

 ハスキーはフォークを持ったまま手を止めているリットを心配そうな瞳で見た。

「いや、うまいぞ。ただ……なんで朝っぱらからこんなものを食わせられなきゃいけねぇんだよ」

 リットとクーが森の探索終えてテントに戻ると、そこには二人を朝食に誘おうとハスキーが待ち構えていた。

 食事の用意をなにもしてなかった二人は、助かるとハスキーの家へと向かったのだが、そこで出されたものにリットはケチを付けていたのだ。

「お気に召しませんでしたか? 姉のアップルパイは絶品ですよ」

「私は気にしないよ。むしろどんとこい。あともっとハチミツがあれば言うことなし」

 クーはただでさえ甘いアップルパイに、ハスキーから渡されたハチミツをたっぷりかけた。

「そういう食い方をどこでもするから、ノーラがマネすんだろうが」

「別にいいじゃんハチミツくらい。なにがそんなに不満なのさ」

「家計の圧迫だ」

「リットがお酒を減らせば?」

「オレは大金が入った時以外はツケで飲んでるからいいんだよ。つーかよ……いくらなんでもかけすぎだろ……クマにでもなるつもりか?」

 クーは一瞬だけハチミツをかける手を止めたが、すぐにまたかけ始めた。

「それって、クマみたいに太るって言いたいの? いいの、今はハチミツに凝ってるんだから」

「いっそ瓶ごと飲めよ」

 ハチミツに浸かっているアップルパイを見るだけで胸焼けがすると、リットは視線をそらした。すると、メガネの向こうでなにか言いたそうな瞳をしているペルセネスと目があった。

 ペルセネスは「それでどうするんですか?」と、作ったおっとり声で言った。

「ハチミツ代はクーに請求しろ。酒の一杯でも出してくれるっていうなら、喜んでもらう」

「……違いますよ」というペルセネスの口調は優しいものだったが、ハスキーから見えていない彼女の瞳は、今見も噛みつきそうなほど睨んでいた。「これからどうするのかという話です。お外はポカポカ気持ちいいので、のんびり過ごしたくなりますよね。なにも考えずひ日向ぼっこなんて最高ですね。私も忙しくなければしたいくらいです」

 ペルセネスは遠回しに、さっさと問題解決のために動けと釘を差した。

「安心してよ。今後のことは森を歩きながらリットと相談したから。とりえず、今日はリゼーネに行って、そこで情報収集する予定」

 クーがハチミツの糸を引いたアップルパイを食べながら言うと、ハスキーは汚れないように濡らしたタオルを差し出して「わざわざリゼーネに戻るのですか?」と聞いた。

「そう。なんでもリットには当てがあるんだとさ。またここに戻ってくるから、テントはそのまま置いていくよ」

 ペルセネスは「まぁ!!」と、おおげさに手を打った。そして「それはいいことですね。今日は雨が降るらしいので、今すぐに出たほうが良いですよ」と、そそくさと食卓を片付け始めた。

「雨が降るってのに、いいことのわけがあるかよ……」

 どうせ食べないので、リットは目の前のアップルパイが片付けられててもよかったが、クーはそうはいかなかった。リットの皿までしっかり手でキープしてペルセネスを睨みつけていた。

 しかし、ペルセネスが「……持っていってもいいですよ」と言うと、クーの態度は一変した。

「それならそうと早く行ってよね」とお皿を片手に、リットの首根っこを掴んで立ち上がらせた。「ほら、リットも外の荷物を取ってくる。走って走って」

 ドアも閉めずに慌ただしく出ていった二人を見送りながら、ハスキーは疑問に首を傾げた。

「雨なんて降りそうにもないですが」

「私も人に聞いただけです。外れるのも天気予報の醍醐味ですよ。さぁ、私達は天気がいいうちに、寄り添って日向ぼっこでもしましょう」

 ペルセネスはようやく姉弟二人きりでゆっくり過ごせると、ハスキーの腕を組んでご機嫌に歩き出した。



 クーは森を歩くというよりも、木から木へとツタを使って飛び移って移動すると、太い枝にしゃがみ込んでこっちにこいと手招きした。

「ね? 朝に森を歩いておいてよかったでしょ?」

「いいわけあるか……。そんなこと出来るわけねぇだろ」

「リットが子供の頃に、ツタの使い方を教えてあげたでしょ」

「十数個先の木に飛ぶようには教わってねぇよ……」

「もう……屁理屈ばっかり」

「それは教わったな。今じゃ使いまくってる。もっと楽に移動する方法はねぇのかよ」

 リットはツタを使って木から木へと移動など出来ないので、膝丈ほどの草の中を足でかき分けるようにして歩いていた。

「あるにはあるんだけど……まぁ、それはまた次回にね」

 クーはツタを使ってリットの後ろの木に移動すると、また勢いをつけて戻ってきたかと思えば、リットの腰を抱きかかえて、勢いのまま木から木へと飛んでいった。

 もうクーの意志でも止まることは出来ず、途中でツタをちぎり、それを鞭のように使って枝に絡ませ移動を続け、森を抜けて落ちた先は布を運ぶ荷馬車だった。

 布の上に落ちたので怪我はなかったが、持っていたツタが馬の尻を引っ叩いてしまったので、今度はノンストップの暴走馬車に乗る羽目になってしまった。

 だが、そのおかげでリゼーネには日が落ちる前につくことが出来た。

 リットは橋の上で赤く染まる川を見ながら、深い溜め息をついた。

「もう……だらしないんだから。御者のおじさんのほうがよっぽど元気だよ。それに心も広い。久しぶりにドキドキして楽しかったって許してくれたよ」

 クーはリットの傍らにしゃがみ込み、暇そうに橋を渡る人の靴を眺めながら言った。

「怒ってるんじゃなくて呆れてんだよ」

 リットはもう一度深いため息をついた。

「それはこっちのセリフだよ。リゼーネついたってのに、なにしてるのさ。まさか、当てが流れてくるのを待ってるんじゃないでしょうね……」

「流れてくるんじゃなくて、歩いてくるのを待ってんだよ。兵士の入れ替わりで、そろそろ出てくると思うんだけどよ」

 リットの当てとはエミリアのことだ。城の緊急事態でもない限り、義理の兄のポーチエッドと夕食を食べに屋敷へと帰るので、この橋を通るはずだ。

 エミリアに口を利いてもらい、城の書庫を開けてもらうのが狙いだった。

「まさか……私を売るつもりじゃないでしょうね」

「なんだよ、リゼーネに追われるようなことをしたのか?」

「直接じゃないんだけどね。あれとかそれとか、これとかどれとか、色々引っ張り出されちゃうと……ちょいとお尋ね者になっちゃうかなーなんて」

 クーは笑いながら困ったことを言うが、もしリゼーネでクーがお尋ね者になっていたら、最初に会ったときにパッチワークがなにか言っているはずなので、その心配はいらなかった。もしなにかあったとしても、クーは逃げ道を何通りも熟知しているので問題はない。

 リットもそのことはわかっているのだが、一つ心配なことがあった。

「それってよ……オレを盾にするとか、道連れにするとか入ってないだろうな」

「してほしいなら、手段の一つに入れておいてあげるけど、今のところは考える必要がないだろうね。――今考えるべきことは、ご飯と宿をどうするかってこと」

「パッチワークに頼めば、安宿なんていくらでも見つかる」

「せっかくリゼーネまで戻ったのに、安宿を取るつもりなの?」

 クーは唇を尖らせてぶーぶーと不満をあらわにした。

「いつも安宿か野宿がお決まりの冒険者なのに、なにを気取ってんだよ」

「疲れを取るにはふかふかのベッドが一番。私が何のために森から出て、ダークエルフになったと思ってるのさ」

「あのなぁ……」

 リットがその話は関係ないだろうと言おうとすると、「リットではないか。久しいな」とエミリアが声をかけてきた。

 リットが「おう、そうだな」と驚きもせずに返事をしたので、エミリアはなにかあると感じ取った。川風に乱れた金色に光る前髪を軽く整えると、ひとつため息を挟んだ。

「……なにか企んでいるな?」

「信用ねぇのはわかるけどよ。ただの頼みごとだ。城の書庫に入りたいって言うな」

 リットの正直な回答に、エミリアはまだ疑いを残しつつも、とりあえずはそういう用件だと受け入れた。

「それならわざわざ私を通さなくとも、直接城に出向けばいいだろう。リットならば、城の書庫を開けてくれるはずだ」

 エミリアは『闇に呑まれる』現象を解決した功績があるので、自分よりも上の立場の者と直接交渉が出来ると伝えたのだが、リットは眉間にシワを寄せた。

「手続き諸々が面倒くせぇんだよ……あちこち回されるしよ」

「私が間に入ったからと言って、手続きの省略が出来るわけではないぞ」

「でも、オレの手間は省ける。とにかく頼んだぞ」

 リットが城に向かって歩き出すと、エミリアが呼び止めた。

「どこへ行くつもりだ?」

「どこって城だよ。オレなら開けてくれるんだろ?」

「これから夜になるというのに、部外者が城に入れるわけがないだろう」エミリアは常識がないとため息をついてから「来い」と手招いた。「リットのことだ。ろくに宿の手配もしていないだろう? 屋敷なら部屋が余っている。一緒に食事でもしようではないか」

 エミリアは屋敷に泊めてやると歩き出したのだが、リットが続くことはなかった。まるで橋に靴がくっついたかのように突っ立っている。

「どうした? なにか不満でもあるのか?」

 エミリアが振り返ると、素早くクーが手を包み込むように握った。

「不満なんてないない、とんでもない。リットなら縄を括り付けてでも、全裸にひん剥いてでも連れて行くから安心して。豪華な屋敷に、豪勢な食事。極上のお酒に、極楽のふわふわのベッドを頼んだよ」

 クーに馴れ馴れしく肩を組まれたエミリアは、どうしたらいいのかと困り顔をリットに向けて振り返った。

「この御婦人は?」

「リットのお姉ちゃんだよ。弟がお世話になったようで」

 クーが行儀よく頭を下げると、エミリアは慌ててより深く頭を下げた。

「リットの姉上とはつゆ知らず失礼を……。申し遅れました。私はリリシア・マルグリッドフォーカス・エルソル・ララ・トゥル――」

 エミリアは長い名前を名乗る途中だったのだが、突然クーに胸をつつかれたので、驚いて自己紹介を止めてしまった。

「いいよ。リットが呼んでるなら、私もエミリアって呼ぶから。私もクーでいいよ。よろしくね、さぁ! 行こう行こう!」

 ウキウキでエミリアに寄り添って歩くクーの背中に、リットは「きっと後悔するぞ」と言った。

「なにがさ?」というクーの言葉にリットはなにも答えず、ただ含み笑いを浮かべた。



 エミリアの姉のライラと義理の兄のポーチエッドは、揃って城の式典に出ているとのことで、三人での食事だった。

 そこでクーは「いーやーだー!」と駄々っ子のように叫んでいた。

「姉ならば、弟の手本になるように振る舞わなければ。この料理はフォークとナイフを使って――」

 エミリアがテーブルマナーを説明すればするほど、クーはちぎれそうなほど首を横に振った。

「いい? エミリア。お肉はね、フォークでぶっ刺して、豪快に食いちぎって食べるのが美味しいの」

「ですが、それだとソースがこぼれてしまいます。フォークとナイフは食べやすいだけではなく、手が汚れないよう――」

 エミリアが淡々と何度目かのフォークとナイフの使い方講座を始めると、クーはたまらず助けを求めた。

「リット! この子がいじめてくるよ!!」

「だから言ったろ。後悔するって。言っとくけどよ、エミリアはしつけぇぞ」

 自由に生きるクーと、規則や行儀を守るエミリアの相性はすこぶる悪かった。

「リット、しつこいとはなんだ。大事なことだぞ。姉上がしっかりすれば、弟のリットもしっかりするに違いない。私も姉上の立ち振舞から様々なことを学んできた。王の前に出るからには、しっかり礼節をわきまえてもらわなければ」

「リットぉ! この子恐ろしいことを言っているよ! 王様と会うだなんて!」

「そう緊張することではありません。リットの家族ならば、王もお会いになりたいはずだ。例の一件以来ディアナとも友好を深めているからな」

 さすがに王の前に出したら、クーのやってきたことが明るみに出ては色々問題になると思ったリットは助け舟を出した。

「いいんだ。そういうのはまたの機会にな。こっちもちょっと時間がねぇんだ」

「そうか……。家族の時間を割く権利には私にはないからな」

 残念がるエミリアを見てクーはホッと一息つくと、いい子いい子とリットの頭を撫でた。

 だがそれが余計なことだった。

 リットは今までの仕返しと言わんばかりに、いたずらな笑みを浮かべた。

「まぁ、テーブルマナーは教えてやってくれ。教えるのが無理だったら叩き込んでやってもいい。今度王に会う時には、是非自慢の姉だと紹介したいからな」

「ちょっと!?」

「うむ、わかった。協力しよう」

 エミリアがどこの王様の前に出しても恥ずかしくないようにと意気込むと、クーは圧倒されてたじたじになってしまった。

 そんなクーの姿は珍しいと、リットはそれを肴に酒をちびりと一口。喉へと流し込んだ。






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