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第七話

 翌朝。クーは太陽が森の向こうから顔を出すのと同時に目を開けると、すぐさま上体を起こし、手を頭の上にした軽い伸び一つで完全に目を覚ますと立ち上がった。

 ロープにかけられた服が乾いているのを確認すると、よしよしとリットの頭を数回撫でてから、ベチンと音が鳴る強さで額を叩いた。

 リットは目を開けることなく寝返りをうつと、一言「勘弁してくれ……」とクーを手で追い払った。

 しかしクーは離れることなく、むしろ距離を詰めてリットの顔の横にしゃがみ「約束したでしょ。朝になったら一緒に探索するって」と、頬を人差し指でつついた。

「約束したのは朝だ……早朝じゃねぇよ。せめて鳥が起きてから起こせよ」

「起きなきゃいつまでも付きまとわれるのがわかってるんだから、大人しく起きればいいのに。それとも、私にちょっかいをかけられたいからわざとグズグズしてるの?」

 クーはニヤニヤとからかいの笑みを口元に浮かべたが、振り返ることも目を開けることもなかった。

 リットは毛布代わりの上着を顔の半分までかぶり直して「なにを言われようがオレは寝るぞ……」と、無視を決め込むことにしたからだ。

「しょうがないなぁ……まったく……。私一人で行っちゃうからね」

 クーは諦めたような口ぶりで言ったが、何度もリットの体を跨いだり、わざと音を立てたりして、支度に無駄な時間をかけてから森の中へと入っていた。

 これでようやく寝られると思ったリットだったが、そのクーの一連の行動のせいですっかり目が覚めてしまっていた。それでも目をつぶってみたのだが、寝ようとすれば寝ようとするほど目は冴えていくばかりだ。

「起きりゃいいんだろ……」

 リットはまたもクーの思惑通りに動かされると、恨みを込めた独り言をこぼしたのだが、そのつぶやきはやってきたハスキーに拾われた。

「すみません……起こすつもりはなかったのですが。起きていたら、誘おうというくらいの気持ちで……」

 ハスキーは肩にタオルを掛け、朝の鍛錬をする格好だった。昨夜リット達が眠れたかも気になっていたので、走るついでに様子を見に来たのだ。

「気にすんな。ハスキーに言ったわけじゃねぇよ」

「そうですか。では、改めて一緒にいかがですか?」

「気にすんな。オレに構わず勝手にやってくれ」

「そうですか……」と尻尾を垂れ下げて、去っていこうとハスキーをリットは呼び止めた。

「そういえば、まだ詳しい話を聞いてなかったな。盗まれた宝石ってのはどんなものなんだ?」

「説明のついでに、宝石があった場所を見てみますか?」

 ハスキーが走って案内しようとするのを止めて、リットは制するようにハスキーの前をゆっくり歩き出した。

 盗まれたのは牙の形をした宝石だ。

 牙の形に加工した宝石ではなく、元々牙の形をしている宝石だ。ちょうど今の季節の落ち葉のような黄褐色で、月の光を浴びると透明になり赤く光る。その光に狂獣病を治す効果があるということだ。

 一点のものというわけではなく、長い獣人の村の歴史での中で何度か新しい宝石に替えられている。

 獣人達は『地竜の牙』と呼んでいるが、詳しいことはわかっていない。人間が神を崇め加護を授かるように、正体をなにも知らないが、自分達の助けになるもの。そういう存在だ。

 代わりを見付ける前に盗まれてしまったので、どうしようかと村中の獣人が集まって会議しているところに、クーがどこからともなく現れたのだ。

『シャレー・クー』という名は冒険者の中でもとりわけ有名な名前であり、表向きにも裏にも存在が知られている。

 クー本人も細かいことは気にせず、とにかく自分が面白いと思った依頼を受けたり、変わったモノを探すことを中心としている。目的のために手段を選ばないことがほとんどなので、禁忌に触れることも多い。

 宗信心深い国では、クーを見かけたら捕らえることなく殺してもいいという命令が出ているくらいだ。

 それでも彼女に依頼が舞い込んでくるのは、ほぼ確実に依頼を成功させるからだ。

 その噂はポンゴにも入ってきているので、今回の依頼はクーに頼むことにしたのだった。

「最近じゃ、自分のことばっかりで依頼を受けてないってのに珍しいな」

 リットはクーが依頼を受け付けていないのを知っていた。というのも、リットに顔を見せるたびに、人に使われるのも飽きてきたという愚痴を聞いていたからだ。

 クーはヴィクター達とのチームを解散した後は、誰とも組むことなく一人で冒険者を続けていた。ヴィクター達ほど気が合う仲間に恵まれなかったということもあるが、一人でしか目指せないような場所や、自分本位の依頼を受ける気楽さにはまり込んでいったのが大きい。

 久しぶりの一人でしか見えない景色に当初は浸っていたのだが、だんだん厄介事が増えてきたのだ。

 というのも、チームを組んでいた時の厄介事は、ヴィクターの人柄がほとんど解決してくれていたからだ。女性関係では振り回されることがあったものの、宗教や種族の問題などは彼が皆と一晩過ごせばないものとなっていた。

 誰かに気を使うのが嫌いなクーは、依頼の向こうにある思惑に疲れてしまっていた。

 というのが、リットが最後に見たクーの姿だった。

 その後はリットも『闇に呑まれる』という現象に関わり始め、家にいることが少なくなったので、クーと顔を合わせることがなくなっていた。

 今回リットが同行したのは、獣人の酒が欲しいという理由もあるが、クーの心境の変化を感じ取ったからというのもある。

 クーが姉だと言い張るように、リットにも少なからずクーを姉のように思う気持ちがあるので、心配になったのだ。

 だが、今のところはいつもどおりのクーのままで、子供の頃のように振り回されてばかりだった。

「自分は依頼をお願いした現場にはいなかったのでなんとも。リット様はクー様と長いのですか?」

「まぁ、思い出話に度々出てくるくらいにはな」

「素敵な話ですね。自分もこの村には、良い思い出がいっぱいあります。それこそ子供の頃に遊んでもらったお兄さんやお姉さんを覚えいますよ」

「誰が良い思い出って言った? 少なくとも五百歳は超えるダークエルフが、十になってない子供と本気で遊んで泣かせると思うか?」

「五百歳なんですか!? とてもそうは見えません……」

 ハスキーは驚いた。クーはあまりリットと変わらない年齢のように見えるからだ。エルフということを加味しても、百歳もいってないと思っていた。

「オレも詳しい年齢は知らねぇけどよ。昔にそんなことを言ってたはずだ。だいたい人間からすりゃ、どの種族も年齢不詳だ」

「そうでしょうか? 獣人は毛の張りや爪の色を見ればわかりやすいと思うのですが」

「そんなとこいちいち見ねえよ。それよりあれか? 宝石が置いてあったって場所は」

 リットが指した場所には、明らかに人工物の台座があった。

 数歩分の階段があり、背伸びが必要な程度の高さのテーブル上の台座だ。ここだけ森が開けており、月の光がよく入りそうな場所だった。

「そうです。ここを中心にして、村の住居を移動させているんです。あの台座の中心にくぼみがあり、そこに宝石がはめ込まれていたんです」

 リットはなんの装飾も彫刻もされていない簡素な台座を調べた。

 変哲もない石を削ったとしか思えないもので、宝石をはめ込むくぼみ以外には傷一つなかった。

 だが、そのくぼみが独特の形状をしており、牙が食い込むようにえぐれた形をしていた。

「根本的なことを聞きてぇんだけどよ。盗まれたってことは、価値があるのか?」

 リットは価値のあるものなら、宝石屋のローレンに頼めば解決するかも知れないと思っていた。ポンゴにいる巨乳の女性を紹介すれば、すぐにでも動くからだ。

「それが……価値がわからないんですよ」とハスキーは困って眉を寄せた。「自分も宝石屋をいくつか見てみて、話を聞いてみたことがるのですが、どこでも取り扱っていないと。村でも一度宝石屋を呼んで、見てもらったことがあるんですよ。そしたら、宝石的価値はないということでした。岩石の一部だろうと」

 宝石と呼ばれるには『美』と『硬度』と『希少性』の三つが必要になる。

 美というのは外観の美しさ。色や明度や透明感などだ。

 硬さは宝石を金具にはめ込む必要があるので、ある程度の硬さが必要になる。

 希少性は言うまでもない。

 獣人が土竜の牙と呼んでいる宝石は、くすんだ落ち葉色をしており、獣人が証言したように光ることもなかったので、話にならないと宝石屋は帰ってしまった。

「月の光を反射するんじゃなかったのか?」

 リットは話が違うぞと口調強く言うが、ハスキーは自分にもわからないと首を傾げた。

「実はその現場に自分はいたのですが、確かに赤く光っていたのです。ですが、その宝石屋のご主人は光っていないと……」

「そいつが嘘をついて、盗んでいったんじゃねぇのか?」

「十年以上前のことですよ? 今更盗みますか?」

「十年計画を立てたって不思議じゃねぇ。実物がねぇんじゃ、ローレンに聞いたところでわからねぇしな。結晶を溶かしたオイルは使ってみたか?」

「はい、使ったと報告がありました。結果は火がつかなかったそうです」

「まぁ、そうだろうな。時を遡って昔のノーラに頼むしかねぇからな。一応砂漠の知り合いに新しい結晶を送るように手紙を出しておいたけどよ。当てにしないほうがいいぞ」

「闇を晴らすのに使った結晶ですよ?」

 ハスキーはヨルアカリグサから抽出した結晶を使えば、月の明かりが手に入ると思ってるが、リットの考えは違っていた。

 単純な月の光ではなく、魔女が作る『魔宝石』のような力が必要になるのだろうと。

 『月』や『星』や『太陽』といったものに照らされている場所は、魔力に満ち溢れている場所だとグリザベルが言っていたからだ。

「土竜の牙ってのは魔宝石に近いものだと思ってる。もしくは天然の魔宝石。今の段階じゃな」

「そんなことが起こり得るんですか? 自分もグリザベル様から聞きましたが、魔女が魔法陣を使って作るものだと」

「あんな売り物にするほどの魔力はいらねぇんだろ。人間もそうだけどよ、獣人に作用する魔力なんて微々たるもんだろ? 体内の僅かな魔力が暴走して狂獣病が発症するなら、症状を抑えたり、原因をなくすってのは、魔力が作用するんじゃねぇのか? 月の光が作る手段なのか、発動させる方法なのかはわからねぇけどよ。そういう考えも一つってことだ」

 リットが言い終えると、表情を明るくしたハスキーが手を握って喜んだ。

「やはりリット様を頼ったのは間違いありませんでした! こんなに早く解決するだなんて!」

「解決はしてねぇよ。そういう考えもあるってだけだ。何十個もある可能性のつじつまを合わせた一つってだけ」

「ですが、これからもつじつまを合わせて、可能性を増やしていくということですよね?」

「まぁ……それが依頼だからな」

「なら、なおさらリット様に頼んだことは正しい判断でした。あなたに頼った自分を誇らしく思います」

 ハスキーは深く頭を下げると、悩みごとのすべてが解決したかのように軽い足取りで鍛錬の為に走っていった。

「人生そんなに上手く行かないのにね」

 急に現れたクーは、リット肩に顎を乗せて体重を預けた。

「やめろよ、その現れ方は。……取り憑かれてた時を思い出すだろ」

「それって、この間の裸のおっさんが海賊船の船首像に括り付けられてドゥゴングに来港したって事件でしょ? あれがリットだったら、私は恥ずかしくて外を歩けないよ。……いや、もしかしたら……立派なら自慢できるかも。そのへんについてどう思う?」

「なんでも知ってんだろ? 自分で考えろよ」

 リットが突き放して言うと、クーは腕を組んで険しい表情で唸った。

「昨夜確認した感じだと、もう一歩って感じかな。サイズアップする秘宝でも探してみる」

「……まさか本当に確かめたんじゃねぇだろうな」

「さぁ、どうだろうねぇ。一つ言えることは、リットは素直じゃないってこと。私が一緒に森を探索しようって言った時は断ったくせに」

 クーは唇を尖らせて、ぶーぶーと口に出して文句を言った。

「もしかして……ハスキーが現れることまで予想済みだったのか?」

「予想じゃなくて、希望的観測だよ。リットとワンちゃんは仲良しみたいだし、二人きりのほうが話がまとまるかなーって」

 クーがわざとらしくやれやれと首を否定的に振って見せるので、リットはため息をついた。

「なにが言いたい……」

「いや……ね? 魔宝石って考えは悪くないと思うよ。予想の一つとしてはね。でも、私達が探してるのは見付ける手段。いきなり答えなんて探してないのさ。それとも、今から魔力が籠もる石を調べて探すの? もし違ってたら、振り出しに戻ってやり直しだよ。ふるいにかけるのは、まず小石や砂利を集めてから」

 得意げにハスキーに話していたのをクーに見られていたのが、急に気恥ずかしくなったリットは顔を背けた。

 だが、クーは更に身を乗り出して背後から抱きつくような格好になると、褒めるようにリットの頭を撫でた。

「まぁまぁ、間違った答えが多いほど不正解は消せるんだから、悪いことはしてないよ。でも、偉ぶるのはせめて二つ答えを見つけてからだねってこと。さぁ、二つ目の答えを探しに行こう!」

 クーは一度リットから離れると、肩を組み直して森の中へと引きずっていった。






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