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第五話

 翌朝、リットとクーが待ち合わせ場所に向かうと、ハスキーは豪華な馬車の傍らで二人を待っていた。豪華と言っても外見が派手なわけではなく、座り心地や風通し、中の広さなどが良いということだ。

「あらら、ずいぶん良い馬車を用意しちゃって……。その分報酬に上乗せしてくれればいいのに」

 クーは乱暴に馬車の枠を叩くと、木材と木材がきっちりハマっている硬い音がなった。しっかり骨組みがされているので、馬が暴れたところでびくともしないだろう。

「他の馬車を用意していたのですが、昨夜急にパッチワークがやってきて、この馬車を使うようにと。お二人は昨日パッチワークと話したそうですね。詳しい話は聞かれましたか?」

「聞いてないよ。向こうも忙しそうだったからねー」

 クーは昨夜の話を適当に誤魔化すと、リットの手を引いて馬車へ乗り込んだ。

 ハスキーとクーは内装について色々話しているが、リットはあるものが目に入った瞬間にがっかりと肩を落とし、もうなにも話が耳に入ってこなく鳴ってしまっていた。

 そんなことはお構いなしとクーは話し続けるが、区切りがつくと御者台へと身を乗り出した。

「この馬車は御者も馬もいないけど……遅れてるの?」

「彼は時間通りに来ますよ。自分達の待ち合わせ時間と、彼との待ち合わせ時間は別なんです」

 ハスキーは鼻を鳴らして風の匂いを感じると、嗅ぎ慣れた匂いがのする方向へ顔を向けた。

 そこでは、たくましい馬の胴体よりも筋肉隆々とした上半身のケンタウロスが、軽い足取りで馬車へと向かってきていた。麻のシャツは膨れ上がり、筋肉の形の影を作っている。

 ケンタウロスは「お待たせしました」と爽やかな声で言うと、屈んで場所の中の二人に見えるように頭を下げた。

「待ってないよ。これから待たせるなら、怒っちゃうけどね」と急かしたクーが「さぁ、行こー!」と拳を掲げると、ケンタウロスもノリよく拳を掲げた。

 ハスキーが馬車に乗るのを確認すると、ケンタウロスは軛を掴んで走り出した。

 その馬車の中で、ハスキーはポンゴの村について説明した。

 

 ポンゴというのは森の中にある村であり、数年周期で移住する特殊な村だ。

 村の収入源は伐採と製材なのだが、同時に植林も行っているので、育つ間は別の区画へ行くというのを繰り返している。

 ある場所を中心にして、だいたい四つの区画を回っており、伐採をしすぎて森を平地にしないように暮らしている。

 製材されたものは一度リゼーネに運び、そこから様々な街や商人に売られていく。

 ポンゴの木材は一部の獣人やハーピィには人気だが、他の者から見れば普通の木材と変わらない。愛好家以外が率先して使おうと思うものではないので、村の収入が潤っているとは言い難い。

 そんな暮らしが長く続いているせいか、端材を使って土産物を作ったり、おがくずを植林の堆肥するために残飯と合わせたり、一つの木を無駄なく使うのがしきたりだった。

「自分も子供の頃は、木工品作りを手伝わされましたよ。自分は結局リゼーネで働くことを選んだんですけどね。彼も同じ村の出身なんです」

 ハスキーが馬車を牽引するケンタウロスに向かって言うと、ケンタウロスは前を向いたまま会釈をした。

「ドッグショーさんには、お世話になっています。この仕事を紹介してもらったおかげで、リゼーネで暮らしていけますから」

「リゼーネは人の入れ替わりが激しいですから、馬車は特に需要があるんですよ。出て行くのにも、入って来るにも必要ですからね」ハスキーは一旦話を区切ると、黙って一箇所を見つめるリットに、犬顔を近付けて様子を確認した。「……大丈夫ですか? リット様。もしかしてお酔いになりましたか?」

「そのコワモテを顔を近付けられる方が具合が悪くなる……」

 リットが何を見ているのかに気付いたクーは、ニヤけづらで「そうそう」と頷いた。「怖いワンちゃんより、見るならやっぱり可愛い女の子だよねー」

「あぁ! その肖像画ですか?」とケンタウロスは一際声高く反応した。「美しいですよね。隣国のお姫様なんですけど、リゼーネにもファンが多いんですよ。同じケンタウロスということもあってか、心を奪われてしまいました。その肖像画は初めて稼いだお金で買った思い出の品です」

 馬車の中に飾られた肖像画は、ディアナ国の第二王女。『シルヴァ・クリゲイロ』だ。簡単に言えばリットの妹のケンタウロスだ。

 だが、肖像画の中のシルヴァはリットの見たことのない表情をしていた。完全なよそ行きの顔なのは、王族の肖像画なら仕方ないのかも知れないが、それにしても実物と随分違っている。

 本人にやれと言っても絶対にできないような可憐な表情のシルヴァは、リットにとっては違和感の塊だった。

 リゼーネとディアナは闇を晴らす為に協力関係を結び、今なお交流が続いている。より深く結びつくことにより、こういったものも流通しているのだ。

 この肖像画は正規のものではないが、シルヴァ本人が描かせたものには違いない。というのは、親しい者ならわかるほどこだわりを見せていたからだ。

「頭が痛え……」

 リットが他国になにを流通させているんだと頭を抱えると、ハスキーは心配に馬車を止めるか聞いてきた。

「大丈夫だよ。リットのはただの心の葛藤だから」

 クーが言うと、ハスキーは首を傾げたが、ケンタウロスが「ドッグショーさん、この道懐かしくないですか?」と故郷談義を始めたので、意識は馬車の外へと向かった。

「だいぶお兄ちゃんしてるみたいだね」とクーは小声で言った。

 リットがディアナと深い関係にあると知られたら、ややこしくなるとわかっていたからだ。

「あれ見て心配するなってほうが無理だろ。なにやってんだよ王女のくせに」

「そう? 可愛くていいじゃない。ほら、見て。私も買っちゃったもん」

 クーはいつの間にかリゼーネの露天で買っていたシルヴァの肖像画を見せた。

 そこに描かれているのは、満面の笑みを浮かべるシルヴァだった。まるで元気が一番だとでも言い出しそうなほど無邪気な顔だ。

「オレはそんな笑顔見たことねぇぞ……」

「そんなことないよ、シルヴァは無邪気に笑うよ。まぁ、ちょっとやりすぎだけど……。でも、リットの実家に飾ってある親子三人の肖像画も、今のリットから程遠いじゃん」

「オレは成長したからだ。その肖像画のシルヴァは、どう見ても退化してる……。色恋も知らねぇガキの笑顔じゃねぇか。どの層を取り込もうとしてんだよ……」

「文句ばっかり。それで次に言うのは、足を出さないドレスを着ろ? それじゃあ、まるでヴィクターだよ」

「……忘れてくれ」

「今は忘れてあげるよ。こういうのは何年か寝かしてからのほうが、美味しいからね」

 クーはリットの好きなお酒と一緒と笑った。



 ケンタウロスが牽引する馬車はスピードを落とすことなく、さらに故郷への道ということもあって近道をいくつも通り、一日も掛からずに森の近くへと来た。

 森の中は馬車が走れないので、馬車から降りるとハスキーは元気を出しましょうと拳を握った。

「さぁ、ここからは歩きですが、村にはすぐにつきますよ」

 リットの目の前に広がる森は、自分が知っている森とは違っていた。鬱蒼としているが、とても歩きやすそうだからだ。

 一見見通しが悪そうだが、少し場所を変えれば遠くまで見渡せる。計算された乱雑さの森が広がっている。

「これは森か?」とリットが聞くと、ハスキーは「今は間伐中ですから、見通しがいいんですよ」と答えた。

 あまりに木が密集すると、隣り合った木の枝葉がぶつかりあって成長を阻害してしまう。それに、太陽の光が地面に届かないと土が痩せてしまう。

 リットが感じた違和感はこれだった。鬱蒼とした森の中は、普通枯れ葉や枝が多く地面は茶色いのだが、緑の絨毯が敷き詰められているかのように草や低木が広がっていた。

「どうせなら一本道を切り開いてくれたほうが、よっぽど歩きやすいよ」

 クーは生草の上は歩きにくいと文句を言った。森と共存するエルフとは違い、森を出ていったダークエルフなので、森の都合などどうでもいいからだ。

「森に住むのは自分達だけではないですからね。通りやすくすると、動植物に影響が出てしまいます。もし、歩けないのならばなにか考えますが……」

 ハスキーの心配を他所に、クーは舗装された道を歩くかのようにすいすいと森の中を歩いていった。

「ほっとけ、クーは慣れてんだ。どんな道でもな。道がなくても進むくらいだからな」

 リットは木のツルを使って遠くに飛ぶクーを見てため息をついた。追いついたら、同じことをやらせるのがわかったからだ。



「いやー……子供の頃を思い出しましたよ」

 ハスキーは楽しげな表情で、長い頬毛についた泥の塊をツメでかいて落とした。

 クー先導の元で歩いた道は、まともな道ではなかった。

 横を歩けば普通に歩けるのに、無駄に木登りをさせたり、低木をくぐり抜けさせたり、やたら遠回りをさせるせいで、擦り傷切り傷だらけで土と草の汁ですっかり汚れてしまっていた。

「オレも思い出した……汚れた服をいつもおふくろに怒られて、しまいには自分で洗うように言われたことをな」

 リットの恨み節なんてものは、クーにはどこ吹く風だった。

「おっ! 見えてきたね」

 木造の屋根を見付けたクーは早く歩くようにリットを急かした。

「なんでハスキーじゃなくて、クーが先導してんだよ」

「なんか文句あるの? 誰が先導しても同じでしょ」

「同じじゃねぇから文句を言ってんだ……。もう余計なことしないで真っ直ぐ歩くぞ」

 リットはハスキーの肩を借りながらポンゴの村まで行くと、ようやく一息ついたのだが、急にハスキーが走り出したので地面に向かって倒れっていった。

 すんでのところでクーがリットの首根っこを掴んで引き上げると、ハスキーは犬の獣人を連れて戻ってきた。

「まさか……それを見せびらかすために、オレを放り投げたんじゃねぇだろうな……」

 リットはハスキーの隣にいる女を見た。

 女は長い灰色の毛を三編みにした太いポニーテールを揺らして頭を下げると、「ハスキーの姉の『ペルセネス・ドッグショー』です。弟がお世話になったようで」と、含んだ言い方の挨拶をした。

「私がお世話する弟はこっちだけだよ」と、クーはリットの首根っこを掴んだまま、押し倒すようにして無理やり挨拶をさせると。「はじめましてでいいのかな?」と含んだ言い方で返した。

「えぇ、はじめましてです」

 ペルセネスは大きな丸メガネの向こうの糸目を更に細めてにっこり笑った。

「……オレはいつまで頭を下げてればいいんだよ」

 クーに押さえつけられているので、リットはお辞儀をしたままの格好で地面を見ているしかなかった。

「そんなの私がいいって言うまでだよ」

 クーが得意げに口元に笑みを浮かべると、ペルセネスはわずかばかり眉間にしわを寄せた。

「ハスキーちゃん、おすわり」と言うと、ハスキーは短い返事一つで姉の横で正座をした。

「オレには見えてねぇけどよ……また余計なことしてんだろ……」

「余計なことじゃない。これは戦いだよ」

 クーは更に力を入れて、リットの腰を深く折り曲げさせた。

 すると、リットの目には、地面に座らされているハスキーの膝が目に入った。

「おい、ハスキー。血が出てんのか? 赤く染まってんぞ」

「本当ですね。ですが、かすり傷です」

 ハスキーは心配ないと言ったのだが、横にいるペルセネスは大慌てでハスキーを立ち上がらせた。「あら大変! すぐに洗って消毒しないと」

「大丈夫ですよ。もう子供じゃないんですから、一人で出来ます。先に家に戻って、止血してきます。ついでにお二人を歓迎する支度をしておきますね」

 ハスキーは最後まで心配するペルセネスと、何度も「大丈夫?」「大丈夫」という問答を繰り返しながら離れていった。

 ハスキーの姿が見えなくると、ペルセネスは「さてと……」と、メガネを外して、どすの利いた声で「うちのハスキーちゃんに怪我をさせたアンタを歓迎しないとね……」とクーに詰め寄った。

「こっちの、ペルセネスははじめましてじゃないね。依頼を受けに来たよ」

 クーは怯むことなくペルセネスの前に立ちはだかった。

「おい……なんか始めようとしてんだろ。オレもハスキーみてぇに避難してからやってくれ」

「もう……根性ないんだから」

 クーが手を離すと、結局リットは地面に倒れ込んでしまった。

 曲げっぱなしで痛んだ腰を押さえながら立ち上がったリットの目に入ったのは、毛皮越しでもわかるほど筋肉隆々の大きな女性の姿だった。

 眉を寄せて見開かれた目は、ハスキーの何倍もコワモテだった。

 ペルセネスの姿をよく見る前に、地面とにらめっこさせられていたリットは、聞こえてくる声から勝手に優しい姿を想像していたのだが、今目に映る姿は全く違っていた。

 敵意むき出しでガンをつけるペルセネスは、山賊の類にしか見えなかった。

 リットが思わず「こわ……」とつぶやくと、クーは気の抜けたため息をついた。

「もっと……女の扱いを教育するべきだったよ……。ついついヴィクターのようにならないように育てすぎたね」

「あれを口説けって言うなら、せめて武器を持たせてくれ……。それか、膝をつけさせた状態からか……。それでようやくフェアってもんだ」

 リットが大真面目に言うと、今度はペルセネスが気の抜けたため息をついた。

「あまりに情けなくて、どうでもよくなった……」

 ペルセネスはハスキーに余計なことを言うなと念押しすると、二人を案内した。






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